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「……ふぅむ、ということはだ。お嬢さんはこの領都で巻紙屋として、腰を据えてやっていこうと思っとるんだな?」
「はい、そのつもりです。しばらくは、ギルドの直売店と魔道具店に魔法紙を卸して資金を作って、将来的には店を持てたらいいなと」
そうは言ったものの、ユーリアが自分の店を持てる、そんな日が来るのは凄く遠い未来の話か、実現には至らなかった夢の話になる確率が高かった。
シュルーム領の領都シュルームは大きな街だ。それゆえ大勢の人が暮らし、大勢の人が出入りしていて発展している。発展しているが故に、空いた土地はほぼないし空き家も少ない。
限られた空き土地や空き家を借りるにも安くない家賃が必要で、独り立ちしたばかりで資金のないユーリアにはとても払える額ではなかった。
このひと月、素材店の仕事を手伝いながら不動産屋やギルドを通じて、ユーリアでも借りられそうな貸店舗を探してはみた。けれど、結果は芳しくない。
「こんな都会で、私のような若い女が店を持つなんて色々と難しいとは分かったんです。けれど、出来るだけ頑張ってみようと思って」
ユーリア自身を、ユーリアの魔法紙師としての力を信じてくれた人のためにも。
「……そうか。儂は今年の夏で九十三になる、自他ともに認める立派なジジィだ。普通ならもう店をとっくに跡取りへ譲って、悠々自適の隠居生活を送っとるはずだ」
「隠居と言えばヘッセル老、お弟子さんは?」
受け取る魔法紙のチェックを終えたジークハルトは、腰ベルトに付いているポーチから硬貨の入った革袋を取り出してヘッセルに手渡した。
「ひとりいたが、いなくなった」
「え?」
「二十年ほど前の話だ」
ヘッセルは革袋の中身を確認すると、それを持って店の奥へと姿を消した。そしてお茶の支度をして戻って来ると、ユーリアとジークハルトにうす緑色のお茶と茶色く丸いお菓子を出した。
「東方で一般的に飲まれているセーンチャと、茶菓子のコクトゥマンジューだ」
すっきりとした香りに少し苦いお茶と、黒くて甘い何かが詰まったマンジューはとても相性がよく、ユーリアはとても気に入った。
「美味しいです、凄く。お茶とお菓子がよく合いますね」
「だろう? あいつも、ファビアンもそう言っていた」
「……ファビアンさん?」
「ああ、儂の弟子で息子だった男だ。オーベル流を修めてこの店を引き継いでいくはずだった。二十年前に消えたがな」
ヘッセルはマンジューを頬張り、それをセーンチャで流し込んでから大きく息を吐いた。
「お嬢ちゃん、さっきも言った通り儂は本物のジジィだ。正直に言って、すでに魔法紙を作るのも辛い。……七十年近く魔法紙を描いて、魔力が随分減ってしまったでな」
魔力の量は基本的に産まれて持ったもので、訓練によって増やすことは出来るが大幅に増やすことは出来ない。それが魔力に関する常識で、魔力は年齢を重ねると減っていく、それも常識だ。
「特にこいつら鬼畜騎士団の注文は、本当に辛くて辛くてかなわん」
「き、鬼畜騎士団ってなんです!? 誤解を受けるじゃないですか!」
ジークハルトは怒鳴ったが、ヘッセルはそれを鼻で笑い飛ばした。
「幼気な老人につらーい仕事をいつまでもさせおって、鬼畜と言わんでなんと言うんだ。まあ、いい。弟子がいれば儂はとっくの昔に隠居しとったはずだが、あいつはおらん。そこで……お嬢ちゃん」
「は、はい」
「儂の望みをかなえてくれたら、この店と店にある設備も備品も、全てお嬢ちゃんに譲ろう。ここで店をやるといい」
「……え、えええ?!」
驚きながらも、ユーリアは店内を改めて見回した。
ヘッセルの店はひとりで営める、小ぢんまりとした広さだ。家具やランプ、箱などの調度品は東方風だが、木目の生きた茶色と緑色の内装と東方とこの国の文化や様式が絶妙に交じり合って、派手さはない落ち着いた雰囲気だ。
タターミマットレスの敷き詰められた上がり框には、濃い藍色のザブトゥンと足の短い丸テーブル、チャブダーイがあり、お茶を飲んだり打ち合わせなどに使えるスペース。
店内を見渡せる位置に陣取られた作業スペース、おそらくその奥に倉庫やキッチンなどがあるのだろう。
掃除や整理整頓に手が回っていないのか、少しばかり汚れたりくすんだりしている部分はあるが……ユーリアの目には素敵な店だと思えた。
店も大通りから少し中に入った場所で、人通りは多くも少なくもなく、すでにここが魔法紙屋であることも住民に認知されている。
「どうだい? 少しばかり古いが、なかなかいい物件だと自分でも思っておるよ。倉庫もあるし、居住スペースも二階にある。今なら、鬼畜騎士団から受ける定期仕事も付けよう。食うに困らなくなる」
「ちょっと、ちょっと待って下さい! ヘッセル老、勝手に決めないで下さいよ。この店を誰に継承させるか、そこは個人の問題なので自由にして貰って構わないですけどね? 騎士団の仕事はヘッセル老だからお願いしているのであって、そこを勝手にされては困ります!」
ジークハルトは慌てて間に入り込んだが、ヘッセルはフンッと鼻を鳴らし慌てる若い騎士をあしらった。
「ケチ臭いのぉ。どうせ儂しかおまえたちが欲しがる魔法紙を描けないから、儂が描いていただけの話よ。お嬢ちゃんは描けるんだから、構わんだろうに」
「……いえ、私の仕事に不安があると言う騎士様のおっしゃりは当然です。私にはなんの実績も、後ろ盾もありませんから、信頼出来なくて当然です」
「あ、いや、そうい……」
「お仕事のことは置いておいて」
ヘッセルが引き受けていた騎士団の仕事については、ユーリアが決めることではないし、ジークハルトがユーリアの作る魔法紙について信用出来ないことも当然なので、なにかを言うつもりはない。
正直に言えば少しはショックだ。
ユーリアは若いし、女だし、自分の作った魔法紙を使ったこともない人間に信用しろと言う方がおかしいとは分かってる。でも、師匠であるバルテルに一人前と認めてもらい、村にやって来る冒険者や騎士には魔法紙を認めて貰えていた。
この街でも、頑張ってユーリアの描く魔法紙を認めて貰えるように頑張ればいい。でも、真正面から「信用出来ない」と言われれば、気持ちが沈む。
少し重くなった気持ちを隠すように、ユーリアはヘッセルに言った。
「……ヘッセルさんの望み、とはなんですか?」
この店を譲って貰えるなんて、ユーリアにとっては夢のような話だ。けれど、うまい話しには裏があるのが世の常であり、世間をよく知っているわけではないユーリアでもそこは承知していた。
「人を探して貰いたい」
「人探し?」
「ああ、儂の息子で弟子。ファビアン・ヘッセルを探して欲しい」
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「巻紙屋ユーリア」ですが、諸事情ありまして週に一回を目標としておりました更新速度が遅くなります。出来る限り頑張る予定ですが、不定期更新となります。
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