028 加藤ハヤト⑥
午前11時にツバサちゃんの部屋のチャイムを鳴らした。すぐにドアが開いたよ。顔を見せて挨拶してくれた彼女の姿を見ると、すでに出かける準備は整っているようだ。
「おはよう。20秒待ってて」
目の前でドアが閉められてしまったのだが、これってかなり待たされるパターンだな。俺の経験則では…。一応、彼女を信用して、時計の秒針を眺めておこうか。
ところが、俺の予想を覆し、きっちり20秒後に再度ドアが開かれた。すごいな、ツバサちゃん。
俺は感心しながら朝の挨拶をした。まぁ、朝じゃないけどな。
「ツバサちゃん、おはよう。まぁ、もう昼だけどな。それより『20秒待て』と言われて、20秒後にドアが開くとは思わなかったぞ。俺は20分くらいは待つつもりだったからな」
「いや、加藤さんの今まで付き合ってきた彼女さんって、どんだけ酷いんだよ。女王様かよ」
確かに…。部屋の中で待たされるパターンは、まだマシなほうだ。ドアの前に長時間立ちっぱなしで待たされるパターンは、体力的には問題ないのだが、精神的にはかなりクルものがある。他の部屋の住人からの不審者を見るような目に晒されるし…。あ、なんか悲しくなってきた。しかも、全て彼女たちのほうから別れ話を切り出されているしな。なぜだ?
振られる理由は不明だが、気を取り直して車を発進させた俺だった。
行先も聞かずに走り出した俺にツバサちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「あれ?昨日、僕は安西モエさんのマンションの住所を言ったっけ?」
ふっ、妹さんのマンションのざっくりとした地域と、車でどのくらいかかるかという会話はしたけど、細かい番地までは聞いてないな。しかし、当然そのくらいの情報は調べているぞ。
「ん?いや、聞いてないぞ。まぁ、拉致対象者の家族の住所くらい把握しておくのは常識だろう?」
「どこの世界の常識だよ。怖いよ」
ふむ、組織の恐ろしさを分からせるため、もう少し手の内を明かしておくか。
「ちなみに、昨日の夜の来訪者については今朝報告を受けたんだが、尾錠サヤカ嬢、有村ユカリ嬢、江藤マユミ嬢、そして君が安西モエさんの家に入ったのは確認できている。ただ、君がどうやって山奥の別荘に現れたのかは謎だがな」
瞬間移動の魔女が関わっていないのなら、答えは一つしかないだろう。2地点間座標接続装置しかない。もちろん、それがなぜ安西モエ嬢の部屋にあるのかは不明だが…。
ツバサちゃんが眉をひそめて俺に言った。
「怖っ!ストーカーかよ。てか、妹のモエさんまで監視してるなんて、加藤さんの所属している組織って、どんだけ大きいんだよ」
うーん、全貌は俺自身にも分からない…。一番隊から五番隊までの実働部隊はあるのだが、それ以外の部隊も実はありそうなんだよな。なので、一応こう言っておくか。
「まぁ、一般人には想像もつかないような世界だよ。だから、君たちがうちと敵対するのは止めたほうが良いとだけ忠告しておこう」
いや、本当にね。俺自身も組織から抜けようと考えたことはある。しかし、『抜け忍』として追われることになった場合、生きていける気がしないのだ。まぁ、1対1の戦闘なら負ける気はしないけどな。
真剣な顔になったツバサちゃんが俺に向き合って言った。
「僕の中の正義に反するような行為をしたら、躊躇なく敵対するつもりだから…。覚えておいてね」
この子は絶対に闇落ちしない、悪には染まらないって確信した瞬間だった。
だから俺も言っておこう。
「俺も同じだよ。俺の中の正義がツバサちゃんの正義とあまりかけ離れていないことに期待しておこう」
おそらく、俺の正義とツバサちゃんの正義はかなり重なっているはずだ。俺が組織から抜けることができて、ツバサちゃんたちの仲間になれればなぁ。
そんなことができるはずも無いが…。




