072 深夜の激闘③
窓枠がガタガタと音を立てている。
…っと突然ガッシャーンという音とともに掛けていた毛布が盛り上がった。太い腕が窓から入ってきて邪魔な毛布を引き千切っているのが見えた。こ、怖っ!
強引に頭から入ってこようとしている大鬼に対し、アイちゃんと僕がエアガンをフルオートにしてBB弾をばらまいた。弾幕射撃だ。
魔物であっても生物だからね。さすがに神経はあるのだろう、痛みを嫌がるように両手を顔の前にかざしているよ。
数秒後、アイちゃんと呼吸を合わせて同時に射撃を止めると、大鬼は窓から入るために両手を窓枠についた。そのチャンスを逃さず、膝射の体勢で待機していたタケル君の構えるライフルから一発のBB弾が発射された(のだと思う…多分)。
その弾は狙い過たず大鬼の左目に命中したようだ。うーん、確かに極めて至近距離ではあるんだけど、これってすごい腕前だよ。
痛みに頭をのけぞらせた大鬼は頭頂部を窓枠上部にぶつけてさらなるダメージをくらっていた。てか、その衝撃で山小屋全体がグラグラと揺れたよ。
その隙を逃さず、レイコちゃんがダッシュで近付いてから右手に持っていた万能包丁を大鬼の眉間に突き立てた。くっ、かなり浅いな。全然刺さっていない。
…っと思ったら、メリケンサックを付けた正拳で包丁の柄の部分を殴りつけたよ。これでさらに深く刺さったみたいだけど、まだ5センチは刺さってない(ように見えた)。
そのあとのレイコちゃんがすごかったんだよね。まさに映画のアクションシーンのようだった。
なんと、重いスキーブーツを履いたまま、後ろ回し蹴りで包丁の柄を蹴ったのだ。これにより包丁は文句なく7~8センチくらいの深さまで刺さったよ。
やったか?これで頭部の魔石は砕かれたはず…。ちなみにこのセリフを口に出してはいけません、フラグになっちゃうから。
でもさすがにこれは倒せたよね?まぁアヤカちゃんの検索で調べた弱点が正しかった場合の話だけど…。もちろん、僕はアヤカちゃんの言葉を信じてるよ。
痛みに咆哮していた大鬼は一転して静かになっている。ゆっくりと後ろに倒れていき、窓の外に消えていった。うん、死んだな、あれは。
ホッとした空気が流れ、レイコちゃんが笑顔で僕たちのほうへと振り向いた瞬間、背にした窓から何か小さな物体が飛び込んできた。
気配に気付いたレイコちゃんが急いで振り向いて迎撃の体勢を取ろうとしていたけど、このタイミングでは多分間に合わない!
あれってもしかして小鬼ってやつかな?そいつは鉄錆か血糊によるものかは分からないけど、まだらに赤黒くなっている短剣を振りかぶっていて、それが今にもレイコちゃんに振り下ろされそうになっている。
僕はとっさにエアガンの引き鉄を引き絞るとともに、重力子攻撃を発動して小鬼の片目をつぶしたよ。これなら魔法じゃなく、BB弾の命中で目潰しをしたと思ってもらえるはず。
痛みでひるんだ小鬼にレイコちゃんの前蹴りが炸裂して、小柄な小鬼は吹っ飛んでいった。入ってきた窓から飛び出ていったんだけど、死んだかどうかまでは分からない。
ふぅー、これで襲撃は終わり?もう警戒を緩めても良いのかな?
