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ラブコメ、はじめました!  作者: 滝野 聖
第一章 I can't
1/1

ラブコメなしでも、メシはうまい。

ラブコメッテナニオイシイノ?

PM2:17。綿月(わたつき)社。オトシマ文庫編集部。

大量の資料が適当に積み重なって、今にも崩れそうかと思うぐらいに揺れて見える。

資料に一度でも手が触れてしまえば雪崩が発生し、身動きをとることすら不可能になるだろう。

一度でも「カサッ」という音が聞こえてくれば、歩くことさえ恐怖を覚える。

俺は前後左右に身を細めながら、ゆ〜っくり編集長の元へ向かった。


編集長室のドアの前につくと、学校でいう校長室に入るのと同じぐらい緊張感が漂う。

今日呼び出されたのは、良い報告か悪い報告か。ドアノブを掴んだまま、俺はドアと向き合い続けている。

汗を握る手で、ゆっくりドアを開く。そこには、白いシャツに緑のベスト、まるでゴルフでもするかのような服装の編集長がいた。髪はてっぺんだけがふさふさじゃなく、顔はいつもと同じ、仏のような金色のオーラを放っている笑顔だった。

「やぁやぁ和尾戸(わおと)君。ほら、そこに突っ立てないで、中に入りなよ」

「あぁ、はい」

クッションの乗ったソファに座る。編集長は、コーヒーを淹れてくれた。

「ごめんね和尾戸君、急に呼び出したりして」

「いえ、毎日暇なんで」

右手に持っていたコーヒーをフーっと冷ましながら口に運ぶ。

やっぱりコーヒーの味って慣れない……。

そんな事を考えていると、編集長がある資料を手にして向かいに座った。

ただの資料なのに、なぜだか拒否反応が出てしまう。

机にそっと置かれた資料の見出しには、『渡會シグマ 書籍売れ行き表』とゴシック体の字で書かれていた。俺はコーヒーをくまちゃんコースターの上に置き、資料に目を落とす。

編集長はページをめくり、次に載っていた折れ線グラフを指で指した。

「この折れ線グラフは、君の今までの作品がどれぐらい売れているか、という表だよ。

見た通り全て、売れ行きはすごくいい」

仏のような笑顔を向けながら、編集長はうなずく。

確かに折れ線グラフは右肩上がりだった。

「はぁ、ありがとうございます」

ペコリと頭を下げる。こんなに売れてたのは、予想外だ。

「けれど君は、恋愛を書かないよね。殆どがミステリーやヒューマンドラマだ」

驚いた顔をしながら聞かれても…。

ただ、自分には恋愛は性に合わないなと思うし、恋愛に対していい思い出はない。

空気を読むことを考え、俺はヘラヘラと苦笑する。

俺は今まで友達と呼べる者がいなかった。小学校は一人ぼっち、男子中出身、だからオンナという者が分からなかったし興味もなかった。青春と呼べる記憶もない。

…何を考えてるんだ俺、嫌な記憶思い出すなんて…。

そして視界に入ったコーヒーを口に運ぶ。

一口飲んだその瞬間、なぜか編集長は立ち上がり、俺の目の前に来た。

俺はそーっとコーヒーをコースターの上に戻す。

え、何…?なんか…嫌な予感がする。

すると編集長は、不気味な仏の笑顔で人差し指を俺に向けながら言った。

「君に、ラブコメを書いてもらいます!」

編集長の口から出たのは、ハーレムやら中二病やら両思いやら卒業式で告白やら、普通ならありえないことを一つのジャンルでまとめたことあの言葉…。

「ラブ…コメ…ですか?」

予想外の言葉に、俺は体がねじれる。

ラブコメって…恋愛すら書くことができない俺に、そんなの難問すぎるだろ!

「そっそんな、ラブコメなんて俺には無理です」

なんで急にラブコメなんか…。

おどおどした俺を見ながら、仏のような笑顔に戻った編集長は、ウンウンとうなずく。

「そうだよね、急に言われても無理がある、それは私も承知だ。

けれどこのジャンルは、君のこれからの執筆人生の新な力になると、私は思うんだ」

「けど、俺はラブコメなんて書けません!」

もう、勢いで断るしかない。出来る限りの力で反撃だ。

「これは編集長命令だ」

しかしその反撃を、編集長はたった一言で突破した。

そっそれはずるいですよ、編集長。その言葉を言われたら、断ることは愚か、反抗することすらできないではないか。

そしてふと、自分が立ち上がっていたことに気づく。熱血男か俺は!

恥ずかしながらソファに座り、深くため息をつく。

そんな俺の肩を、編集長はぽんっと押す。

「大丈夫大丈夫、君には良い資料集めの場所があるんだから」

その仏のような笑顔。今日は何度見ただろうか。

「資料集めって…中卒男&恋愛経験なしの俺に、どうラブコメを書けと」

死んだような顔で、俺は編集長に問う。なんだろう…もう、編集長が仏に見える…。

今度は、両手で肩をぽんっと押された。見上げる編集長は、まるで明日の光でも見るかのように輝いていた。

俺も編集長の視線の先を、死んだ目でぼんやり眺める。

はー…なんか、白い鳩が…見える…。

「君に高校に行ってもらう」

…ん?

今、なんて?

もう一度編集長の顔を見上げる。超至近距離に編集長の顔があった。

「君に、()()に、行っても・ら・う!」

コウコウって…高校?


へ????








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