073 修学旅行三日目①
魔物との激闘のあと、もはや寝直す気にもならず、僕たちは夜が明けるまでおしゃべりを楽しんだ。
ガラスが割れてしまった窓には画鋲で毛布を貼り付け、薪ストーブを盛大に焚くことで、一気に下がった室温を快適と感じるくらいの水準まで戻したよ。
あ、そうそうコップや夕食で使った食器なんかは、鍋に雪を入れてからストーブにかけて作ったぬるま湯で洗ったからね。さすがに飲み水にはしないけど、手や食器を洗うのには雪は便利だ。
僕は飲み水用にと、水の入ったペットボトルを何本も無限倉庫から取り出して床の上に並べておいた。まぁあまり水分を摂り過ぎると、トイレが近くなっちゃうけどね。いや、もう外に出ても大丈夫だろ。すでに危険は去ったはず(…と思う)。
しばらく経って割れた窓とは反対側、ガラスが健在なほうの窓から明るくなってきた空が見えた。夜が明けたみたい。
「ねえツバサちゃん、朝食って出せるかな?それと、あとで掃除もしたいから箒とちり取り、バケツと雑巾、ゴミ袋なんかがもしもあるんだったら欲しいかな」
「レイコちゃんが言ったものは全部揃ってるよ。まずは朝食だけどサンドイッチで良いよね?」
僕はサンドイッチ60個が入った大きな籠(よくピクニックなんかに持っていくやつ)を無限倉庫から取り出した。
「ツバサよ、お前がいれば無人島に流れ着いても安心だな。てか、どんだけ食い物入れてるんだよ」
アイちゃんが呆れたように言ったけど、文句言うなら食うな。いや、文句じゃないか…。
「玉子サンド、ハムサンド、ツナサンド、カツサンドと色々入ってるからね。皆、遠慮せずにどんどん食べてね。あと、アイちゃん…食べ物はまだまだ備蓄してるよ。100人が三日くらい遭難しても大丈夫なように準備してきたからね」
「まじか…。いくら食い物が腐らないとは言っても、用意周到過ぎるだろ。いや、そのおかげで助かってるんだけどさ」
アイちゃんと僕の会話を聞いていた皆も呆れたような表情になっちゃったよ。いや、だって僕たちの学年は160人くらいいるんだよ。全員でサバイバルするなら足らないくらいだよね。
このあと、レイコちゃんがこの場をまとめるように言った。
「うーん、ツバサちゃんだからねぇ。深く考えるのは止めましょう。それより皆、飲み物の希望を言ってね。コーヒー?紅茶?」
こうして楽しい朝食を終えた僕たちは食器を洗ったり、掃除をしたりと山小屋の原状回復に努めたよ。救助が来るにせよ自力で帰還するにせよ、今日でこの小屋を去ることになるからね。立つ鳥跡を濁さずですよ。あ、割れた窓ガラスだけはどうしようもないけど…。
…っと、掃除が終わったくらいのタイミングで何かのエンジン音が近づいてきた。ヘリコプターかな?
七人全員で山小屋の外に出てみると、やはりヘリだったよ。山岳救助隊かな?
両手を振ってアピールする僕たち…。今の時刻は朝の6時くらいだ。
ヘリが着陸できるような開けた場所が無いので、ホバリングしたヘリからロープを降ろして、一人ずつ吊り上げていくみたいだね。僕にとっては大鬼の襲撃よりも怖かったよ。別に高所恐怖症ってわけでもないんだけど、さすがにね。
ヘリは県警本部まで飛んで、僕たちは事情聴取のために拘束されることになった。一応、シズクお姉さんの負傷を伝えたので、お姉さんだけは病院で検査と治療を受けることになったけどね。
「それでは君たちは日高シズクさんを刺した男の仲間というわけではないんだね?本当だろうな?殺人未遂犯をかばうと、碌なことにはならないぞ」
取調室みたいな狭い部屋で強面の刑事さんから質問、いや尋問されたけど、なんか怪しまれてる?警察って誰でも疑ってかかるのかな?僕たちは普通の高校生だよ。
一人ずつ取り調べを受けたんだけど、取調室から出てきた人は例外なくうんざりとした表情になっていたよ。僕もだけど。
状況が劇的に変化したのは、ここに来てから3時間後くらいだったかな。
階級は分からないけどなんか偉そうな人が取り調べを担当した強面の刑事さんと一緒にやってきて、いきなり僕たちに頭を下げた。腰の角度が直角だよ。いわゆる最敬礼ってやつ?
「申し訳ありませんでした。皆様の疑いは晴れましたので、どうぞお帰りになられても結構です。いえ、私共の車でホテルまでお送りさせて頂きますので、何卒ご容赦下さいますようお願い申し上げます」
何?何なの?この態度の豹変っぷりは…。警察の上のほうの人に影響を与えるような人が僕たちの中にいるのかな?マイさんかアイちゃんの親御さんからクレームが入ったとか?
まぁ良く分からないけど、変な疑いをかけられなくて良かったよ。
ちなみに、召喚の魔女によって召喚された大鬼や小鬼に襲われたことも伝えておいたんだけど、荒唐無稽な話としてまともに取り合ってもらえなかったんだよね。そのあたりもきちんと捜査してもらえるのかな?てか、しろよ。




