11
胸に輝く青色の線が入ったユニコーンのエンブレム。
ユニコーンは精霊騎士の証、青色の線はシュルーム領の色であるから、シュルーム領の精霊騎士だと分かる。
「探したんだぞっ、神殿の施設に聞いてもそんな奴ないないって言うし、成人の茶会にも参加してなくて……ユーリア?」
「……あの」
「どうした? ああ、突然のことで驚いたとは思うんだが……」
「どちら様ですか?」
ユーリアにとっては目の前にいる青年は初対面、とんと見覚えのない顔だった。
部分的に緑がかった淡い茶色の髪に、宝石のような緑色の瞳。髪や瞳からして、強く風の精霊に愛されているらしいことが見て取れる。
顔は整っていて、ユーリアの言葉にポカンとした表情を浮かべているものの、そんな顔も様になっていた。
美形は得してるな、とユーリアは思った。
「ゆ、ユーリア? なに言ってる」
「なにって、騎士様と私は初対面ですよね」
「キミは、ユーリア・ベルだろう? 今年の秋に十八歳になる」
「……そう、ですけど」
改めてユーリアは目の前にいる騎士を見る。
白と黒のコンビ色の騎士服に、ユニコーンが彫り込まれたエンブレムは精霊騎士団の騎士だけが身に纏うことが許されている。エンブレムに入っている青い線は、シュルーム領所属の印。
羽織っているのが丈の短いポンチョであることから、平の騎士だということも伺える。
だが、分かるのはそれだけだ。他は若くて顔が良いことくらいとしか言えない。そして、何度見ても見覚えはない。
そもそもユーリアは昨日領都に来たばかりで、領都に知り合いはほぼいない。今知っているのは、ルビーの祖父母と姉、姉の夫という人くらいだ。
ユーリアは目の前の騎士を知らないけれど、騎士はユーリアについて細かなことまで知っている様子で……なんだか不気味に思えてもくる。
「……ユーリア、冗談ならやめてくれ。そういう冗談を笑い飛ばせる気分じゃない。俺はずっとキミを探していたんだ」
「いや、冗談じゃなくて、本当に……」
「ユーリアッ!」
再び背後から慌てた声が近付いて来る。けれど、今度の声はよく知っている声だ。
「ルビー!」
ルビーは騎士の手を払い、騎士とユーリアの間に体を割り込ませる。ルビーと騎士との間に火花が散った、気がするほどお互いを睨みつけた。
「うちのユーリアに、なにか?」
「うちの? あなたこそ、ユーリアとはどういう関係だ」
ふたりの目から光線が出て、バチリバチリと火花が飛んだ、ように見えた。
「アタシはユーリアの親友よ! ずっと同じ村で一緒に育って来た幼馴染でもあるわ。そもそも、ユーリアは昨日領都に来たばかりで、シュルームの平精霊騎士になんて知り合いはいないわっ」
ルビーが鼻息も荒く宣言し、ユーリアは首を縦に振って宣言を肯定した。ユーリアの肯定を見た騎士は思いっきり顔を顰め、首を左右に振る。
「キミが幼馴染だというのなら、俺もそうだ。幼い頃、シュルーム領のルリン村で共に過ごした。……ユーリア、覚えているだろう? おまえは村の中を流れる川べりが好きで、毎日のように俺と通っていた」
「はあ? ユーリアが暮らしていたのはレヴェ村よ! ルリン村じゃないわ。新手のナンパはお断りっ! 騎士のくせになんなの!?」
「ナンパなのではないっ! ユーリアの生まれはルリン村だ、父親は風の精霊ルーカス・ベル、母親はラーラ、人間だ。十の月、七日生まれで今年成人を迎える。オトモ妖精は太った白黒い小鳥で、名前はトア」
「……」
ユーリアと初対面であるはずの騎士は、具体的な地名と人物の名前、さらに存在しないはずのオトモ妖精の種族と名前、ユーリアの誕生日と年齢までを言い切った。
自分も知らない両親の名前と生まれ育った村の名前を聞いて、ユーリアは自分の中にある空白の部分が少しばかり埋まったことを感じた。埋まったことで心が満たされた気持ちにもなった。
