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「ううん……ファビアンさんのことが分かって来たのはいいんだけど、どう探したものかなぁ?」
ユーリアはアンデ素材店の二階に間借りしている自室でひとり呟いた。
ヘッセルのことを思えば、ファビアンの行方を探し当てたい。けれど、行方をくらませる理由はさっぱり分からないし、なにせ二十年という長い時間が過ぎている。ファビアンが描いた魔法紙から魔力を読み取り、その痕跡を探すにしても……正直に言って難しい。
「……気持ちだけじゃあ、どうにもならないってこういうことなのかなぁ?」
一人用のベッドに飛び込むと、ユーリアは枕に顔を埋める。枕に顔をぐりぐりと擦り付けていると、扉がノックされた。
「ユーリア、まだ起きてる?」
「ルビー? 開いてるよー」
返事をすれば、扉が開いてルビーが顔を出した。
「どうしたの?」
「言い忘れていたんだけど、明日から二日か三日お店を閉めるから。出入りは裏口を使ってね」
「了解! お店、閉めちゃうの?」
「うん。甥っこ姪っこたちを連れてレヴェ村に行って来るわ。うちのオヤジたちからしたら三つ子は初孫でしょう? 本当はあっちが来る予定だったんだけどね、オヤジの奴が足の骨折っちゃったらしくて歩けないのよ!」
「あらら。おじさんは大丈夫なの?」
「平気よ、ただの骨折だもの。だから、ちょっと行って来るわ」
「……ルビーは大丈夫なの?」
レヴェ村に帰れば、彼の妹と結婚することになっている元彼と顔を合わせることになるだろう。筋肉質の大きな体をしていても、ルビーが繊細な心の持ち主であることを理解しているユーリアは不安になる。またルビーが傷ついてしまうのではないか、と。
「平気よ! って言えたらいいけどね、まだちょっと胸が痛いわ。でも、仕方がないことよ……家族とのことは避けて通れないもの」
「そう、ルビー……無理しないでね」
「戻って来たら、甘い物をたっぷり食べたいから付き合って頂戴」
翌日から二、三日、大きなアンデ素材店でひとりきりになる。いつも誰かと一緒に暮らしていたユーリアにとって、一人きりになるのは初めての経験だ。
「分かった! 気を付けて行って来て。おじさん、おばさんに宜しく伝えてね」
「ありがと、ちょっと行って来るわね。夜遅くにごめんなさい、おやすみ」
ルビーはそう言って自室に引き上げて行った。きっと、ファビアンとヘッセルもこんな風に何気なく会話を交わし、そしてそれが最後に会った瞬間になったのだろう……ユーリアはそう思った。
* 〇 *
翌日、モルモットンの引く車に乗ってレヴェ村に向かうアンデ一家を見送り、ユーリアは店の施錠を確認してから街へと出かける。
入荷したばかりだという黄色の花を使って、花束を二つ作って貰う。それを持って街外れにあるという墓地へと向かった。
街の北側にある細い道を進めば、人工的に整えられた木々に囲まれた墓地に出る。
白い墓石が並ぶ中から、墓守にファビアンの妻子が眠る場所を教えて貰った。それは墓地の奥まった所にあり、小さな墓石が二つ並んでいる。一つはファビアンの妻の、もう一つは生まれることが出来なかった子のもの。
ユーリアは花束をそれぞれに備え、祈りを捧げた。
彼らの魂に安らぎがありますように、と。
祈りが終わると同時に心地よい風が墓地を通り抜け、周囲の木々や植物を揺らす。その風に乗って、ユーリアは僅かな魔力を感じた。
「?」
周囲には亡き人が眠る場所と、植物しかない。夜になれば人など来ないので、ここには街灯などの照明施設もない……魔力など流れ込んでは来ない場所だ。
けれど魔力を感じる。
「ここに、集まって来てる、のかな」
森の方からこの墓地に向かって僅かながら魔力が流れ込んで来ている。その魔力には攻撃性は全く込められておらず、どちらかと言えば守り生かすような優しく温かなものだ。
「なんだろう?」
ユーリアは立ち上がり、魔力の流れて来る方に向かって歩き出した。
墓地を取り囲んでいる木の柵を飛び越えて、領都の外に向かって足を踏み入れる。墓地は街の外れになるが、その周辺までは人の手が入れられているのが確認出来た。墓地を守るように大きな木が植えられ、下草は定期的に刈り取られているようで楽に歩くことが出来る。
