065 修学旅行二日目④
「う、うぅーん。あれ?皆さん、何で?」
シズクお姉さんが目を覚ましたようだ。レイコちゃんが代表してお姉さんに問い掛けた。
「シズクさん、男の人にナイフで刺されたのは覚えていますか?」
「はっ、そういえば…。あれ?少し痛みがあるけど、刺された痕が無いわ」
シズクお姉さんが自身の腹部を両手で触りながら確認していた。アイちゃんとタケル君は目をそらしている。純情か。
アヤカちゃんが続けて言った。
「私たちが刺されたシズクさんを見つけたあと、このマイさんが治癒魔法で治してくれたんですよ」
マイさんが慌てて補足した。
「まだ完全には治ってないですからね。もう一回か二回、高度治癒をかけないと…」
シズクお姉さんは呆然としている。
「やはり刺されたのは現実だったんですね。目が覚めた時、夢かとも思ったんだけど…」
「あの男の人と何があったんですか?言いたくなければ無理に聞くことはありませんけど、話すことで気が楽になるなら話してください」
レイコちゃんの言葉にシズクお姉さんは事情を語り始めた。それはかなり理不尽なものだったよ。
まとめると、
・あの男とは大学のゼミが同じで、以前お付き合いを申し込まれた。
・シズクさんはきっぱりと断ったんだけど、ずっとストーカーのようにつきまとわれていた。
・警察に相談して、あの男には接見禁止処分と大学の退学処分が下されたんだけど、それからは逆恨みされていたらしい。
・さっきは『無関係な高校生たちを殺されたくなかったら、おとなしく付いてこい』と言われてこの山小屋に来た。
・『俺のものになれ』と脅されたけど、毅然として断った。
・激高した男にナイフで刺されて意識を失った。
・目覚めたら僕たちが周りにいて驚いた。←今ここ
うーん、よくあるストーカー殺人事件だな。未遂だけど…。
「私の魔力も回復したので、もう一度高度治癒をかけますね。服を上にずらして、直接肌を見せてください。あ、男子はあっち向いてて」
「あ、痛みが消えていく。すごい…。これが治癒魔法…」
発動していた時間は三十秒くらいかな?一瞬であっという間に元通り…なんて漫画のような展開にはならないらしい。いや、三十秒でもめちゃ速いんだけどね。
「多分もう大丈夫だと思いますけど、このあとすぐに病院に行ってくださいね。あと、警察にも通報しないと…」
「ええ、分かったわ。あ、でもここから麓まで下るのは少し大変かもしれない」
心配そうな表情になるシズクお姉さん。う、嫌な予感…。
シズクお姉さんの話では、ここから下るのはかなりの上級者でも難しいらしい。それだけ急斜面ってことだね。アヤカちゃんと僕には絶対に無理だな。
となると来た道を逆に戻る、つまり山登りになるわけだけど、それもまた重労働になるみたい。確かに下りてきたときは速かったけど、上るとなるとかなりの時間がかかりそう。
しかもいつの間にか窓の外は吹雪になってるし…。
「とりあえずはここでこのまま待機だな。幸いなことに暖は取れるし、食べ物や飲み物もある。救助隊の到着を待つのか、天候が回復してから自力で戻るのかはまた後で決めよう」
タケル君のリーダーらしい発言に全員が同意した。いや、ほんと頼りになる。
「ここに入ったときには気付かなかったけど、ストーブの燃料や備蓄の食べ物が常備されていたんだね。さすがに避難小屋だけのことはあるわね」
シズクお姉さんが感心していたけど、いやいや元々ここには何も無かったですよ。言わないけど…。
「うん、ほんと助かったよね。ねえ、マイさん。シズクお姉さんって、もう食べたり飲んだりしても良いのかな?」
「大丈夫だと思うよ。100%断言はできないけど…」
僕の疑問にマイさんが答えてくれた。こっそりと薬缶とペットボトルの水、カップスープの素と人数分のコップ、かき混ぜ用のスプーンでも出しておこうかな。温かいものも欲しいよね。
「なあツバサ。『どこ○もドア』は入ってないのか?お前の四次元ポケットには」
僕はゆらりと立ち上がって、座っているアイちゃんの後ろに回り、平手で頭をはたいた。拳じゃなかっただけ感謝しろよ。
「誰がド○えもんか!てか、お前はそこで死んどけや」
シズクお姉さんだけ僕らの会話の意味が分からないようで、困惑していた。そりゃそうだ。てか、無限倉庫のことは秘密だって言ってんだろがぁ!




