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01

 オルダール国の西にあるシュルーム領、レヴェ村の大通りから脇道に入ったその先には、魔法に関する品を扱う店がたち並ぶ通称〝魔法通り〟がある。その通りに一件の魔法紙(スクロール)屋がある。


【バルテル魔法紙店】だ。


 魔法紙はわずかな魔力を流せば、封蝋で止められていた丸まった紙が広がり、封じられていた術式が発動する品だ。魔法紙が正式名称だが、冒険者や旅人たちは皆〝巻紙〟と紙が丸まった形状を称し、それを描き上げる魔法紙師を〝巻紙屋〟と呼ぶ。


 魔法を使えるほどの魔力がなくても野外での明りや、結界、捕縛などの補助系から火炎や雷撃などの攻撃系、状態異常回復やケガの治療などの回復系まで、騎士や冒険者や行商人たちに利用されていることが多い。


 バルテル魔法紙店はレヴェ村とその周辺地域で唯一の魔法紙店ということで、朝から晩まで大勢の人間が魔法紙を求めてやって来る店だ。


 店主で魔法紙師のバルテルは、魔法紙師の四大流派のひとつアヒレス流を二十歳で修め、天才と言われた。


 二十五歳で独立して自分の店をレヴェ村に開き、それから三十年間良質な魔法紙を作り続けて来た。


 王都にあるような煌びやかでオシャレな店ではないが、高位ランクの冒険者たちや有名騎士たちが「巻紙はバルテルの店で」、「巻紙屋バルテルが一番」と言うほど、その品質を認められている。


 その店が……燃えた。


 大きい店とは言えないが、出来上がった魔法紙を選んで買う店舗スペース、魔法紙を描き上げる作業スペース、魔法紙を作るための材料を保管管理する倉庫スペースの三つに分けられて、店全体が機能的に造られていた。


 どのスペースも落ち着いた色合いで整えられ、特に店舗スペースは誰でも入店出来て、買い物がスムーズに出来るよう配置にこだわっていた。


 そんな店の倉庫から店舗に至るまで、舐めるように広がった炎はゴウゴウという音を響かせながら激しく燃え上がった。


 レヴェ村の警備隊が総出で消火にあたり、三時間後には消し止められた。幸い周囲の店に燃え広がることはなく、バルテル魔法紙店の倉庫と作業場を全焼、売り場の半分ほどを焼いて消し止められた。


 煙を吸ったとか、軽い火傷を負った者が数名、重傷者は一名、死者はなし。死者がなかったことは喜ばしいことだが、重傷者一名……その重傷を負った者が問題だった。


 それが、店主ゲラルト・バルテルその人だったからだ。


 消火活動が終わり、無残な焼け跡になってしまった魔法紙店を調べて火事の原因を調べる。


 店舗の裏側にある倉庫。そこには魔法紙を作るために必要な材料が保管されているのだが、そこから出火したらしい。


 レヴェ村警備隊の副隊長に今年の春に就任したばかり、村に来てほんの三か月のヨナタン・バント。彼は石製の基礎と真っ黒になった柱、燃え残った家具や素材であった物を見ながら腕を組んで首を傾げた。


「副隊長、なにかありましたか?」


「……いや。この店に出入りしていた人物は分かるかい?」


「ええと……店主と妻。彼らの長男と、弟子入りしている女性と、最近姪御さんが弟子入りしたようです」


「火事当日、彼らの動きは?」


「店主はギルドで昼過ぎから月例会議中、長男は昼前から馬車で近隣の村へ魔法紙の納品に出ています。弟子の女性も午前中だけ勤務して、午後から休みを取って村から出ています。奥さんと姪御さんが店にいて、接客中だったようです」


「……ふぅむ。出火した夕方には、誰も店の奥には居なかったと」


「そういう話です」


 一緒に調査をしている部下の顔を見ると、ヨナタンは周囲を改めて見渡した。


「ここから出火したことは明白だ、一番燃えているからな。だが、ここは倉庫だった場所で火の気がない」


「燃えるような材料とか、劣化すると火が出るとか、そういう物が保管してあったのではないですか?」


「いや、この店は魔法紙屋だ。使用する材料は特殊な紙、インク、封蝋用の蝋、羽ペンやガラスペンの予備などだろう。敢えて言うのなら、封蝋の蝋を溶かすための火だが……それなら作業場の方が出火元になるだろう」


「うーん、それでは……放火、ですか?」


 店主のバルテルは魔法通りの顔役のような存在で皆に慕われていて、彼と対立しているような者はいない。さらに魔法紙店は周辺地域を含めてもここしかなく、バルテルの店に放火して得をするような同業者もいない。


