064 修学旅行二日目③
男が窓から逃げ出したのは僕が大声で叫んでしまったせいだな、多分…。あ、でもシズクお姉さんに対するこれ以上の暴力を防げたのだと考えると、これで良かったのかもしれない。犯人には逃げられてしまったけど…。
「シズクさん、意識はありますか?!」
レイコちゃんがシズクお姉さんに呼びかけているけど、反応が薄い…。ショック状態になっているのかもしれない。
「マイさん!今からナイフを引き抜くから、すぐに治癒魔法をかけてもらえる?」
「ええ、分かったわ。まかせて!」
山の中なので、さすがに魔法阻害装置は働いていないみたいだ。
レイコちゃんが一気にナイフを引き抜くと傷口からは血が噴き出したけど、すぐに治癒魔法の効果で血の噴出は止まった。
「高度治癒をかけたわ。傷は内臓まで達しているみたいだから、一回では治りそうにないけど…」
「すぐに病院に運ばないと…」
「ううん、運んでいくのは無理じゃないかしら?このままここで安静にしておいて、時間をおいて再度高度治癒をかけたほうが良いと思う」
こういう場合、治癒の魔女であるマイさんの判断が優先されるべきだろうな。
レイコちゃんもそう思ったのだろうか、こう言った。
「分かった。誰かスマホ持ってる?私の契約している携帯電話会社だと、ここには電波が来てないのよ」
この言葉に全員が一斉にスキーウェアのポケットからスマホを取り出して電波状況を確認したんだけど、僕も含めて全員のスマホが通話不能状態だった。
「ここはスキーが得意な俺が麓まで行って、救助ヘリの出動を要請してくるぜ」
「下りてきた道のりを逆にたどってリフトの係員さんに連絡したほうが良いんじゃないかしら?山を登っていくのは大変そうだけど…」
「このルートで下降していって、もしも途中に崖とかがあったら大変だものね」
アイちゃんの言葉にアヤカちゃんとマイさんが反論していた。僕は雪山には素人なので気の利いたことは言えそうにない。
ここでタケル君がリーダーらしいところを見せた。『立場が人を作る』とはよく言ったものだ。
「まずはシズクさんの意識の回復を待とう。シズクさんなら、ここから麓まで行けるかどうかは知っているだろうしね。マイさんの治癒のおかげでそんなに緊急性が高いってわけでも無いし…。あと、少し天候が悪くなってきているのが気になる。移動するのなら全員でしたほうが良いかもしれない」
そう言われて窓の外を見ると、さっきまで薄曇りだった空は雲の厚みが増してきていて、雪も降り始めてきてるみたいだ。これから悪化していくのかもしれない。
レイコちゃんが発言した。
「私はタケル君の意見を支持するわ。ここで少し様子を見ましょう。それにリフトの近くにいた係員の人は、私たちが本来のルートを外れて下りていったのに気付いていたかもしれない」
あー、確かに…。大人数が林の中へと進んでいったのだ。気付いていた可能性は高いだろうね。
レイコちゃんの言葉にアイちゃんを除く全員が賛成した。
「しかし、ここには暖を取れるものが何もないぞ。薪ストーブはあるけど、燃やす薪が用意されてない。外の林から取ってくるにしても危険だぞ」
「ふっふっふ。アイちゃん、それは大丈夫だよ。こんなこともあろうかと僕がちゃんと持ってきたからね」
僕は無限倉庫から乾燥した大量の薪を取り出した。ついでに着火するためのマッチとライター、細い枯れ枝と新聞紙まで出してあげたよ。どやぁー。
アイちゃんとタケル君が目を見開いて驚いている。サプライズ大成功!
「お、おま、お前、それはまさか無限倉庫ってやつじゃないのか?その能力を持っている人間って、ほとんどいないんじゃなかったっけ?」
「うん、そうみたいだね。でも僕は持ってるんだよ。今まで隠していたけど…。てか、さっきスキー板を収納したところを見せたじゃん」
「あ、そう言えば…。あれ?女子たちは驚いてないみたいだけど何でだ?」
「レイコちゃんとアヤカちゃんとマイさんには打ち明けてたからね。あ、実は相田マイちゃんも知ってるよ」
「はぁー?妹も知ってるって?あいつそんなこと全く言ってなかったけどな」
「秘密にしてくれるように頼んだからね。アイちゃんとタケル君も秘密にしといてね。この能力が広まると僕が悪人に誘拐されちゃうよ」
「お、おう、分かったぜ。まぁとにかく寒いから、先にストーブに火を入れるか」
アイちゃんとタケル君の二人で手際よくストーブに薪を数本積み重ね、その上に細い枝と新聞紙をくしゃくしゃにしたものを乗せてからマッチで火を点けていた。
山小屋の中にはテーブルも椅子も無く、端っこに薪ストーブがあって、その煙突が建物の外へと延びているだけだ。
そのストーブの近くに失神状態のシズクお姉さんを移動させ、無限倉庫から取り出した毛布をかけてあげた。できるだけ暖かくしないとね。
あとは部屋の中央にマットを敷いて、そこにスナック菓子やジュースなんかを並べていった。
「お昼を食べたばかりだからお腹はすいてないと思うけど、一応ここに出しておくよ。適当に飲んだり食べたりしちゃって良いからね」
アイちゃんがしみじみと言った。
「お前、なんて便利なんだ。てか、何でも入ってるのな。まさにド○えもん」
「誰が猫型ロボットか。ふざけたこと言ってると殺すぞ」
今までの殺伐とした雰囲気から少しだけ和やかな空気に変わったよ。さすがはアイちゃんだ。
ようやく主人公であるツバサちゃんが活躍する回です。




