034 編入試験
「ツバサ、力をふるう前に必ず自問自答しろよ。それが己の中の正義に適うものなのかをな」
「はい、師匠。むやみに空手の技を出すなんてことは絶対にしません。師匠もお元気で。レイコちゃんも大人になったらまた会おうね」
小学一年生から始めた空手を六年生になるまで続けてきたんだけど、親の転勤で遠くの街へ引っ越しすることになり、今まで慣れ親しんできた空手道場を辞めなければならなくなったのだ。
なお、空手を習い始めたのは前世で若くして殺された影響だ。そう、僕には前世の記憶がある。いわゆる転生者だね。
「ツバサちゃん、お手紙書くからね。お返事ちょうだいね」
「うん、レイコちゃん。僕も新しい中学校で頑張るから、レイコちゃんも引っ込み思案を直して、友達をたくさん作らなきゃダメだよ」
師匠の娘さんであるレイコちゃんは内気な性格で、僕以外に親しい友達がいないのだ。ちょっと心配だな。
余談だけど、僕はコミュニケーション能力には自信がある。だって前世では21歳まで生きたからね。小学生なんて僕から見れば子供ですよ、子供。誰にでもグイグイいって、すぐに友達になっちゃうよ。
あと、学校の勉強も簡単過ぎる。前世では、かなり偏差値の高い国立大学に現役で合格しているからね。
引っ越したあとの最初の一年はレイコちゃんと頻繁に文通していたんだけど、次第に間隔が空き始め、中学三年生の頃には出した手紙が転居先不明で戻ってくるようになってしまった。どうやら引っ越しをしたみたいだ。
こんな時スマホがあればメールやメッセージアプリで簡単に連絡を取れるんだけど、当時はまだスマホを買ってもらってなかったからね。
消息不明になったのが少し心配ではあったんだけど、調べる手段も無いし、結局は疎遠な感じになってしまったよ。まぁ、よくあることだね。そして、師匠やレイコちゃんの消息をもっと詳しく調べなかったことを後で悔やむことになる。つらい時こそ寄り添ってあげないといけなかったのに…。まさか師匠が亡くなっていたなんて思いもしていなかったよ。
僕が高校二年生になるときに、父が以前勤めていた営業所に所長として赴任することになった。小学生時代を過ごした街の営業所ね。
すでにとある高校で一年間を過ごしていた僕だったんだけど、家族の引っ越しに伴い、別の高校に編入せざるを得なくなった。この地域では最も学業レベルが高いと言われている公立高校だ。
そして編入試験を受験するために、一人で電車に乗って懐かしい街へと戻ってきたよ。駅舎から出た僕は久しぶりの駅前の様子に懐かしさを感じると共に、新しくできた店なんかを見てちょっとワクワクした。ちなみに編入試験は明日だ。あと、引っ越し自体は一週間後なので、今夜は予約していたホテルに泊まることになる。
タクシーに乗って編入試験を受ける高校へ行って下見でもしようかと思い、タクシー乗り場のほうへ歩き出そうとした僕は突然声をかけられた。
「ツバサちゃん、おかえり~」
そこには高校生くらいの容姿の美人さんが立っていた。ん?どこかで見たような…?
「えっと、どちら様?」
「忘れたの?ちょっとショックだよ」
そう言いながら空手の構えをとる美人さん。
「え?まさかレイコちゃん?」
小学生の頃もめっちゃ可愛い子だったけど、確かに面影が残っている。そっか、もしかしたらレイコちゃんと同じ高校に通うことになるのかな?レイコちゃんも学校の成績は良かったからね。
「そこに新しくカフェが出来てるんだよ。もしも時間があるなら少しお話できないかな?」
「もちろん、OKだよ。そうだ、師匠にも挨拶に行かなきゃね」
僕のこの発言を聞いたレイコちゃんが少し悲し気な顔になった。
「うん、そのことも含めて話しておきたいの」
そして、師匠が亡くなったことをその事情とともにレイコちゃんから教えてもらった。地方新聞には掲載されたみたいなんだけど、全国紙には載っていなかったため、事件自体を全く知らなかったよ。
てか、強姦未遂野郎が死んだのは自業自得じゃん。師匠が過剰防衛で有罪になったのは法治国家として仕方のないことなのかもしれないけど…。
「それでレイコちゃんは今どうしてるの?」
「安いアパートに一人で住んでるよ。お父さんの生命保険があるから大学卒業まではなんとかなりそうだし。あ、でも高校は授業料の免除制度がある私立に通ってるよ」
金銭的に困ってないのなら良かったよ。でも一人暮らしって少し心配だな。