「それも、考え難いのだが……」


 ヨナタンはうーんと声を上げて思考の海に沈もうとした、とのとき「あの」と声を掛けられた。


 振り返れば、焼け跡を覗き込むようにひとりの少女が立っている。年の頃は十五歳ほどだろうか、はちみつ色のふんわりとした髪に赤茶色の瞳をした美少女だ。


「お嬢さん、なにか?」


「あのっ、私……アンネ・ブレーメと言います。バルテル伯父さんの姪で、魔法紙師の修行をしています」


「ほお、バルテル氏の姪御さんか。何か警備隊に話でもあるのですか?」


 ヨナタンが尋ねるとアンネは胸の前で両手を組むと、長いまつ毛を震わせ濡れた瞳でヨナタンを見上げた。


「私、あのとき伯母さんと一緒にお店番をしていたんです。倉庫の方から火が上がって、凄い勢いで燃え広がってきて、必死に正面の扉からふたりで外に逃げたんです」


「そうか、火事のときに店に」


「その、間違いかもしれないんですけど……」


 アンネは火事のとき店にいた、そのときに気が付いたことがあるのかもしれない。


「なんでしょう、どんな小さなことでも良いので気が付いたことがあるのなら教えて下さい」


「えっ……でも、違っているかもしれないし」


「構いませんよ、確認は警備隊で行いますから。それに、あなたから聞いたということも秘密にします」


 安心させるためにそう言ったが、まだアンネは迷っているようだった。


「この火事の原因を知るために、協力をお願いします」


「…………火事が起きる前、倉庫の方で魔法が発動するような感じがしたんです」


 ヨナタンとその部下は目を見開き、アンネの言葉に耳を傾けた。



 * 〇 *



「楽しい時間っていうのは、すぐに終わってしまうものよね」


「本当に」


 薬師になるため、師の元へ住み込み修行へと旅立つ友人を師の元まで送って行った。

 五年という時間を共に過ごした、友人とも姉妹とも言える存在がもうユーリアの側にはいないと思うと寂しさを感じる。


「……あんまり湿っぽくなったらダメよ? 永遠の別れってワケじゃないんだから」


 白と茶色のモルモットン(牛の半分くらいの大きさの大型モルモット種)の引く車を操縦している筋肉男のルビーの言葉に、ユーリアは「うん」と返事をした。


「エラが薬師のお師匠様と一緒に隣村へ行っちゃって、アレクシアも王宮侍女になるために王都へ行っちゃって。レヴェ村のフルフト神殿の姦し三姉妹のうち、二人が村から巣立ってアンタだけが残っちゃったのね」


 ルビーはしみじみと言った。


「ちょっと……人を売れ残りみたいな言い方しないで下さいますぅ?」


「おほほ、売れ残ったなんてひと言も言ってないわよぉ? ただ、ひとりレヴェ村に残っちゃったって言っただけよぉ」


「私だって、いつかは出て行くから! 修行を終えて、師匠に一人前の証を貰ったときにはッ」


「それは、いつになるのかしらねぇ?」


「だまらっしゃい! この癖毛筋肉ダルマッ」


「イヤーッ! 筋肉ダルマって言わないでぇ! アタシは純粋可憐な乙女なんだからぁ!」


 身長百八十センチを越え、着やせしているとは言っても誰が見ても立派なマッスルボディを持っているルビー(身長百八十九センチ、本名ルードルフ・アンデ)だが、その心は可愛いものや美しいものをこよなく愛する可憐な乙女であった。


「とは言っても、確かに目立ってはいるよね。十八歳になるっていうのに村に残ってるって」


 ユーリアは現在十七歳、今年の誕生日で十八歳という成人年齢になる。同じ年の友人ふたりも、ひとりは隣にあるメルネ村へ、もうひとりは王都へ旅立って行った。


 十歳のころから、ユーリアは魔法紙(スクロール)師になるための修行をつけて貰っている。


 一人前の魔法紙師になるための修行は早い人で五年、平気的には七年から十年と言われているのだ。師匠に一人前と認められた魔法紙師は、数年のお礼奉公のあと師匠とは別の街や村で独り立ちする、という暗黙の決まりがある。これは、数少ない魔法紙師を満遍なく国中に置こう、という国やギルドの決めたルールに則って出来た決まりらしい。


 一応、ユーリアが修行を始めて七年が経ち一人前と認められる平均に入ろうとしている。


 今年中に一人前と師匠に認めて貰って、二年か三年一人前として働いた後で他の村か街へ出て行く、これが理想だ。けれど、ユーリアを一人前なのかまだ半人前なのかを判断するのは師匠であって、ユーリアにはどうにもできない。


「まあ、そう気にすることじゃないと思うわよぉ? アンタは村の人たちに好かれてるから、居なくなったら寂しがるジジィやババァが沢山いるわ」


「……そうかなぁ?」


「そうよ。アタシを信じなさいな!」


 ミルクティ色の巻き毛を揺らし、ルビーがバチコーンとウインクをキめた。


 ルビーは実家の素材屋を家族と一緒に営んでいる。村に暮らす全ての人と顔見知りと言ってもいいくらい顔が広い。そのルビーが言うのだから信じても構わないかな、ユーリアはそう思った。


「だといいなー」


「大丈夫よ」


 モルモットンの引く小型の車がレヴェ村の正門を潜ったとき、正門の脇にある警備隊詰所から警備隊員が数名飛び出して来た。驚いたモルモットンが「ピギーッ」と悲鳴を上げて車が急停車する。


「突然なによぉ! 危ないじゃないッ」


 ルビーがモルモットンをなだめながら叫ぶが、警備隊員は気にする様子もない。そして、その中のひとりがなにも言わずに車に近づいて来て、ユーリアの腕を掴んだ。


「ユーリア・ベル。貴様を放火及び殺人未遂の容疑で逮捕する」


「…………は?」

お読み下さりありがとうございます。

唐突に新作始めました。お付き合いいただけますと大変嬉しいです。

次話は明日更新予定です、宜しくお願い致します。

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