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 やっぱりジークハルトを見ていると胸の奥がチクチクと痛み、ぎゅっと心を鷲掴みにされたような気持ちになるし、焦燥感のようなものも感じる。

 どうしてなのか、それを知りたいと思うのだ。


「それで、こんな所でどうしたの? どこか行きたい所でも?」


「バーナード・ヘッセル氏のお店に挨拶に行きたいのです。でも、手土産に悩んでいて」


 ユーリアがそう素直に告白すれば、ジークハルトは笑った。


「あの爺さんの店か。丁度俺も行く所だから、一緒に行こう。それと、あの爺さんへの手土産なら〝セイシュ〟が一番だよ」


「せ、いしゅ?」


「今流行してる東方の酒さ。あの爺さんは街に東方文化が流行る前から好きで、個人で仕入れて飲んでいたらしいよ」


 商店街を進んで脇道に入り、大通りから一本奥まった通りにある小さな酒屋にユーリアは案内された。見たことのないノレーンというカーテンが店の入り口に掛かっていて、東方文字で何かが書いてあるけれどユーリアには読めない。


「こんにちは、タースケさんいます?」


 カーテンを捲って中に入って行くジークハルトを追いかけて、ユーリアも中へと入った。店内には大小様々な棚が設置されて、そこにガラス瓶が沢山並んでいる。店の中央には小さなテーブルがあり、そこには陶器で出来た小ぶりの瓶と小さな器もある。


「ああ、ジークハルトか。どうした」


「お客さんだよ。ヘッセル爺さんへの手土産用の酒が欲しいんだってさ。ユーリア、予算はどのくらいで考えてる?」


「え、あ。三千マクルくらいで」


 店の奥から出て来た体格の良い男性は少し考えた後、カウンターの後ろにあった棚から陶器の瓶に入ったお酒と、大きな葉に包まれた品を小さなケースから取り出すと袋に入れた。


「ヘッセルの爺さんならこれでいい。爺さん好みの辛味のある酒と、カマボッコだ」


「……ちなみに、カマボッコとは?」


 ユーリアがお金を払いながら尋ねれば、店主は東方では一般的に食べられている魚のすり身だ、と教えてくれた。これを軽く火で炙って、酒を飲むことをヘッセルが楽しみにしているとも聞き、ユーリアは安心した。


 九十歳を越える老魔法紙師に対する個人的なイメージは、偏屈で気難しいだろうというもの。

 そんな老魔法紙師の作る魔法紙とユーリアの作る魔法紙は競合する部分が多く出る。それを考えると出来るだけ穏便に挨拶を済ませ、友好とまではいかなくても困らない程度の関係になっておきたい。


 だから、今回の挨拶は失敗したくない。手土産を気に入って貰って、少しでも好印象を持ってもらいたい。


「ありがとうございます」


 最低でも手土産で嫌な顔をされることはない、それが確定しただけでもユーリアの心は軽くなった。


 酒屋を後にし、ジークハルトに連れられてユーリアはバーナード・ヘッセルが営む魔法紙店にやって来た。


 そこは大通りから脇道を二本ほど入った所にあり、静かで落ち着いた感じの場所だ。そこには木造で青色の屋根に、壁の半分ほどを植物に覆われた店があった。

 なんの飾りもない四角い看板には〝魔法紙・ヘッセル〟とだけ書かれている。


 単純に無駄がないな、とユーリアが店の様子を見ているとジークハルトはどんどん店の中へと入って行ってしまった。


「ヘッセル老! 今日が締め切りの品、受け取りに来ましたよ。ヘッセル老!」


「分かっておるわい!」


 ユーリアが店内に入れば、賑やかを少し越えたやり取りが耳に響く。


 店内は木目と落ち着いた緑色でまとめられ、どこか東方風の雰囲気だった。置かれている家具やランプ、売り物である魔法紙の入っている箱も東方風だ。


「これが来週までに必要な魔法紙のリストです、確認して下さい」


「……おお、これまた多いのぅ。こんなジジィに過酷な労働をさせるとは、領主も見た目のまんま鬼畜な男だて。そんな男の元にいるせいか、麾下の者らもみな鬼畜ばかりよ」


「止めて下さい、勘違いされると困ります」


 そこでユーリアはジークハルトが単純に自分を連れて来てくれたわけではないことを思い出した。


 彼には彼の仕事があり、あくまでユーリアのことはついでだ。ヘッセルの店に品を受け取りに行く所に、たまたま同じ場所に行きたかったユーリアと一緒になっただけ。


 手土産のことを教えてくれたことは親切だったが、ジークハルトの職業は騎士だ。街に暮らす住民を手助けすることも、職務に含まれている。


 迷子の親を探してやるだろうし、道に迷った者を案内することもするだろう。ユーリアに対する親切も、職務の内だ。


(そうか、そうだよね)


 職務で親切にして貰った、それで十分なはずだ。だって、ユーリアとジークハルトの関係は特別なものではないのだから。


 領主麾下の精霊騎士と街に来たばかりの魔法紙師。それに付け加えれば、友人になろうとしている知人という所だろう。


(当然なのに、どうして……)


 それなのに、ユーリアは胸の内で〝残念〟に思っている自分がいて……どうして残念に思うのか、それが分からない。


「注文の魔法紙はこの箱に入っとる。数量を確認せい」


「分かりましたよ。それから、お客さんですよ」


「ん?」


 ジークハルトの体に隠れていた店主がユーリアの姿を認めた。真っ白になった髪を後頭部でひとつにまとめ、同じく真っ白なひげが立派な老人だ。


「私、ユーリア・ベルと申します。この街で魔法紙店を開こうと考えていまして、そのご挨拶に参りました」


 手土産を差し出して、頭を深く下げた。


 手にした土産をガサガサと触る音がして「ほぉ!」と声が漏れた。


「おお、これはトクベツジュンマイシュ・モリノマイじゃないか。酒の肴はタイ入りカマボッコ! この酒はな、特別なもんじゃない。特別なもんじゃないが、普段飲むには丁度いいのだ、最高だ」


 今夜はこれで一杯やるのだ、とヘッセルは嬉しそうに酒瓶を撫でた。その様子にユーリアはほっと胸をなでおろす。


「儂はバーナード・ヘッセル、見ての通り巻紙屋のジジィだ。オーベル流を修めたが、お嬢ちゃんの流派はなんだ?」


「私はアヒレス流です」


「そうか、アヒレスか……ふむ」


 ヘッセルは考え事をしているようで、ひげを何度も手で扱いた。


「お嬢ちゃん、今幾つだ?」


「十七歳です、秋に十八歳で成人を迎えます」


「じゅうななぁ!? お嬢ちゃん、おまえさん二年足らずで魔法紙師の全てを修めたのか? しかもアヒレス流をか!?」


 勢いよく椅子から立ち上がると、グキリッと嫌な音が店内に響いた。そしてヘッセルは唸り声をあげて、床に沈み込む。


「わあ! ヘッセルさん!」


 ユーリアは悲鳴をあげ、慌ててヘッセルに駆け寄った。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

頂いた応援を続きを書くエネルギーにさせて頂いております。


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