003 動画
Aのスマホを操作すると目的の動画はすぐに見つかった。
再生してみると、そこに映っていたのは椅子に座らされてロープで手足を縛られた女性の姿だった。特に目隠しや猿轡はされていない。かなり美人のお姉さんだった。
姿は見えないけど、男の声が流れてきた。
「お前の娘は預かった。返してほしくば現金3億円を持ってこい。身代金だ。あー、警察に言っても構わんが、その時はこいつを俺たちで輪姦すことになる。結婚式が間近らしいが、生まれてくる子のDNA鑑定は止めておいたほうが良いかもな。まぁ、金さえ持ってくれば無傷で返してやるよ。そうそう、明日の朝、役立つ道具が自宅に届くと思うから活用してくれ。最後に期限だが、明日の夕方5時までだ。金の受け渡し方法は追って連絡する。それじゃせいぜい金策を頑張ってくれや」
おそらく殺すつもりはないんだろう。たとえ警察に捕まったとしても、殺人や傷害じゃなく、輪姦と誘拐だけなら刑期も短くなるって思っていそうだ。でも僕に言わせれば『殺人』じゃなくても『殺心』…つまり、彼女の心を殺すことになるだろうね。下手したら自殺するかもしれない。絶対、許せないよ。
いや、待てよ。金を受け取ったあとは、ここにいる強盗三人(A・B・C)もろとも殺す可能性があるな。人質に目隠しをしていないのが、その証拠だ。
つまり、警察に捕まりそうなら、犯して動画を撮って刑務所を出所したあとの金づるにする。捕まらないで済みそうなら、関係者を皆殺し…って感じかもしれない。
僕の推測が当たっているのかどうかは分からないけど、いずれにしてもこいつらは許せない。いや、僕が許さない。
「おじさんたちはこの女性の父親と兄弟ってこと?」
「ああ、そうだ。こうなったら警察にこの動画を見せて、せめて命だけでも助かるようにするしかない…」
Aが憔悴した様子でぼそぼそと言った。
僕は人質となっていた女性たちを見回してから、あるお願いを口にした。
「みんなこの場からすぐに解放してもらいたいだろうけど、僕に少しだけ時間をくれないかな?この誘拐犯を半殺しにして、人質女性を助けるための時間が欲しいんだ」
美女先輩がすぐに賛成してくれた。
「つつちゃんがどうやって彼女を助けるのか分からないけど、私はこのままの状態で待機するくらい全然構わないわ。あ、服は着させてね」
ありがとう、美女先輩。あとは、行員さん3人とお客さん3人の意見はどうだろう?賛成してくれるかな?ちなみに、このタイミングで僕を含めた全員がさっき脱いだ服を身に着けた。
全員の身支度が終わったあと、他の人も意見を述べ始めた。
「うーん、仕方ないね。夕方くらいまでなら待っても良いよ。でもどうやって助けるんだい?」
気風の良い姐御肌な感じの美人さんの言葉だ。便宜上、Dさんと呼ぼう。
「私も大丈夫です。この誘拐犯は許せません。半殺しと言わず全殺しにしてください」
小動物みたいな可愛い系のお姉さんの発言なんだけど、ちょっと過激だ。全殺しはさすがにまずいよ。彼女をEさんと呼ぶことにする。
残りの人たちも賛成してくれたよ。全員がこの誘拐犯に憤っているね。
「問題はこの場所を特定する方法なんだけど、動画に映っている背景から分からないかな?」
僕の言葉に一人の女性がおずおずと右手を上げた。彼女をFさんと呼ぼう。ちなみに銀行員の制服を着ている。
「私の魔法で透視できるかもしれません。あ、でもここでは魔法は使えませんね…」
これを聞いた僕は自分のスマホに地図アプリを表示して、彼女に見せながら言った。
「僕が魔法を発動できる空間を作るから、お姉さんは透視してみてくれないかな?」
「えっ?魔法を発動できる空間?と、とにかくやってみますね」
Aのスマホに映る人質女性の顔と僕のスマホの地図アプリを見比べながら、Fさんは魔法を発動したのだろう。迷わず地図アプリの画面を拡大してから一点を指さした。
「ここ、この廃工場みたいですね。銀行の建物内で魔法が使えるとは思いませんでしたが、間違いないはずです」
よし!場所さえ分かればこっちのものだ。僕は無限倉庫から移動用の魔道具を取り出した。あ、無限倉庫ってのは何でも入れられて、容量無限、時間の経過も無しという僕専用の倉庫だよ。ただし、生き物は入れられないけどね。
「それって2地点間座標接続装置じゃないか。ここでは魔法阻害装置があるから使えないんじゃないか?てか、無限倉庫まで持ってるのか、君は」
姐御のDさんが疑問を呈した。
「ここに魔法発動可能空間を一時的に作って、そこに設置するから大丈夫だよ。問題は敵の人数も持っている武器も分からないことだね。なんとか奇襲を成功させたいんだけど」
この言葉に可愛い系のEさん(全殺しを主張した人)が言った。
「私の魔法で『つつちゃん』さんに認識疎外の魔法をかけましょうか?しゃべらない限り効果が持続しますよ」
「ええ?それはぜひお願いします。あと、僕の名前は津慈ツバサです。『つつちゃん』はあだ名ですから」
認識阻害魔法って身体を透明化するわけじゃないけど、他人から認識されなくなるという魔法だ。奇襲をかけるのにもってこいだね。
「ふふ、じゃあ『つつちゃん』って呼ばせてもらいますね。では、いきます」
Eさんは僕に魔法をかけたのだろう。僕自身は自分自身を認識できているけど、Eさん以外は周りをきょろきょろと見回している。
「では行ってらっしゃい」
Eさんが僕に手を振ってくれた。“行ってきます”って危うく言ってしまうところだったよ。一言でもしゃべったら認識阻害の魔法が解けちゃうんだよね。
僕は2地点間座標接続装置のドアに埋め込まれている入出力インタフェースを使って工場跡地の座標(北緯と東経)を入力した。『どこ○もドア』っぽいけど、接続先は手入力だ。
それからドアノブをひねってドアを開けると、そこには廃工場があった。ちょうど工場の横手付近にゲートが開かれたようだ。
透明な窓ガラスから工場の中を覗くと、男の姿が3人見えた。椅子に縛り付けられた人質女性の姿も見える。まだ、無事みたいで安心した。なんとか間にあったみたいだね。
「おい、こいつ犯しちゃダメかな?どうせ最後は犯すことになるんだから、少しくらい良いだろう?」
「やめとけ。金を受け取るまでは辛抱しろ。金さえ受けとれば、あとは好きにできる」
誘拐犯たちの不穏な会話が窓を通して聞こえたよ。やはり、金を受け取っても人質を返すつもりなんて無かったんだな。こいつら誘拐犯どもをぶっ飛ばすという僕の覚悟も決まったよ。