窓の外をおそるおそる見てみると、そこには大鬼も小鬼もいなかった。しかも最初に大鬼と戦って倒されていたはずの黒装束の男たちの姿も無かったよ。
なんだか狐につままれたような気分…。
しばらくして撃退したことを確信できたのだろう、レイコちゃんが嬉しそうに言った。
「ただの一般人が大鬼一体と小鬼一体の襲撃を退けたのは快挙じゃないかしら?」
僕にはあまり知識が無いからよく分からないんだけど、そんなに強い魔物だったのかな?戦闘時間があまりにも短くて、そんなに強かったという印象はないよ。
「タケル君、大鬼の目を潰した射撃はすごかったね。プロの狙撃だよ」
「ああ、ツバサも小鬼への射撃は見事だったよ。あの瞬間に反応できたのは君だけだったからね」
「えへへ、ありがとう。それにしてもレイコちゃんの後ろ回し蹴り、すごかったよね。見惚れちゃったよ。さすがは皆伝!」
僕の褒め言葉にレイコちゃんは微笑みながらも謙遜していたよ。
「ううん、アヤカちゃんが大鬼の弱点を教えてくれたことこそが勝因よ。弱点が分かっていなかったら、もっと苦戦したのは間違いないと思う」
うん、そうだね。てか、僕たちのパーティーって、実はかなり強いんじゃないの?連携も素晴らしかったし…。
立っていたアイちゃんが膝をがくがくと震わせて、床にへたり込んだ。両手もブルブル震えている。
「今頃怖くなってきたぜ。お前ら何平然としてんだよ。さっきは恐怖を感じる間もなかったけど、下手したら死んでたんだなって思うと手の震えが止まらないぜ」
ああ、これが普通の反応だよね。レイコちゃんはともかく、タケル君の胆力には僕も驚いた。
「アイちゃん、人間死ぬときは死ぬんだよ。恐怖を克服してこそ生きる道も見つかるってものだね」
「ツバサ、お前のその悟りを開いたような言動は何なんだよ。実は転生者で、前の世界では一度死んでるんじゃねぇの?」
ギクッ、勘の良い奴は嫌いだよ。
「またオタクくさい話をしてるよ。ラノベの読み過ぎだっつーの。まぁさっきはアイちゃんもよくやったよ。褒めてやろう」
「お前はなんで上から目線なんだよ。てか、お前と会話してたら手の震えが止まったよ」
それは良かった。というか、シズクお姉さんやアヤカちゃん、マイさんの精神状態は大丈夫なのかな?PTSDなんかになってないだろうね?
あ、そうだ。二点ほど分からないことがあるんだよな。
「そう言えば、外に魔物の死体が無かったのはなぜかな?」
僕の質問にアヤカちゃんが答えてくれた。
「おそらく元の世界に送還したんだと思う。召喚中は魔力を消費し続けるらしいから、時間が経ったら送還しないといけないって聞いたことがあるよ」
「へぇー、あ、あと最初に戦っていた救助隊の人たちもいなくなってるんだよね。あの人たちって救助隊じゃなかったのかな?」
この質問にはレイコちゃんが答えてくれた。ただ、確信は無さそうに、首を捻りながらだったけど。
「多分誰かの護衛じゃないかしら。可能性があるのはマイさんの嵯峨野家かアイちゃんの相田家ではないかと思うのだけど」
「いや、俺には護衛なんて付いてないぞ。きっとマイの護衛だろ」
「パパが勝手にボディーガードを付けてくれたのかな?私自身は何も聞いてなかったんだけど…」
マイさんの父親って政治家だもんね。多分、嵯峨野家の護衛に違いないよ。
「あの人たちがいなかったら、迎撃のための準備も整えられず、いきなり襲われていたって可能性もあるのよね。本当に感謝しかないわ」
レイコちゃんの言葉に全員が頷いた。うん、僕もそう思う。あと、レイコちゃんが外の異変に気付いて、寝ていた僕たちを起こしてくれたことにも感謝だよ。
レイコさんの護衛である『五番隊』の活躍をマイさんの嵯峨野家に押し付けてますね。きっと御前様の力で嵯峨野議員に根回しするつもりなのでしょう。
てか、『五番隊』ってこれまでもほとんど活躍してないような…(笑)




