082 九条アスミ②
軟禁処分が解除される日がついにやって来た。
私は実家の屋敷に帰る際、先触れをせず、サプライズで帰宅することを計画した。
屋敷の門番(うちの実家って常に歩哨が立っているのだ…って、どこのお城だよ)に帰宅を告げるとサプライズにならないので、お母様の知り合いだと嘘をついて屋敷の玄関まで案内してもらった。
玄関が開くと屋敷の執事が出迎えてくれたのだけど、私が九条アスミであることに気付いてくれない。門番も気付かなかったけど、それは許せる。でも執事が気付かないって問題じゃないかしら?
「奥様のお知り合いであるとのことですが、アポイントメントはお取りでしょうか?奥様はお忙しいお方なので、お約束の無いご訪問はお断りさせて頂いております」
「約束はしておりませんが、とても重要な案件でお目にかかりたいのです。どうか5分だけで結構ですので、お会いできないでしょうか?」
執事は私の声を聞いても、まだ私が九条アスミであることに気付かないみたい。いったいどうなってるの?
「奥様に確認して参りますので、ここで少々お待ちくださいませ」
しばらく玄関先で待たされたけど、三年前の私なら切れて怒鳴り散らしていたでしょうね。もちろん今はおとなしく静かに待っているわ。
執事が戻ってきて言った。
「お会い下さるそうです。どうぞこちらへ」
応接室に案内されたけど、内装は三年前と何も変わっていないみたい。そう言えば、お兄様はまだ帰ってきていないのかしら?
応接室のソファに腰かけて待っていると、お母様が入室してきた。相変わらずの美人、いや美魔女だ。
「あなたが三条さん?私の知り合いなどと嘘までついて、いったいどのようなご用件かしら?今日は忙しいので、あまり時間は取れないのだけど」
さっき偽名として三条アスカと名乗っておいたんだけど、まさかお母様も気付いてくれないの?
いえ、きっと私の声を聞けば、私がお母様の娘だと気付いてくれるはず…。
「お初にお目にかかります。三条アスカと申します。このたびはお会い下さり、誠にありがとうございます」
「さっさと用件を言って下さる?さっきも言ったように今日は忙しいのよ。なにしろ三年ぶりに息子と娘が帰ってくるのだから」
え?気付いてない?いや、まさか…。
「あのぉ、まだお気付きになりませんか?」
そのとき屋敷内が慌しくなった。玄関先から大きな声が聞こえてくる。
「九条タカシ、ただいま戻って参りました。父上と母上はいずこに?」
どうやらお兄様が帰宅したようだ。お母様が何も言わず応接室を飛び出していった。客に何も言わずに部屋を出ていくなんて、淑女らしくないわね。まぁ私も客じゃないんだけど。
「た、タカシちゃん、そ、その姿は…」
お母様の驚いている声が聞こえたので、私は好奇心を抑えられず玄関までこっそりと覗きに行った。
そこには丸々と太ったお兄様の姿が…。あれ?あのイケメンで格好良いお兄様はいずこに?
容姿だけしか取り柄が無かったお兄様の変わり果てた姿を見たお母様が今にも気絶しそうだ。
「あっはっは、三年間喰っちゃ寝の生活を続けていたら、ほんの少しだけ太っちゃったよ。ただいま、母上」
いや『ほんの少し』なんてものじゃないわよ。どう見ても体重は150kg以上はありそうだ。私も人のことは言えないけど、よくそれだけ太れたわね。
「お、そこにものすごい美人がいるじゃん。新しい使用人かな?君を俺の専属メイドにしてあげよう。俺のお手付きになったら将来は安泰だよ」
はぁぁぁ?お兄様も私に気付かないの?てか『お手付き』って、実の妹と性交する気か、この男…。
ん?それより『ものすごい美人』って私のこと?未だに自分の容姿を鏡で確認していないんだけど、そんなに美人になったのかな?あ、そう言えばレイコさんもそんなことを言ってたな。遺伝子が仕事をするとかなんとか…。
なお、化粧は自分ではできないので、お付きの娘にやってもらっているわ。
その娘はことあるごとに『お嬢様、お綺麗です』って私に向かって言うんだけど、同じセリフを昔のデブスだった頃から言ってたからね。うん、全く信用できないわ。
お母様が私に気付いて言った。
「あら、三条さん。ごめんなさいね、ほったらかして。この子が私の自慢の息子なのよ。もし良かったらあなた、うちで働かない?」
…って、おい!私を娘だと気付かないまま、お兄様の相手をさせるつもりか?ふざけんな!
ちなみに三年前は肩くらいの長さだった髪だけど、今では腰くらいまで伸ばしている。ゆるくウェーブのかかった栗色の髪だ。だからと言って実の娘に気付かないのは問題じゃないかな?
どのタイミングで私が九条アスミであることをばらそうかと考えていると、書斎のほうからお父様がやってきた。
「おお、帰ったか。タカシもアスミも元気そうで良かった。タカシは貫禄がついたようだし、アスミはかなりの美人になったな。見違えたぞ」
「「「ええぇぇぇぇぇ?」」」
お母様とお兄様とついでに執事が一緒になって叫んだ。なんて失礼な人たちだろう。
「お父様、お母様ただいま戻りました。お兄様もお久しぶりですね。高橋さん、さっきは偽名を使ってごめんなさいね。サプライズしようと思っただけなの」
高橋というのはこの屋敷の執事さんの名前だ。本来知るはずのない執事さんの名前を私が知っていることで確信できたのだろう、高橋さんが言った。
「アスミお嬢様とは気が付かず、大変申し訳ありませんでした。ご無礼の段、平にご容赦を」
三年前の私だったら執事を平手打ちくらいしていたかもしれない。もちろん、今の私はそんなことしないけど。
「大丈夫ですよ。高橋さんもお久しぶりですね。お元気そうでなによりです」
思いもかけない言葉を聞いたからか、目を見開いて私を見ている高橋さん。そんなに見つめられると照れちゃう。
「あ、あなた、本当にアスミなの?三年前の面影が全く無いのだけど…」
「高月レイコさんには本当に感謝しかありません。彼女のおかげで私は生まれ変われました。容姿だけでなく内面も…」
「そう、そうなのね。子供たち二人の犯罪を寛大な処分に収めてくれた恩に加えて、アスミのこれからの人生を薔薇色に染めてくれたという恩もあるのね。いつか必ずこの恩を返さないとね」
うん、本当にそう思う。もしもレイコさんが苦境に陥っていたら、何としてでも助けよう。そう心に誓った私だった。
どうでも良いけど、お兄様が私を見て呆けていた。妹のあまりの変わりように驚いて、フリーズしたみたい。ほんと失礼しちゃう。




