02
強引にユーリアが連れてこられた先は村にある警備隊の本署で、その奥にある小さな取調室に放り込まれた。
ほんの小さな明り取り用の窓に小さな机と簡素な椅子、明るい光を放つ魔道ランタンがあるので暗くはないけれど、息苦しさを感じる部屋だ。
取調室に入ってから一時間あまり、ユーリアはうんざりして目の前の男に同じことを何度も説明していた。
確か、今年の春に王都からやって来て警備隊副隊長に着任した新米警備隊員だ。
「……火事になった日の昼からメルネ村に行っていたと? それを証明する者は?」
「だ、か、ら、エラ・ポーリンガー、ルードルフ・アンデの三人と一緒に村を出発して、メルネ村に向かったの。メルネ村ではカチヤ・ハーマン薬師の家でお世話になった。一泊させて貰って、さっき帰って来たんだってば」
「一緒に出掛けた奴らおまえの友人だろう、口裏を合わせている可能性がある。証明する者とは認められない」
ユーリアは大きく息を吐いた。
聞く話によると、ユーリアがメルネ村に向かって出発した日の夕方、弟子入り先であるバルテル魔法紙店が火事になった。警備隊員や村人たちが必死に消火活動を行った結果、バルテル魔法紙店は全焼した。
幸い死人は出なかったし、周囲の店や倉庫、作業場に火が回ることもなかった。
けれど、バルテルが炎の燃え盛る店内に入って行ってしまい、救出したものの大火傷を負って現在治療院に入院して治療中らしい。
出来ることなら治療院へ行って、師匠の容態を聞いて見舞いをしたい。なのに、目の前にいるヨナタン・バントという新米警備隊副隊長はユーリアの言うことを全く信じようとはしないし、認めようともしない。当然、この部屋から解放もしてくれない。
「友人たちがダメっていうのなら、ハーマン薬師はどう? エラの師匠ではあるけど、私とは無関係の人」
「友人の師匠だろう? 友人のためにおまえを庇う可能性がある」
なんなのよー! そう叫びたい気持ちをぐっと抑え込んだ。
「もう一度確認するぞ? ユーリア・ベル、十七歳。種族は半精霊で、属性は風。八歳からレヴェ村にあるフルフト神を祀る神殿に併設された施設で暮らす。十歳からバルテル魔法紙店で魔法紙師の修行を始める……間違いはないか?」
「ない」
端的にユーリアが肯定すると、ヨタナンは眉間に皺を寄せ持っていた資料をテーブルに叩きつけた。バシンッという乾いた音が狭い取調室に響く。
「おまえ、本当に怪しい奴だな」
「は?」
「通常、神殿の施設に半精霊が入るのは十三歳からだろう。それを八歳から入るなんて、早すぎる」
人間と精霊の間に生まれた半精霊は、十三歳になる年にフルフト神殿に預けられるのが通例になっている。片親から貰った大量の魔力を制御し、それを生かした職業に就いてもらうためだ。
ユーリアが神殿にやって来たのは八歳、五年ほど早かった。だが、早くてはいけないという決まりもないのだから、とやかく言われる部分ではないはずだった。
「それに半精霊だと言うなら、ツガイ妖精がいるはずだろう。出せ、一応妖精からも話を聞く」
この世界には三種の種族の者が生きている。人間と精霊、そして人間と精霊の間に生まれた半精霊だ。
半精霊はそのまま半分人間で半分精霊という存在。半精霊には、生まれたときからひとつの命を共有する妖精がいて、ツガイ妖精と呼ばれている。
ユーリアの友人であるエラもアレクシアも半精霊。エラにはピンクから水色のグラデーションがかかった海月のツガイ妖精が、アレクシアには明るい茶トラ柄の毛並みを持った猫のツガイ妖精がいる。
「いないの」
「は?」
「だ、か、ら、私にはツガイ妖精なんていないの!」
ヨナタンは一瞬だけきょとんとした顔をしたが、すぐに怒りの表情を浮かべテーブルを拳で叩いた。大きな音がしたが、ユーリアは気にせず肩を竦めて見せる。
「そんなわけあるか! ツガイ妖精を呼べッ」
「いないんだから、呼べないって言ってるの!」
「おまえ、本当に半精霊なのか!? ツガイ妖精のいない半精霊なんて聞いたことないぞッ」
「…………そんなの私の方が知りたいくらい。なんで、私にだけツガイ妖精がいないんだって」
ユーリアはフイッとヨナタンから顔を背け、小さな声で呟いて唇を強く噛んだ。
かろうじてそれを聞き取ったヨナタンは、気まずそうな顔をして再び資料に目を落とす。
ユーリアの経歴書には種族は確かに半精霊とされていて、ツガイ妖精の欄は空欄になっている。この経歴書はユーリアが神殿の施設に入ったときに作られた正式なものだ。内容に誤りなどあるはずがない。
「……まあ、ツガイ妖精のことはいい。それより、本題だ。どうしてバルテル魔法紙店の倉庫に火を付けたんだ? おまえにとってバルテル氏もあの店も恩があるだろう」
「そんなことしてない! あなただって分かってるじゃない、私には師匠に感謝しかないしあのお店だって大事な場所。どうして火をつけて燃やすようなことしなくちゃいけないの!?」
「動機が分からないから聞いてるんだろうが!」
「そんなことしてないって言ってるでしょうが! そもそも、出火した時間、私はとっくにレヴェ村から出ていていなかったの。どうやって倉庫に火を付けることが出来るっていうわけ!?」
そう叫ぶように言えば、ヨナタンはうぐっと言葉を飲み込んだ。
ユーリアを放火犯と仮定した場合、放火した理由が不明なことと村にいなかったユーリアがどうやって火を付けたか、は重要なポイントだ。
「し、しかし……火が出る前、倉庫におまえがいたのを見た者がいるんだぞ! なにか時限式の魔法でも仕込んでいたんじゃないのか!?」
時限式の魔法、と言われてユーリアは鼻で笑った。
ヨナタンの言うような物とは、強力な火炎魔法をなにかに閉じ込めておいて、そのなにかが破裂したり燃えたりしないよう半日程度の時間維持しなくてならない。
しかも魔法を閉じ込めるなにかは、魔法紙店の倉庫に置いてあっても違和感がなく、尚且つ店で働く者に気付かれないなにかでなくてはいけない。
そもそも、火炎魔法を発動前の状態で長時間維持するなんて、高位魔法使いでもなければ出来ない芸当だ。
ユーリアに出来るようなものじゃない。
「…………その私を見た人って、アンネさんですか?」
「そうだ、アンネ・ブレーメさんだ。どうして彼女だと……」
そう言えば、ユーリアは呆れたような表情を浮かべ再び鼻で笑った。
「あの子のやりそうなことだから」
「えっ……」
「で、その時限式の魔法とかの証拠はあったんですか?」
ヨナタンは再びうぐっと言葉を飲み込み、苦そうな表情を浮かべた。
「それは、ない、が……おまえがやっていないという証拠もない!」
ああもう、証拠もないのに曖昧な目撃証言だけで自分を放火犯で殺人未遂犯だと決めてかかっている。
ユーリアはこの部屋に入ってから数えきれないほどついたため息の回数を増やしながら、己の中にある正義を振りかざす警備隊副隊長を見た。
こんな男が警備隊の副隊長なんかやっていて、大丈夫なんだろうか? と思いながら。
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