それと同時に、自分の知らないことを詳しく知っているらしい騎士に対して警戒心も抱いた。
ルビーの言うようにナンパだとは思わないが、新手の詐欺である可能性はある。
「ユーリア、覚えていないとか冗談はやめて欲しい。ルリン村ではいつも一緒に遊んでいたじゃないか。いきなり居なくなって心配したんだぞ」
「……でも、あの……私は……」
「ちょっとちょっと待ってよ! 本当にユーリアは昨日この街に来たばかりなの。レヴェ村にある半精霊施設で暮らしていて、その間村から出ることはなかったの。だから……アナタの探しているユーリア・ベルとは別人よ」
「風の半精霊で名前と年齢が一致しているのに、別人? 可能性はゼロではないが、限りなく低いと言っていい」
「……うっ」
ルビーは言葉を飲み込んだ。
基本的に人間と比べて半精霊は数が少ない。さらに火、水と属性がはっきりしているため、人間ならば名前と年齢だけならば同世代の同姓同名もある話だが、半精霊ともなるとあり得ないと言わざるを得ない確率になる。
「で、でもね! けれどねっユーリアはアナタを知らないって言ってるの! 初対面だって! アナタが言うような関係なら、覚えてないわけないでしょう!」
「……うっ」
今度は騎士が言葉を飲み込む番だった。
なにを言ったとしても、ユーリア本人が「初対面だ」「知らない」と言っているのだから、妄言を吐いていると言われても仕方がない。
双方が三度目線を合わせ、火花が散った……ように見えたとき、通りの奥からひとりの騎士が駆け寄って来た。
「ジーク、ジークハルト! やめろ、往来で揉めごとなんておまえらしくないぞっ」
同じ騎士服を着た薄い茶色の髪の青年が、ルビーと睨み合う同僚であろう騎士を羽交い絞めにして距離を取った。ジークハルトと呼ばれた精霊騎士の青年は大人しくルビーとの距離を取ったけれど、ユーリアに視線を向けた。
「ユーリア、どうして初対面だなんて言うんだ? 俺だ、ジークハルト・ブライトナーだ。家が近所でいつも一緒にいただろう」
疑問と切なさが入り混じったような、そんな顔で懇願される。ユーリアは改めて騎士の青年を見た。
ジークハルト・ブライトナーという名前、薄茶色の髪と緑の瞳、整った顔立ちに落ち着いた声音……それらに覚えはない。
覚えはないけれど、胸の中のなにかがチクリチクリと反応しているのが分かる。
「…………その、本当に分からないのです。私は八歳より前の記憶がありません。両親の名前も、どこで生まれてどのように育ったのか、分からないのです」
「ユーリア?」
この青年騎士の言うことは事実なのかもしれない。
ユーリアはシュルーム領の南端にあるルリン村で生まれて、育って、施設に入るまでこの青年と同じ時間を過ごした……のかもしれない。オトモ妖精だという小鳥のことは全くわからないが。
それらのことが事実なのかどうか、確かめる方法は今のユーリアにはない。
「すみません、記憶がなくて」
今まで施設に入るまでの幼い頃の記憶なんて、無くてもなんの問題もないとユーリアは思っていた。半精霊は施設に入った時点で親離れとみなされるため、両親も生まれた場所などもすでに過去のことと思っていた。
まさか、自分を探していてくれる人がいたなんて、夢にも思っていなかった。
ユーリアは青年騎士に頭を下げる。
「私のことを気にかけて探して下さって、ありがとうございます。お手数をおかけしました。私はこうして元気にやっております」
深く頭を下げていたユーリアは、同僚に羽交い絞めにされたままのジークハルトがどんな顔をしていたのか、その表情を見ることはなかった。
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