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「お、おいヘッセル老!? そよ風病が爆発した? それとも心臓の血管が詰まったり?」


 床に倒れ込み、脂汗を流しているヘッセルをジークハルトとユーリアで慌てて助け起こし、店の一角にある上がり框スペースに寝かせた。


「だ、誰がそよ風病だ…………こ、こここ腰が……」


「なんだ、びっくり腰か」


 そよ風病とは、酒と美食を愛しすぎた者がかかる病である。足の指や足首、足の甲などに腫れと共に強烈な痛みを発生させ、そよ風にそっと吹かれただけでも痛いと感じる所からそう呼ばれる。


 東方風のクッションであるザブトゥンを広げ、重ねた簡易的なベッドにヘッセルは横になったが、びっくり腰の痛みはそんなもので治るものではない。

 ザブトゥンにしがみ付いて、ただひたすらに唸っている。


「ヘッセル老、自分の年齢を考えたらどうです? もう若い頃のように自由も無理も利かないって自覚して、もっと自分の体を労わらないと」


「やっかましいわ、この、若造がっ……うがっ……ぐぬぬ」


「……ヘッセル老、魔法紙はないんですか? 痛み止めとか、腰が治る感じのやつは」


 ジークハルトの問いかけに、ヘッセルは首を横に振る。


「うちのオーベル流は、攻撃系が主なんだわい。攻撃系が七割、防御や結界系が三割。流派を立ち上げたロミルダ・オーベルは冒険者の妻でな、夫のために作り出した魔法紙を元にしとるでな……あだだっ」


「なるほど」


「……お嬢ちゃん、そこにあるものを使って、一枚描いてくれんか?」


「はい?」


 ユーリアは突然のことに目を瞬かせた。


「え? なにを、描くって……」


「そりゃあ、お嬢ちゃんは魔法紙師だろうに。描くと言ったら魔法紙だろう……うっぐっう!」


「ええ!?」


 驚いたユーリアはぴょんっと体を跳ねさせる。


「わ、私が描いたものよりパシェさんの所にあるものの方が効果高いですよ! 今から買ってきますから、ちょっと待っていて……」


「お嬢ちゃん」


 ヘッセルの少し掠れた声が響いた。店主の声は決して大きなものではなかったけれど、店内に響き、この場を支配する。


「儂は、お嬢ちゃんの描いた魔法紙が良い。頼むよ」


「…………わかり、ました」


 ユーリアはゆっくりと魔法紙を描く作業机に向かい、座った。机の上は適度に散らかっていて、けれど機能的に道具が配置されていることで、店主がこの作業机を頻繁に使っていることが伺い知れた。


 黄緑色の入ったガラスペン、数種類のインク、大きさ別に分けられた無地の魔法紙、魔法紙のインクを乾かす乾燥台。修めた流派が違っていても、魔法紙を描き上げることに基本違いはない。


「お借りします」


 ユーリアはガラスペンを手に取り、小さな無地の魔法紙を机に広げた。ペン先を整えるようのメモ紙で数種類あるインクの様子を試して、真ん中にあるインク壺のものを選んだ。


 ヘッセルに使いたい魔法紙は〝びっくり腰を治す〟魔法紙だ。腰周辺の筋肉の炎症を治し、筋を緩め、痛みを取る。骨が歪んでいるのなら、それを正常な位置へと戻す。


 ユーリアは〝びっくり腰〟が回復するようにと思いついた全ての術式と、魔法紙を開いた瞬間に全ての術式が展開するための術式を、己の魔力を込めて描き込んだ。


 ヘッセルの腰の痛みが取れて回復しますように、と想いを込めて。


 セピア色のインクで描きあげた魔法紙を乾燥台に乗せる。魔法紙がセットされたことを感知した乾燥台はすぐさま起動し、暖かい風でインクの水分を吹き飛ばした。


 完璧にインクの乾いた魔法紙を手に取り、再度描き上げたものを確認してからくるくると丸める。丸めた魔法紙を止めれば完成となる。


 オーベル流はリボンで止めるため、作業机の上にある棚の中から緑色のリボンを取り出して止めた。


「…………出来ました」


 出来上がった魔法紙をザブトゥンにしがみ付いて、身動きもままならないヘッセルに手渡した。


「ありがとうよ」


 ヘッセルは腰の痛みに震える手で魔法紙を受け取ると、なんの躊躇いもなくリボンを解いてそれを開いた。


 解き放たれた魔法紙は描かれた術式が発動、淡い黄色の光が発せられるとヘッセルの腰が強く輝く。


「うっ……ぐぅううう」


「お、おい……ヘッセル老?」


「ふっぐぅうううう」


 ザブトゥンを激しく抱きしめ、全身で身もだえる御年九十歳を越えた老人ヘッセル。脳の血管が千切れたか、心臓の血管が詰まったか、はたまた魔法紙の力に体がついていけず血圧が急上昇したのか、ジークハルトが不安を覚えるのも無理はなかった。


 ユーリアに至っては顔を真っ青にして震え、ぐねぐねと体を不気味にくねらせるヘッセルを見つめることしか出来ない。


「ヘッセル老!? ちょっと……本気でどうしたって言うんです!?」


「うううっおお」


「わ、私っ……その、やっぱりパシュさんの所で魔法紙を買ってきます」


「わ、分かった。ヘッセル老、今魔法紙買って来るからもうちょっと待って……」


「うおおおお! 必要っなぁあああい!!」


 しがみ付いていたザブトゥンを放り投げて勢いよく立ち上がったヘッセルは、店を出て魔法紙を買いに行こうとしていたユーリアを素早く捕まえた。


 その動きは九十歳を越えた老人とは思えない、東方で活躍するというニンジャーも驚くほど力強くも素早い動きであった。


 残念ながらユーリアもジークハルトもニンジャーという職業について全くの無知であったため、〝じーさん凄いな〟としか思わなかったのだが。


「えっ? あのっ、どういうことです!?」


「素晴らしい、素晴らしいぞお嬢ちゃん!」


「ええ!?」


 ヘッセルは怯えるユーリアを上がり框に座らせた。その小さな尻の下に分厚いザブトゥンを敷くことも忘れずに。


「なんという感覚だ! ここ十年、ずっと悩まされていた腰の突っ張りまですっきりと消えておる。股関節の辺りまで違和感がない。これもみな、お嬢ちゃんの作った魔法紙のおかげだわい。ありがとう」


 ユーリアの隣に座ると、ヘッセルは深く頭を下げた。


「あ、ああ、よかった。ちゃんと効果があったんですね」


「勿論だとも、儂の想像以上に高い効果だ。素晴らしい。これを二年で習得するなんてなぁ、アヒレス流は習得に時間がかかる流派だと言うのに」


 ヘッセルは感心した様子でまたひげを扱く。


「あ、いえ。私、弟子入りが十歳で、ちょっと人より早かったので一人前になったのも早いんです。ちゃんと師匠の元で七年修行しています。二年で習得なんて、無理ですよ」


「十歳? そりゃまた早い弟子入りだのぉ、なんでまたそんなに早く弟子入りを?」


 ヘッセルに促され、ユーリアは領都の半精霊施設に入ったときから、最近バルテルの元からちょっと強引に独り立ちさせられた所まで大まかに話していた。


 その相手から言葉を引き出す話術の巧みさは、東方の司法で活躍するオブギョーサマに匹敵していたが、ユーリアとジークハルトはオブギョーサマという職業について全くの無知であったため、〝じーさん凄いな〟と思っただけであった。

お読み下さりありがとうございます。

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