029 加藤ハヤト⑦
安西モエ嬢の住むマンションには12時半過ぎに到着し、ツバサちゃんだけが下車して部屋へと向かった。俺は電話で連絡が来るまで車内で待機だ。
13時過ぎに連絡が来たので、俺も部屋へと向かった。
「皆さん、はじめまして。加藤と申します。この度は我が主の我儘によって、色々とご迷惑をおかけしております」
俺の挨拶を聞いて、出迎えてくれた安西モエ嬢が微妙な表情になっている。すると、部屋の奥からツバサちゃんが声をかけてくれた。
「加藤さん、とりあえずは中に入ってよ。…って、家主は僕じゃないんだけど」
「それではお邪魔致します」
俺は別に人見知りじゃないが、部屋の中には美人しかいないため、少し緊張するよ。
家主の安西モエ嬢は姉ハツミ嬢とよく似ていて美人だし、報告にあった魔女さんたちも全員が美人だった。もちろん、部下からのメールには顔写真も添付されていたので、初めて顔を見るわけではない。それでも実物は写真よりもすごかった。
ふんわりとした雰囲気の巨乳美人である尾錠サヤカ嬢。凛としたクールビューティー、有村ユカリ嬢。どちらかというと可愛い系である江藤マユミ嬢。そしてツバサちゃん、中学生のような可愛らしい少女である津慈ツバサ嬢だ。
「まずは自己紹介から始めさせて頂きます。私は加藤ハヤブサと申します」
「って、戦闘隊かよ!」
いきなりツバサちゃんが口を挟んできたのだが、俺は驚愕のあまりツバサちゃんを凝視してしまった。近年、こんなに驚いたことは無い。
なぜなら、加藤隼戦闘隊の加藤建夫中佐は今世には存在していないのだ。つまり、軍歌である『加藤隼戦闘隊』も作詞作曲されていないし、映画にもなっていない。
ここから導き出されるのは、ツバサちゃんは俺と同じ世界を生きた転生者だってことだ。全く同じ世界だったのかは分からないが、少なくともツバサちゃんの前世には『加藤隼戦闘隊』が存在したのだろう。
そうか、ツバサちゃんも俺と同じ無限倉庫持ちってことか。2地点間座標接続装置を常に持ち歩いているのであれば、別荘に出現した謎も解ける。
そう言えば、警視庁捜査一課の刑事である俺の友人が言っていたな。テレビでも話題になった誘拐事件と銀行強盗事件で、誘拐犯の戸田というおばさんが誰にやられたのかを供述していたそうだが、その人物は未だに見つかっていないそうだ。そして、その供述によると『声変わりもしていない中学生くらいの少年』に右手を潰されたと…。
副隊長の右手を潰した光景が脳裏によみがえる。なるほどなぁ、犯人、いやヒーロー、じゃなくてヒロインか…それはツバサちゃんだったってわけだ。
しばらくフリーズしてしまったが、気を取り直して今回の事件の詳細を説明することにした。
「ええっと、今回の拉致・監禁事件の顛末と、その収拾の方法をお話し致します」
俺はかなり長い時間、説明をしていたのだが、尾錠サヤカ嬢が頻繁に読心魔法をかけてこようとしてきたため、タゲを切ることにも気を配らなければならなかったよ。
あ、『タゲを切る』とはターゲット(標的)になった状態を解消するって意味合いね。ゲームのRPGなんかで使う用語だ。
俺の説明のあと、安西モエ嬢から質問された。
「それで姉は今どこに?」
「ハツミさんの安全のため、それはお教えできません。戸籍を変えて新しい住所に落ち着いたら、それ以降は電話で話すことも直接会うこともできるようになりますので…」
情報管理を徹底しないと、危険だからね。安西ハツミ嬢も、そして俺自身も…。
ツバサちゃんも聞きたいことがあるようだ。
「ねぇ、加藤さん。権力者の関係者ってのが例のお嬢様だよね。いったい、何の魔法が使える魔女さんなの?」
答えるかどうかを一瞬悩んだものの、これは言っておいたほうが良いだろうと判断した。
「うーん、君たち女性には影響ないんだが、男性には効果抜群の魔法だよ。歴史的にも数人しか存在していない傾国の魔女だな」
「それって、まさか」
有村ユカリ嬢がすぐに反応した。
「楊貴妃やクレオパトラなんかも持っていたと言われている魅了魔法ではないかしら?」
ほほう、『傾国』というキーワードからすぐに魅了魔法を導き出すとは、なるほど優秀な人のようだ。
俺は正直に答えた。ついでに彼女たちの情報をすでに取得していることも明かしておこう。
「正解ですよ、透視の魔女さん。いえ、有村ユカリさん」
「え?なんで私のことを知ってるの?自己紹介してないのに…」
「この場にいる全員のことを知っていますよ。そちらの方は認識阻害の魔女である江藤マユミさん。さっきから私に魔法をかけようとしてきている方が読心の魔女、尾錠サヤカさんですよね」
ツバサちゃんが焦ったように言った。
「あ、僕は何も教えてないからね。この人、異常なんだよ」
…って、誰が異常者か。失礼な。
ツバサちゃんがジト目になって、俺に聞いてきた。
「まさか加藤さんも魅了をかけられているの?」
「ツバサちゃん、俺に魔法は通用しないよ。ツバサちゃんの持つ範囲魔法みたいなのは防げないけどな」
実際にお嬢様からは再三にわたり、魅了魔法をかけられているのは確かだ。全てかわしているのだが、かかったフリをしているよ。
魅了魔法の中に集団催眠のような範囲魔法が存在するなら厄介だけどな。今のところはそういう魔法を発動したところを見たことは無い。
ここで俺は立ち上がって、ダイニングテーブルのほうに座っている魔女さんたち三人に向かって忠告した。
「できればあまり首を突っ込まないで頂きたい。俺の所属する組織は本当に危険なんだよ。君たちのような美人さんが酷い目に会うのは見たくないんだ。よろしく頼む」
これも俺の偽らざる本心だ。俺の部下については(副隊長以外は)厳しい規律で統制しているが、他の部隊までは制御できないからね。




