043 湖での襲撃
僕たちは今、別荘近くの湖に来ている。
桟橋には手漕ぎボートが四艘ほどロープで係留されていた。また、近くには管理人さんの常駐している小さな小屋もあり、アイちゃんが声をかけていた。どうやら顔見知りみたい。
「相田様のお子様方、お久しぶりでございます。ボートはどうぞご自由にお使いください」
「ああ、ありがとう。六人だから三艘借りるよ」
アイちゃんが良いところのお坊ちゃんみたいだよ。いや、実際そうなのかもしれないけど…。
「ボートに乗るペアはどうする?」
アイちゃんの問い掛けに皆は顔を見合わせていたけど、タケル君がまず発言した。
「じゃあ、僕はマイちゃんと一緒に乗ろうかな。マイちゃんもそれで良い?」
「うん、タケル兄で良いよ。誘ってくれてありがとう」
昨日、アイちゃんはレイコちゃんにあっさり振られたし、一緒だと気まずいかもしれない。てことは、アイちゃんと一緒に乗るのはアヤカちゃんか僕のどちらかだな。ここはアヤカちゃんに譲ってあげよう。
「じゃあ、僕はレイコちゃんと乗るから、アヤカちゃんはアイちゃんと一緒で良いかな?」
この僕の発言にアヤカちゃんは少し顔を赤くしてたけど承諾したよ。アイちゃんも満更ではないみたい…。良かったな、アイちゃん。
「ツバサちゃん、よろしくね。私の華麗なオールさばきを見せてあげるわ」
当然、男子がオールを持つことになるのだろうけど、こっちは女子ペアなのでレイコちゃんが漕いでくれるみたい。気合を入れているレイコちゃん、可愛いです。
僕もあとで漕がせてもらおうかな。やったことがないから挑戦してみたいんだよね。
アイちゃんもタケル君もすいすいとボートを湖の中央へと進ませていく。めっちゃ慣れてる感じだ。
でもレイコちゃんも負けてないよ。男子二人に負けじとオールを回転させている。さすがは完璧超人、何でもできる子だな。
今日は天気が良くて、夏の日差しが暑いけど、湖の上を吹く風が涼しくて気持ち良い。僕は右手を湖の中に入れて、その感触を楽しんだ。
「ねぇ、レイコちゃん。夏休みの間に僕の家に泊りがけで遊びに来ない?両親が会いたがってたよ。てか、僕の両親って、レイコちゃんのことを実の娘みたいに思ってるからね」
僕は一人っ子だし、レイコちゃんもそうだ。幼馴染だし、小さい頃はお互いの家にお泊りするのって、よくやってたんだよね。
「うん、ありがとう。ぜひお邪魔させてもらうわ。ツバサちゃんが少し羨ましい。素敵なご両親がいて…」
僕は何も言えなかったよ。現在、レイコちゃんには父親も母親もいないからね。高校生になってからは児童養護施設を出て、安いアパートで一人暮らしをしているらしいし…。
うちの家で少しでも家庭的な雰囲気を味わってもらえたら良いんだけど…。
…っと、突然、湖の水面が波打ち始めた。そんなに風も強くないのになぜ?
レイコちゃんも僕もボートの縁をしっかりと掴んで落水しないようにしているけど、次第に揺れが強くなってきている。このままではボート自体が転覆しそうだ。
これって魔法じゃないの?水の操作ってことは、水属性の魔女の仕業かもしれない。
急いで周りを見渡したけど、それらしい人の姿が見当たらない。
「ツバサちゃん、あそこに人の頭が見えるわよ」
レイコちゃんの声に振り向くと、僕の斜め後方10メートルくらい離れた位置に半球状の物体が浮かんでいるのが見えた。シュノーケルっぽい筒状のものも頭らしきものの横に見える。
目的は単なるいたずらなのか、それとも危害を加える意図があるのかは分からないけど、僕の信条としては『やられたらやり返す』だよ。
僕はシュノーケルの先端部分に向けて『重力子攻撃』を発動して、シュノーケルの穴を塞いで使用不能にした。レイコちゃんにばれないようにね。
目だけを水面に出していた魔女はシュノーケルでの呼吸ができなくなったため、首の上までを水面に出した状態になったよ。さて、ここからどうやって攻撃しよう?目を狙おうにもゴーグルを付けているため、目自体が見えてないんだよな。見えていない対象に『重力子攻撃』は発動できないのだ。
頭をすっぽりと覆っているウェットスーツを身に着けているせいで耳も見えていない。鼻は見えてるけど、そこを潰すのはさすがに可哀想だ。魔法使いってことは女性だし…。
とりあえずはゴーグルを潰そうかな?
僕が攻撃方法を考えていると、レイコちゃんがポケットから何かを取り出して水面上に見えている頭に投げつけている。一投目と二投目は外れたけど、三投目が命中したみたい。揺れるボートの上からよく当てられるよな。
ゴーグルに真っ赤な塗料が付着したことで視界が塞がれ、魔法発動の集中力が阻害されたせいだろうか、水面の荒波が収まってきた。
多分、レイコちゃんが投げたのは、よくコンビニなんかに置いているカラーボールみたいなやつかな?コンビニ強盗に投げつけて目印にするやつね。ポケットに入れていたってことはもっと小さいサイズのものだと思うけど…。てか、何でそんなものを持ち歩いてるの?
水面が静かになるとともに、いつの間にか魔女も姿を消していた。水面下に潜って逃げたのかな?
「レイコちゃん、大丈夫?」
レイコちゃんは固い表情を少しだけ緩めると、僕に対して微笑んでくれたよ。
それにしてもさっきのやつは何だったんだ?僕たちに狙われるような心当たりなんて無いんだけど…。




