046 別荘③
今日はこの別荘に来て三日目、最終日だ。今日の午後には別荘を出発して街へ戻ることになっているよ。
昨日の夜からレイコちゃんが沈みがちなのが気になるけど、おそらくあの『いたずら』のせいだろうな。ほんと質の悪いいたずらだったよ。
「レイコちゃん、おはよう」
厨房で朝食の準備をしていたレイコちゃんに声をかけると、にっこりと微笑んで挨拶を返してくれた。少しは元気になったようで良かったよ。
「ねぇ、ツバサちゃん」
「ん?何?」
「…いえ、何でもないわ。あ、皆を起こしてきてくれるかしら?そろそろ朝食が出来上がるって…」
レイコちゃんが何か重大なことを僕に打ち明けようと葛藤していたみたいだけど、結局ははぐらかされてしまった。でも僕からこれだけは伝えておこう。
「うん、了解だよ。あと、これだけは覚えておいてね。世界中がレイコちゃんの敵になったとしても、僕だけはずーっと味方だからね」
この発言のあとはあまりにも照れくさくて、すぐに踵を返してまだ寝ている皆を起こしに行ったよ。ちらっと見えたレイコちゃんの顔が嬉しそうだったから、言った甲斐があったってもんだけどね。うう、恥ずかしい…。
午前中の遊びは、テニスをプレイする三人と森の散策を行う三人に分かれた。優雅にテニスに興じるのはアイちゃん、タケル君、アイちゃんの妹のマイちゃんだ。いかにも金持ちの趣味って感じだけど、別に嫌みな感じではない。上流階級の嗜みってところか。
レイコちゃんとアヤカちゃんと僕は近くのちょっとした森を散策して、いわゆる森林浴を楽しむことにした。アヤカちゃんはスポーツが苦手だからこっち側なのは分かるけど、スポーツ万能なレイコちゃんが僕らのほうに来たのは意外だった。
あ、僕?僕は球技だけは苦手なんだよ。野球もバスケもサッカーも、もちろんテニスもね。短距離走も長距離走も、当然格闘技も得意だけなんだけど…。ちなみに、学校の体育の授業でバレーボールをやるときなんか、めっちゃ足を引っ張りまくっているよ。
まぁ、そんなことはどうでも良い。
せっかくの夏休みであり、一般人の僕たちは基本的に来ることもできない別荘地だ。できるだけ楽しまないとね。
レイコちゃんとアヤカちゃんが横に並んで、和やかに会話しながら僕の数メートル先を歩いている。僕はこの地方の植生が珍しくて、森の中を通る小道の両側に生えている野草なんかを観察していたため、少し遅れがちだ。
「ツバサちゃん、早くおいでよ」
数メートル先で振り返って僕のほうを見ているレイコちゃんとアヤカちゃん。二人とも笑顔だ。
…っと、僕の視界の中に飛翔する細長い物体が入った。
僕はそれが何なのかを考える間もなく、『重力子攻撃』でその飛翔物体を圧縮し、消し去った。瞬間的に『消し去るべきだ!』と判断したんだけど、正解だったのかどうかは分からない。でも、昨日の『いたずら』の件があるからなぁ。少しナーバスになってます。
レイコちゃんもアヤカちゃんも気付いていなかったようなので、僕も今の一件はあえて口に出さなかったよ。心配させるといけないからね。
矢のような飛翔物だったけど、ほんと何だったんだ?まさか本物の矢じゃないだろうな。あのままだとレイコちゃんかアヤカちゃんに当たっていたと思うんだけど…。
いや、本物の矢だったら目に見えるはずもないか…。飛んでくるのが見えるくらいのスピードだったし、あれはおそらく魔法だろう。圧縮したら魔力に戻って霧散してしまったのがその証拠だ。
ただ、そのあとは変なことも起こらず、別荘に戻った僕たちだった。
「ツバサ、森のほうはどうだった?満喫したか?」
アイちゃんに聞かれたので、素直に答えたよ。
「うん、面白かったよ。この辺はやっぱ標高が高いのか、高山植物っぽいのがチラホラあったよ。そっちは?」
「こっちも楽しんだぞ。硬式じゃなくて軟式だけどな」
「お兄ちゃんはタケル兄に負かされてへこんでたよ」
マイちゃんがテニスの勝敗を暴露しちゃったよ。アイちゃんが『余計なことを言うな』って目でマイちゃんを睨んでいたのが面白かったな。