しかし、奥へ進めば進むほど難しくなってきた。下草は生え放題、木は大きく育ち、命の尽きた木が何本も折り重なるように倒れている場所もある。
ユーリアは歩ける場所を探しながら、魔力の流れを辿って行く。
途中、漂う魔力が途切れてしまったり余りにも薄くなって感じ取れなくなってしまったりしたものの、ユーリアは根気強く探しては辿る。
「ど、どこまで……行くのかな」
気が付けば深い森の中にひとりきり。領都周囲にある人の手が入った森ではなく、大自然の中にいる。おそらく、蒼羽の森の中に入り込んでいるだろう。
冒険者が依頼をこなすために足を運ぶ森、であるので大丈夫だろう……とユーリアは思い魔力の流れを追いかけて進んで来てしまった、攻撃系、防御系と治癒系の魔法紙は出かけるときには常に数枚持ち歩いているのでいざというときはそれを使えばいい。だけれども、さすがに少しばかり不安にもなってきた。
「……」
戻ろうと思えば戻ることは出来る、今度は魔力が流れて行く方向沿って歩けば墓地に出るだろう。
「……いや、ここまで来たんだ。行こう」
ユーリアはそう呟いて歩き出した。先程から流れている魔力が濃くなっているように感じられ、もしかしたら魔力の大本が近いのではないかと思ったからだ。
下草をかき分け、魔力の流れを追いかける。
森の中にあるだろう道から外れた先になにがあり、どうしてファビアンの妻子が眠る場所へ温かくて優しい魔力を送り続けているのか。もしかしたら、行方不明になっているファビアンに関係しているかもしれないとも思ったけれど、純粋に魔力の元が気になった。
「うっ……うわ!」
蔓性の植物に足を捕られ、ユーリアは体勢を崩しそのまま下草の中へと転がった。咄嗟に手を突くように出すも、地面があるだろう場所にはなにもない。
「あっ……わああああああ!」
体を支えることが出来ず、そのまま体が一瞬だけ浮かんだ感覚があってその後落ちた。二回ほど転がり、その後は地面に沿って滑り落ちる。一般的にいう所の滑落だ。
下草に隠れて見えなくなっていたが地面に大きな亀裂が口を開けており、ユーリアはそこへ落ちてしまったのだ。多量の土や小石、千切れた葉と蔓と共に勢いよく滑り落ちる。
「い、いたたた……」
体感的には永遠にも近かったけれど、実際に落ちていた時間はわずかな時間だろう。
打ち付け擦りむいて痛む体を庇いながら、ユーリアは亀裂の底でゆっくりと周囲を見渡す。
そこは暗く湿った空洞だった。
空洞の内部にはユーリアを中心にする箇所と、滑り落ちて来た箇所を中心に黄色く光っている。
「ヒカリゴケ、かな?」
ユーリアは手を伸ばして地面を軽く叩いた。すると刺激を受けた地面がフワッと黄色に輝く。
ヒカリゴケは薄暗く湿った場所を好むコケ植物で、刺激を受けると発光する性質がある。このコケが生えている場所は歩けば足元周辺が光るので、多少は気楽に歩くことが出来のだ。松明やランプの明るさと比べるまでもなく頼りないが、真っ暗な中を歩くことを考えたら有難い存在である。
上部を見上げると、とても上がれそうにない程上部から光が差し込んでいるのが見えた。あの光がある場所からユーリアは落ちて来たのだ。
「……あそこに戻るのは無理、だね」
落ちて来た空洞の壁は登れるような傾斜ではないし、足場になるような所もなく、手掛かりになるような頑丈な植物も生えてはいない。ここを道具もなく、魔法が使えないユーリアが上がるのは無理だ。
「はぁ」
ため息を零しながら体の様子を確認する。
打撲と擦り傷は無数にあるけれど、骨折や命に関わるようなケガをしている様子はない。かなり上部から滑り落ちたことを考えれば、軽傷で済んだことは幸いだ。
「とりあえず、出口を探そう。頑張れ、ユーリア」
わざと口にする独り言で不安になる気持ち誤魔化しながら、ユーリアは立ち上がり服や肌に付いた土や葉を払い落とす。そして、僅かに吹き込んでくる風の流れを追いかけて歩き出した。
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