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「ふぅん。……やっぱり、あの平精霊騎士の言ってることは本当なのかもね」


「でも……」


「アンタが覚えてないってことは承知しているわよぅ? でも、領都の神殿に来る前のこと、なにも覚えてないってことの方が変だと思うのよ」


 ルビーはカップをテーブルの端に寄せると、少しだけ体をユーリアに寄せる。


「だってそうでしょう? 子どもの頃のことを覚えてないって言うのは、当然よ。アタシだってマットレスを駄目にするほどの特大おねしょしたことも、仕入れたばかりのシュネファルケの羽毛の中に飛び込んでめちゃくちゃにしたとか言われても、覚えがないもの」


 ルビーが両親から聞かされたのだろう、子どもの頃にやらかしたことを言われても、本人には覚えがない。子どもの頃の話など、そんなものだろう。


 ユーリアはおねしょをしたり、魔鳥類の羽毛に飛び込んだ幼いルビーを想像して笑った。


「でもね、家族構成とか名前とか、どこで暮らしてたとか、どんな食事を作ってくれたとか、そういうものは覚えているものなのよ。でも、アンタは全く覚えてないんでしょう?」


「……うん」


「そんなことって、普通に生活してたらあり得ないと思うのよ。だから、アンタの記憶がないことには、理由がある気がするわけ」


 そう言われればそんな気がする。単純に忘れてしまったんだ、と思っていたけれど不自然と言われたら不自然だ。


「それに、アタシはアンタの子どもの頃の話を知りたいわ。だって、アンタはアタシの恥ずかしい子ども時代を知ったのに、アタシは知らないなんて不公平じゃないのよぉ!」


 ルビーはそう言って、唇を尖らせた。


 そうは言いながらも、きっと過去のないユーリアを気にしてくれている。それが分かるから、ユーリアは笑って何度も頷いて、言った。


「そうだね。でも私にはきっと恥ずかしい子ども時代はない……はず、だよ」



 * 〇 *



 シュルーム領都その北側にある領主館、その敷地内に作られた魔道騎士団詰所。そこにはシュルーム領主、ベルント・ヤン・シュルームの麾下である魔術師と騎士たちが詰めている。


 食堂と休憩室を兼ねている大食堂の片隅で、文字通り両手で頭を抱えているひとりの精霊騎士がいた。


「ジーク、いつまでそうやってるつもりなんだ? そうやって頭を抱えて唸ってても、なーんにも解決しないぞ?」


「そう言えば、おまえがずっと探してた女の子が見つかったとか見つからなかったとか?」


「どっちだよ」


 頭を抱えて動かないジークハルトの周囲に、いつでも飲めるように設置されている冷たいお茶を持った同じ班に所属する三人の男たちが集まった。


「聞いてくれよ。警邏が終わって戻ろうとしたら、こいつがいきなり馬から降りて走り出したんだよ。馬も俺も慌てたね」


「ほうほう、それで?」


「魔道具ギルドの前にいた女の子の手掴んで、探してただのどこに居たんだだの必死の形相で騒いでて、もー注目されまくりだよっ!」


「ほおお」


「こいつが必死の形相? 必死? 表情筋が死滅してるこいつが?」


「そこで、女の子が〝ジーク? ジークなの?〟とか〝ずっとあたしのことを探してくれていたなんて、感激っ!〟とかなったんだったら良かったんだけどさー」


「へえ? そう、ならなかったんだ?」


「その子、コイツの顔見て、〝どちら様ですか?〟だって!」


 あはははははは、と広い大食堂に笑い声が響く。


 笑いごとじゃない、そう怒りをぶつけたかったけれど、ジークハルトの心の中はそれ以上の悲しみで溢れていた。本当に泣きそうだ。目の前にあるテーブルの木目がユラユラと揺らいで見える。


 ユーリア・ベル、ひとつ年下の活発で可愛い子だ。いつもオトモ妖精のまん丸に太った白黒の小鳥を頭の上に乗せていて、村の中を流れる川べりで一緒に遊んだ。


 平たい石を探して水切りをしたり、小魚や川カニを捕ったり。持ち寄った本を一緒に読んだり、絵を描いたり。


 田舎の小さな村では、そんな風に遊ぶのが精いっぱいだったけれど、一緒に遊べば楽しかった。お互いの母が持たせてくれて、一緒に食べた素朴な菓子は最高に美味しかった。


 笑顔で〝ずっと一緒にいようね〟と言われたときは、天にも昇る心地だった。もちろん、ジークハルトの答えは〝うん、ずっと一緒だよ〟だった。


 それなのに、ユーリアが八歳の誕生日を迎えてすぐ、彼女はルリン村から居なくなった。


 ジークハルトは、ユーリアの誕生日に色ガラスの花がついた髪飾りを贈った。毎月貰えるお小遣いの一部を母に頼んで別に貯めて貰って、そのお金で用意したもの。


 ユーリアのオリーブアッシュ色の髪に、贈った黄色と橙色の髪飾りはよく似合っていた。はにかんだ笑顔が可愛らしくて、ジークハルトは顔から耳まで真っ赤にしてしまって、母に笑われた。


