044 高月レイコ⑤
夏休みの中の二泊三日を相田君の別荘で過ごすことになった。もちろん、ツバサちゃんやアヤカちゃんも一緒だ。
相田君の妹さんのマイちゃんは10歳くらいで、とても可愛らしい。ツバサちゃんにとても懐いているから、ちょっと嫉妬してしまいそう。あれ?この二人って初対面よね?
初日は相田君に告白(…なのかしら?)されたり、BBQや花火をして楽しく過ごしたわ。本当に楽しい。
夜に暴走族っぽい爆音が聞こえてきたけど、うちの『五番隊』がうまく処置したのだろう。絡まれることも無く、穏便に翌朝を迎えることができた。
『五番隊』隊長からスマホにメール連絡があったので、早朝私から電話をかけて詳しい状況を直接問い質した。どうやら背後関係は無さそうだとのこと。純粋にこの地域の暴走族だったみたい。
ただ、暴行や傷害、特に強姦などの犯罪行為が過去にあったかどうかは調査するよう、命じておいた。もしも犯罪行為があったなら警察には頼らず、私刑にかけるつもりだ。この国の刑罰は犯罪者に甘すぎるからね。
二日目は湖でボート遊びを楽しむ予定だ。
私はツバサちゃんとペアで一艘のボートに乗り、湖の中央へと漕ぎだした。とても広い湖なので、他の二艘とはかなり離れている。
ところが、ここで思いもよらぬ襲撃を受けたのだ。
確かに周囲には護衛がいない状況だけど、まさか湖のど真ん中で攻撃されるとは…。私は自分の甘さに臍を噛んだ。しかも無関係のツバサちゃんを巻き込んでしまったのは痛恨のミスだ。
おそらく敵は伯父または叔父の手の者だろう。つまり、亡くなった母トモコの兄(伯父)か弟(叔父)だ。
私が九条財閥総帥である御前様、九条ヨシヒサに溺愛されていることに危機感を抱いたのだと、そう推測できる。次の総帥の座を私に奪われるかもしれないと思っているのだ。
ちなみに、私は九条財閥の総帥になりたいなどとは思っていない。次の総帥を魅了魔法で操れば良いだけの話だからね。
水面が波打ち、ボートが大きく揺れている。もしも落水したら間違いなく窒息死させられるだろう。なお、水を巻き上げて直接ボート上に水を入れようとしないのは、事故死に見せかけるためと推測される。
この周辺の水を操っているということは、すぐ近くに水属性の魔女がいるはずだ。私は揺れるボートにしがみついたまま、周りを捜索した。
すると、水中ゴーグルに太陽光が反射したのが見えた。
「ツバサちゃん、あそこに人の頭が見えるわよ」
思わずそう言ったけど、ツバサちゃんは私の護衛でも何でもなかった。ここからでは得意の空手も通用しないし、ツバサちゃんがこの事態を解決してくれるはずもない。
一応、奥の手はあるけど的が小さすぎて当てられそうにないし、素肌に命中させないと意味がない。
魅了魔法は女性(魔女ということは女性だ)には通用しない。これは打つ手無しか?
ところが敵である魔女は勝利を確信したのだろうか、水面上に首から上の部分を出したのだ。これなら何とか…。
私はポケットに仕込んだ薬剤ケースから直径1cmほどの球状の塊を取り出し、敵へと投げつけた。この球を素手で触っても問題ないけど、命中したら薄い殻が割れて、中の神経毒が皮膚から浸透し、対象を死に至らしめるという私の奥の手だ。結構、えぐい。
本当は相手を殺さないように麻痺毒にしたかったんだけど、皮膚から浸透させられる麻痺毒が無かったのだ。
二球続けて外してしまったけど、三投目が敵のゴーグルに命中した。ちなみに、分かりやすいように赤い色を付けているため、それがうまく敵の視界を塞いだようだ。荒れた水面が元の静かな状態に戻っていく。どうやら魔法の発動は停止したみたい。
剥き出しの顔面に命中させれば殺せたのだけれど、危機の回避という面ではこれでも成功と言えるだろう。
敵は諦めて逃げたみたいだしね。
「レイコちゃん、大丈夫?」
ツバサちゃんに心配されたけど、内心では申し訳ない気持ちで一杯だ。私の事情に巻き込んで、危険な目に遭わせてしまったから…。
私の護衛である『五番隊』を責めるつもりはないけれど、あの水の魔女は必ず捕まえて依頼者を吐かせないといけない。これだけは厳命しないとね。
そして黒幕が男性であれば、魅了にかけて洗脳してやろう。そう決意した私だった。




