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 ユーリアは目を瞬かせてから、セーンチャを飲み干した。程よくぬるくなったお茶が乾いた喉を潤す。


「えっと……、ファビアンさんは行方不明、なのですよね?」


 質問に対して、ヘッセルは両腕を組むと「うむ」と大きく首を縦に振った。


「おおよそ二十年前、まだおまえさんたちがママの腹の中にも生えていなかったころの話、になるな」


 ヘッセルはキュースイにお湯を注ぎ足し、最初に煎れたものより大分薄くなったセーンチャを一気に飲む。


「あいつが居なくなったのは突然だったよ、朝起きたらもう居なかった。最初は買い物か散歩にでも出てるんだろう、くらいにしか思ってなかった。でも、昼を過ぎても、夜になっても帰って来ないんで気になった」


 成人した息子が夜になっても帰らない、気にはなったけれどそれ以上考えるのは止めた。そう言ったヘッセルに対して、ユーリアもジークハルトも言葉はなかった。


 おそらく、自分がヘッセルの立場だったら同じ行動をとっただろうからだ。これが娘だったのなら、探しに出ることもあったけれど息子だから。しかも成人済。


 恋人の元へ行ったかもしれないし、飲み屋や娼館のある花街へ出かけて行ったのかもしれない。成人男性なら普通にあり得る行動だろう。


「だが、次の日もその次の日もファビアンは帰って来なかった。仕事があると言うのに帰宅せず、どこからもなんの連絡もない」


「それは……ちょっと」


 ユーリアもジークハルトも首を傾げる。


 普段から家に寄り付かない放蕩息子であったのなら気にならないが、ファビアンは魔法紙師としての仕事をきちんとこなしていた。


 体調を崩して仕事をやむなく休むことはあっても、基本的に仕事をサボるような男ではなかったらしい。


「帰らなくなって三日、儂はファビアンの捜索を領の騎士団へ願い出た。……が、まあ、成人した男が三日程度家を空けたからって、真面目に捜索してくれたのかどうかは、あやしいがな」


 二十年前は今の領主の叔父という人が領主で、当時のシュルーム領は荒れていた。騎士団も魔術師も質が悪く、統率も取れないならず者に近い者が大勢所属していて、当てにはならなかった。


 ヘッセルはそう言って、当時を思い出したようにひげをしごく。


「儂も時間を見つけては探したし、友人たちも探してくれた。騎士団があてにならなかったから、冒険者ギルドを通して捜索依頼を出したりもした。だが、結局ファビアンは見つからないまま……今日まで来てしまった」


 大きく息を吐いて、ヘッセルは苦笑いを浮かべた。


「ここ巻紙屋をやっていれば、いつか息子が帰って来るかと思っていたよ。でも、そろそろ儂も限界だ。もしお嬢ちゃんがここで巻紙屋をやってくれるのであれば、儂が居なくなっても息子はここへ顔を出してくれるんじゃないか……そんな気持ちもあってな」


「ヘッセルさん……」


 ユーリアは切ない気持ちになった。


 親が子を思う気持ちは、子が成人してもなにも変わらない。帰って来ると信じる気持ちも、帰って来る場所を守りたいと思う気持ちも親の愛情だろう。


「けどさ、ヘッセル老。二十年も前に行方が分からなくなって、誰も見つけられなかったファビアンさんが見つかる可能性は……申し訳ないけど、低いと思う。それを条件付けにするって言うのは、ちょっと」


 ジークハルトの言葉もユーリアはよく理解出来た。ファビアンが行方知れずになって二十年という長い時間が過ぎている。その間、ヘッセルは勿論のこと仕事として依頼を受けた冒険者たちが探している……それなのに、ファビアンの行方は今でも分からないまま。


 それを今からユーリアが探し出す、というのはかなり難しいことだ。


「分かりました」


「ユーリア!?」


 あまりに難しい条件であるにも関わらず、了承したユーリアにジークハルトは驚き、慌てた様子だ。


「私に出来る限りのことはさせていただきます。ただ、それでもご期待には添えない可能性があることはご承知下さい」


「うむ。昨日居なくなったのならまだしも、もう二十年も前の話だからな。承知しておるよ」


 ヘッセルの言葉に、大きくユーリアは首を縦に振った。






「なんて無茶な話を受けたのか、分かっている?!」


 ヘッセルの店を後にしたユーリアとジークハルトは、大通りを歩いていた。行き先はユーリアが下宿しているアンデ素材店で、ジークハルトが送って行くと言って聞かなかったのだ。


「あんな無謀な話を受けなくても、魔法紙の店なら持つことが出来る。多少時間はかかるかもしれないが」


「お店を譲って欲しいから、じゃないんです」


「……じゃあ、どうしてヘッセル老の依頼を引き受けたりしたんだ?」


「ヘッセルさんは、二十年間ずっと探していたんだと思うんです。ファビアンさんが居なくなってすぐは騎士団も探しただろうし、お友達も探してくれた。冒険者たちだって、仕事として引き受けてくれたでしょうし、素材採取のついでに探してくれりしたかもしれません」


「そうだろうな」


「でも、今は違います。二十年も経ったら、仕事として依頼したって誰も探してくれないですよ。きっと、ファビアンさんは自分の意思で街を出て行って、きっと別の街で暮らしているんだろう……もしくは、もう亡くなったんだろうって」


 ジークハルトは言葉を紡ごうとしたが、なにも言い出せなかった。ユーリアの言う通りだとしか思えなかったから。


 家族として探したいというヘッセルの気持ちは分かる。分かるけれど、二十年音沙汰がないということはファビアン自身がヘッセルと縁を切りたいと思って出て行ったか、死亡したか……という判断に辿り着く。


「きっと、ヘッセルさんは区切りを付けたいんじゃないでしょうか。私をその区切りにしようとしてるんじゃないかって。だから、お店を譲るという話はともかく、私はファビアンさんを探そうと思うんです」


「ユーリア」


「探し出せるかどうかは、分からないですけど」


 ユーリアはヘッセルから預かった魔法紙を見つめた。ファビアンの魔力が込められた魔法紙だ。

 この魔法紙に込められた魔力を追いかけることで、ユーリアはファビアンの行方を追いかけてみようと思っている。


 二十年も前の魔力を追いかけることが出来るのか、そこは自信がない所ではあるけれど……それしかやり方を思い付かなかった。


「危ないことはするなよ」


「大丈夫です、私これでも魔法紙師で……」


「ファビアンが消息を絶ったと言われているのは、ここから東にある蒼羽の森と呼ばれる場所だ。あの森は薬草が沢山はえていて、水場では良質な砂鉄なんかも採取できる。近辺の冒険者ならよく足を運ぶ場所になる、生息する魔物も大人しい種類が多い。……だが、あそこには獰猛な魔物もいるんだからな」


 心配そうなジークハルトに、ユーリアは〝口煩いな〟と思いながらも、嬉しい気持ちなっていて自分で自分が不思議だった。


 自分が覚えていないだけど、やはりこの青年の言う通りなのか、ユーリアはそう思うのだ。

 思うだけで、なんの証拠もないのだけれど。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

頂いた応援を続きを書くエネルギーにさせて頂いております。


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