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 ヘッセルから聞いた話によれば、二十年前ファビアンは領都の東側に広がる森、〝蒼羽の森〟と呼ばれる森の方に向かって歩いていた、それが最後の目撃情報であるらしい。


 領都の東側には大きな街道もあるため、森に入ったのか街道に向かい辻馬車に乗ったのかは不明だ。そのため、ファビアンの行方に関しては、森で亡くなった説と別の街に出て行った説の二種類がある。


 ファビアンは魔法紙師であったため、別の街に移り住んで開業するなり魔法紙を描いて生計を立てれば同業者の中で話題にもなるはずだが、現在それはない。


 全く畑違いの職業を生業にしていれば、話題にはならないがファビアンは当時四十歳。その年齢から異業種への転職は考えにくい。


 そのため、ほとんどの人間が「ファビアンは森で死んだに違いない」と思っているらしい。


「森でもし命を落としたというんなら、それも仕方ない。それがアイツの命運だったのじゃろ。それならば、あの森で死んだという証が欲しいんじゃよ」


 ヘッセルの小さな呟きは、ユーリアの耳に残っている。


 冒険者ギルドの入っている建物、その奥にある資料室には領都に冒険者ギルドが出来て以来こなして来た依頼書と報告書が納められている。その依頼書や報告書、資料などは誰でも自由に閲覧することが出来るようになっているのだ。


 ユーリアは冒険者ギルドの資料室で『ファビアン・ヘッセル捜索』についての資料を読んでいる。

 資料の数はそんなに多くはない。


 ファビアンが行方不明になって、ひと月後から半年ほどの期間で書かれたものが一番多い。薬草採取をしながら探した、とかヘッセルの依頼を正式に受けて探した冒険者など。


 それも半年が過ぎた頃から数を減らし、ヘッセルも依頼を出すのを止めたようだ。出しても誰も引き受けてくれないからだろう、とユーリアは思った……引き受けてくれる冒険者がおらず、二週間の掲示期間を過ぎた依頼書が複数枚あったから。


「……」


 おそらく、冒険者ギルドを頼ることをやめたヘッセルは、仕事の合間を見つけては自分で探しに出たのだろう。


 けれど、ファビアンを見つけることは出来なかった。


 ユーリアは資料を纏めた本を閉じると、元々あった場所へと返却する。ギルドで確認したいことは分かった。そして、冒険者ギルドを出るとそのまま下宿しているアンデ素材店へと戻る。


 アンデ素材店は現在、ルビーが配送共の仕事をこなしながら不定期営業中。ユーリアだけでは店の切り盛りが難しく、しばらくは店を開けるときが不規則になりそうだった。


 理由は三人の赤ちゃんが無事に生まれ、先日病院から退院して来たからだ。


 今まで大人ばかりが暮らしていた家に赤ちゃんがやって来る、それだけでも大変なのに赤ちゃんは三人もいるのだ。家族全員が忙しなくしている。


「ただいま。……ルビー、手伝うね!」


「ああ、ユーリアおかえりなさい。助かるわぁ、そこにある青菜を洗ってひと口くらいに切ってくれる?」


「分かった~」


 ユーリアはキッチンに続く裏口から帰宅し、夕食の支度をしているルビーの隣に立った。


 手を洗ってから、籠に入っている青菜の束を手に取る。


「ねえルビー、ヘッセルさんの魔法紙店に素材を卸してるのは……ルビーの所?」


「ヘッセルってあの偏屈ジジィの巻紙店でしょ? そうよぉ。あのじいさん、注文が多くて難しいのよ。とは言っても、相手をしてるのはアタシじゃなくて、ウチのジジィだけどね!」


