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 大き目の丸テーブルの上には、ベーコンとマッシュポテトと玉ねぎのフィリングを詰めて焼き上げたパイ、ナッツとチーズの乗ったグリーンサラダ、皮が弾ける寸前まで焼き上げたハーブ入りソーセージが並んだ。


「大丈夫、ユーリア? やっぱりギルドに一緒に行くべきだったわ。まさか、あんな平騎士に難癖付けられるなんて思ってもみなかったのよ、ごめんなさい」


 ルビーはため息をつきながら、スパイスティーをポットからカップに注いだ。白いカップに注がれた濃い茶色のお茶からは、スパイスの香りが立ちのぼる。


「大丈夫だってば。それに私の用事を済ませた後じゃあ、ルビーの仕事が遅くなっちゃうよ」


「そうだけどぉ……」


「それに、あの人が言ってること、本当だったかもしれないじゃない?」


「それもそうだけどぉ……」


 ルビーは不満そうに唇を尖らせ、パイを大振りに切り分けてユーリアの皿へ盛り付けた。切り口からは滑らかなマッシュポテトが溢れ出て、食欲をそそる香りが鼻を刺激する。


「いただきまーす」


 ユーリアはパイをフォークで切り、口に運んだ。クリーミーで濃厚なマッシュポテトとベーコンが口いっぱいに広がって、自然に笑みが浮かんだ。


「おいひい」


「良かった、このポテトパイは領都の名物なのよ。自宅で作る人も多いの、それぞれの家庭の味ってのがあるのね。おふくろの味ってやつ?」


「へえ、いいねぇ」


 ユーリアは大口を開けてパイを食べた。


 おふくろの味、母の味というものにユーリアは縁がない。食事と言えば、施設で出されるパンとスープという朝晩の食事とゲラルトの店で出される昼食。どれも思い出深いが、母の味とはおそらく違う。


「アタシの家の、祖母のレシピでよければ教えるわ。落ち着いたら作ってみない?」


「ありがと。私料理はあんまり得意じゃないんだけど、頑張る」


 ルビーの家のパイには、きのこが入っていて食感が店のものとは違うらしい。祖母の母から伝わるアンデ家伝統の味。


 親から子へ伝わるものが容姿や魔力以外にもある、ユーリアはそれを実感した。その伝わるものが、とても大切で幸せなものであることも。

 そして、自分にはそれがないことも。


「……ちょっとお節介かなって、思ったんだけどねぇ」


 食事が終わり、スパイスティーを飲んでいるとルビーは一枚の紙をテーブルに乗せてユーリアの方へと滑らせた。


「なに、これ?」


「あの平精霊騎士の連絡先よ」


「え?」


 ユーリアの知らないユーリアの子ども時代を知っている、可能性のある男だった。

 生まれて八歳まで育った村のこと、両親の名前、誕生日、オトモ妖精のことまで知っていた。


「アンタは両親のこととか、過去だって言うかもだけどさぁ……やっぱり知ってた方がいいかと思うのよね。調べても分からないなら、仕方がないかなって思うけど、知っているかもしれない人と出会えたんだからさ」


それらのことが事実かどうかの検証は必要だけれど、ルビーの直観で言うのならあの平精霊騎士の言っていることは正しいように感じた。


「本当に話を聞きに行くとか、それはアンタが決めればいいわよ。アタシが決めることじゃないもの。でも、少し考えてみたらどうかしらって思って」


 テーブルの上に置かれた小さな紙、それを手に取ればまるで教科書のお手本のような綺麗な文字で、名前とメッセージ魔術の連絡先が書かれていた。


 メッセージ魔術とは、文字通りメッセージを送るためのもの。魔術と呼ばれているけれど、実際に必要なものは魔力だけだ。


 メッセージ魔術専用のカードや便せんに手紙を書き、届け先の番号を書いて魔力を込めると、小鳥や蝶々などの姿になって相手先に届く。一種の魔法紙、魔道具になる。


「ルビー、ルビーの目にあの騎士様はどう映った?」


「…………あの平精霊騎士の言ってることに、嘘は感じられなかったわ。感じたのは、喜びと驚きと戸惑い。そもそもね、アンタを騙してもあの騎士にはなんの利点もないもの、騙す理由もない。ナンパって割には、アンタの素性を知り過ぎてる。アンタは九年ぶりに領都に来て、知り合いだって碌に居ないのよ? だから、言っていることは本当のことかもって、アタシは思ったわ」


 喜びは、ずっと探していたユーリアを見つけることが出来たから。


 驚きは予定外に出会えてしまったから、純粋に驚いたから。


 戸惑いは……ずっと探していた相手に「初対面だ」と言われて困惑したから。ここには当然驚きの原因にも含まれるだろう。


「気になるんだったら、アタシが先に話を聞いて来てもいいし、一緒に話を聞いてもいいわ。いきなりあの平精霊騎士に連絡して一対一ってのも、難しいでしょ? …………ユーリア、大丈夫?」


「ああ、うん。大丈夫、大丈夫。ちょっと、驚いちゃっただけ。突然昔の知り合いって人が出て来たから」


「そうね、それは驚くわね」


 ぬるくなったスパイスティーはほとんど香りが飛んでしまっていたけれど、話して乾いた喉を潤すには丁度良かった。ユーリアもルビーもお茶を飲み干す。


「それにね……なんていうか、あの人のことを見てるとこう……言葉に説明しにくいんだけど……」


「見覚え、あるの?」


「ないよ。ないんだけど……、こう、胸の中がチクチクするようなモゾモゾするような、そういう、落ち着かない感じがするの」


 そう言って、ユーリアは自分の胸元をぽんぽんと手で叩いた。無意識ではあったけれど、自分で自分を落ち着かせるために。

お読み下さりありがとうございます。

評価、イイネ、ブックマークなどの応援をして下さった皆様、本当にありがとうございます。

頂いた応援を続きを書くエネルギーにさせて頂いております。


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