 数日後、ジークハルトは意識を無くした。


 そのときのことは全く記憶にない。両親や兄が言うことには、いつものようにジークハルトはユーリアと川べりで遊んでいたらしい、川べりには絵本と絵を描いた紙やクレヨンが散らばっていた。


 夕方、帰宅時間になっても戻らない末の子を心配した母が、川べりに迎えに行こうとしていた所へ、意識をなくしぐったりとしたジークハルトを抱えたユーリアの父がやって来たのだと言う。


 命に別状はないが、数か月は目を覚まさないだろうこと、もう二度とこんなことにはならない。そう言って、何度も何度も謝罪していた……と聞いた。


 ユーリアはその日のうちに村から姿を消し、その十日もしないうちにユーリアの家族も村から姿を消してしまった。


 ジークハルトが目を覚ましたのは、年が明けてすぐのこと。ユーリアもユーリアの家族も、居なくなっていた。


 理由は不明だった、どこへ行ったのかも分からなかった。


 猛烈に悲しかったし、強烈な喪失感に襲われた。自分の体の半分、心の半分を無理やり引き裂かれたような……そんな強い喪失感。


 ユーリアがいないことを知って数日間は呆然と過ごしていたけれど、その後は彼女を探して回った。村の中はもちろん、村の外にも探しに出かけることを繰り返した。


 村の外には危険が満ち溢れている。家族が外での危険を教え、無謀なユーリアの捜索を何度やめるように諭してもジークハルトは止まれなかった。


 ジークハルトの中にある喪失感を埋めるためには、ユーリアという存在がなくてはならなかったから。それは誰にも理解して貰えない類のものであったけれど、確実に存在しているものだった。


 その後、十三歳で受けた〝魔力調べ〟の儀式で精霊の力を扱うことの出来る才能があると見いだされ、精霊騎士になるため士官学校に放り込まれ、卒業と同時に領主の麾下に入り今に至る。


「でも、なんか……妙だったんだよね」


 ユーリアに対して必死になるジークハルトを止めた同僚、デニスはお茶を飲みながら小首を傾げた。


「妙? その娘さんが妙なのか?」


 クラウスは、隣に座って俯いたまま動かないジークハルトの肩を大きく揺さぶった。こちらの話に入れ、という意思表示だったが伝わった様子はない。


 ジークハルトは俯いたまま、クラウスに揺さぶられるままになっている。


「うーん、なんていうか……本当に妙な感じだったんだよ。ちぐはぐ、みたいな?」


「言ってることが理解出来ん」


「だーかーらー、なんて言ったらいいのかよく分からないんだってば。あの子、半精霊なんだよね、ジーク?」


 デニスの問いかけに、ジークハルトは揺さぶられつつ俯いたまま首を縦に振った。


「だよね、魔力量も多そうだった。でも、魔術を使った痕跡は全くないし、オトモ妖精の姿もない。そもそも、八歳より前の記憶が全くないなんておかしいんだ」


「ん? ガキの頃の記憶って、ないだろ普通」


「覚えてないことも多いよ? でもね、全くないってわけじゃないだろ? どこで生まれて育ったとか、誰とどこで遊んだとか、兄弟と喧嘩したとか、覚えてることだってあるはずなんだ」


 デニスがそう言えば、クラウスもデニスの横に座っているウルリヒも「そう言われれば……」と幼かったころの記憶を思い出す。


 おやつのことで兄弟喧嘩をして、揃って母親に叱られたこと。父親と魚釣りに出掛け、抱えるほど大きな魚と捕ったこと。近所に暮らしていた友人五人で冒険ごっこをして山に入り、帰ることが出来なくなって村人総出の大捜索大事にまで発展したこと、その後父親から叱られて尻の皮が剥けるほど叩かれたこと。


「……結構、覚えてるもんだね」


「だろ? だからさ、あの子が覚えてないのがおかしいの。それに」


「それに?」


 デニスは小鼻の辺りをポリポリと掻くと、ユーリアを見たときに感じたことを口にした。


「あの子、魔術がかかってるんじゃないかって思って。それもかなり強力なやつ」

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

頂いた応援を続きを書くエネルギーにさせて頂いております。


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