 ルビーはそう言って鍋で煮ていたジャガイモを取り出すと、大きなボウルに入れて滑らかになるように潰す。


「ジジィ同士気が合うんじゃないかしら。あ、青菜を刻んだら卵を六つ茹でてくれる?」


「分かった。ねえ、おじい様とお話出来る時間ってとれるかな?」


「え? うちのジジィと話がしたいの?」


「うん。ヘッセルさんの所に素材を卸してたのなら、息子のファビアンさんのこと知ってるんじゃないかと思って」


 ユーリアはジャガイモを茹ででいたお湯の中に卵を六個、ゆっくりと沈めた。お湯の中で卵がコトコトと音を立てる。


「ああ、そうねぇ、夕食時なら捕まるわ。……で、どうして偏屈ジジィの息子のことなんて知りたいの?」


 二十年前行方が分からなくなったファビアンの行方を捜してくれるように頼まれたから、ファビアンのことを知りたいのだ。そう答えると、ルビーは「あー」と頷いた。


「ルビーはなにか知ってる?」


「残念ながらアタシはなにも知らないの。うちのジジィが偏屈ジジィと付き合いがあるから、息子さんが行方不明だってことだけは知ってるわ」


「……そう」


「ユーリア、そこのソースと切った青菜を合わせて耐熱容器に入れてちょうだい。その上にチーズを好きなだけふりかけて、竈に入れてね。それから食材庫の冷たい方からお肉を出して! 今日は高級モートゥン牛のステーキよぉ!!」


 ルビーはクリームのような滑らかさになったマッシュポテトに塩コショウを振り、バチーンとウインクをした。


「ステーキ? みんな赤ちゃんのお世話と仕事でヘトヘトなのに? もっとこう、お腹に優しくてスルッと入る物の方がいいんじゃない? 具沢山の野菜スープとか、麺類とか」


 アンデ家に暮らす全員が疲労状態にある、それは間違いない。顔を合わせる度、彼らの目の下には濃いクマが出来て、肌や髪から艶が失われて、心なしか頬がコケて来ているような印象を受けていた。だから、栄養があり、消化しやすいものが良いのではないかとユーリアは思う。


「馬鹿ねぇ、ユーリア」


 大きな鉄製のフライパンを片手で悠々と持ち上げ、ルビーは顔の前で人差し指を左右に振った。


「こういう疲れた時こそ、コッテリした物をドカーンと食べるのよ! 栄養補給、それが一番!」


「え、ええ? そうかな……」


「そうよっ!」


 ユーリアはルビーに言われた通り、角切りベーコンの入ったクリームソースに青菜を混ぜ込み対決容器に入れ、チーズをたっぷりと乗せた。窯で焼きあがれば、かなり大盛なグラタンが出来上がりそうだ。そして、食在庫から厚さ四センチはありそうな分厚い肉の入った容器を取り出す。


「大きい、分厚……」


「でしょう、奮発したわ! 頑張った姉さんには一番分厚くて、大きなお肉よね」


 アンデ家の血を引く人間が基本的に大柄だ。ルビーも彼の祖父も姉のクラーラも、今は離れて暮らしているルビーの父も妹も大きい。きっと、ルビーが今作っているような栄養たっぷりコッテリ系の食事をドカーンと食べていると……こうなるのだろう、そう思った。


 事実、夕食を取りに交代でやって来た全員が、テーブルに並んだ夕食に何ら違和感を持ってはいないようだった。


 分厚いモートゥン牛のステーキと付け合わせのマッシュポテト、ベーコンと青菜のチーズたっぷりグラタン、卵フィリングがたっぷり乗ったオープンサンド、海藻の乗ったちぎりサラダゴマドレッシングがけを全員が平らげる。


「これが食べられなくちゃ、うちの子にはなれないよ。頑張れ、ユーリア」


 ルビーの祖父ベンヤミンは笑ってそう言い、食後のサカマントゥーが山のように乗った皿とセーンチャを用意した。


「それで、バーナード・ヘッセルの息子、ファビアン・ヘッセルのことだったか?」


「はい」


 ユーリアはコッテリした夕飯で膨らんだお腹にゆっくりとセーンチャを流し込みながら、頷いた。

お読み下さりありがとうございます。

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