005 救出
ボスは右手を前に付き出して、左手で右手の手首を握っているポーズだ。
その右手に向けて、僕は魔法を発動した。右手がくしゃくしゃっと圧縮されて小さく潰れた。ボスは激痛に身体を折り曲げて呻いている。
おそらくこれで魔法の発動はできなくなっただろう。
僕はボスに近づき、思いっきり顔をぶん殴ってやった。歯が何本か折れたかもしれない。てか、僕の手が痛い…。鳩尾なら良いんだけど、固い部分を殴るとこっちにもダメージが来るよね。
顔を歪ませて仰向けに倒れているボスは、ひくひくと痙攣している。
呆然と佇んでいた人質女性に声をかけた。
「メグミさんだよね。僕はツバサって言います。お姉さんを助けに来たよ」
「え?え?えっと、警察の人ですか?」
「うん?違うよ。お姉さんの家族の人に頼まれて来たんだよ」
あれ?頼まれてはいないな…。僕が勝手に来たんだっけ?
「とにかく、この廃工場は火事で焼け落ちそうだから、こいつらを外に出そうよ」
建物の中で倒したのは男一人とボスだけなので、この二人を外に出さないと死んじゃうよ。残りの四人は外で気絶しているから、ほおっておいても大丈夫かな?
近所の人が通報したのだろう。消防車のサイレンの音が近づいてきている。
僕とメグミお姉さんは二人がかりでボスと男一人を工場の外に引きずっていった。足を持って引きずってるので、頭にさらなるダメージが加わっているかもしれないけど、焼け死ぬよりはマシだろう。
さて、どう収拾をつければ良いんだろう?助け出したあとのことを考えてなかったよ。
僕が関与したことは隠しておきたいんだよね。なぜなら、僕の魔法はちょっと特殊だから…。
「ねぇ、お姉さん。警察には僕のことを黙っててくれないかな?通りすがりのヒーローに助けられたとかなんとか、誤魔化して欲しいんだけど…」
本当は開きっぱなしの2地点間座標接続装置でお姉さんを銀行まで連れて行って家族と対面させてあげたいんだけど、そうなると誘拐犯六人が野放しになっちゃうんだよな。あと、僕の顔をボスに見られちゃったけど、それは問題ない。なぜって、僕には銀行で人質になっていたという完璧なアリバイがあるからね。
「ええ、分かったわ。恩人の頼みだもの。全身全霊で誤魔化してあげる」
「あ、そうだ。お姉さんは携帯電話を持ってる?無いなら僕のスマホを貸してあげるよ。あなたのお父さんのスマホから、あとでテレビ電話をかけるからさ」
既にあたりは消火作業で騒然としている。僕は2地点間座標接続装置を使って銀行に戻った。廃工場の誘拐犯たちについては、メグミお姉さんに任せるしかない。
銀行に戻った僕は2地点間座標接続装置のドアを閉めたあと、すぐにそれを無限倉庫に収容した。
「つつちゃん、どうだったの?」
美女先輩の心配そうな声に僕は満面の笑みで返答した。
「メグミさんは無事だよ。誘拐犯六人は全員倒してきたからさ。あ、僕のスマホをメグミさんに貸してあげたから、おじさんのスマホから電話してあげてよ。電話番号は…」
Aが自分のスマホからテレビ電話をかけると、すぐにメグミさんが出た。
『お父さん!』
「メグミ!無事だったか?酷いことをされてないか?」
『うん、手首を縛られたあとが少し痛むくらいだよ。ツバサちゃんに助け出してもらったの』
「そうか、そうか…。うっ、うっ…」
Aは泣きながら僕のほうに顔を向けると、謝罪とお礼を言ってきた。
「嬢ちゃん、本当にありがとう。この恩は一生をかけて返させてもらう。あと、銀行強盗の人質にしてすまなかった。他の方々にも大変申し訳なかった。刑務所でしっかりと罪を償わせてもらうし、出所したあとは金銭で賠償させてもらいたい」
『お父さん、銀行強盗って?まさか、私のために?』
僕はAが答えるより早く、Aの言葉にかぶせるように言った。
「メグミお姉さん、大丈夫だよ。無罪ってわけにはいかないだろうけど、本当に悪いのは誘拐犯だからね。多分、情状酌量でそんなに重い罪にはならないはずだから」
拳銃で撃たれた男性が死んでいないのを祈るしかないな。
あと、Aだけでなく、BやCもスマホでメグミお姉さんと会話しているんだけど、ちょっと通話時間が長くないですか?パケット料金大丈夫かな?まぁAのスマホだから別に良いんだけど。