026 加藤ハヤト④
俺は助手席に女の子を、後部座席に安西さんを乗せて麓の街へ向かっている。事前に準備していた安西さんを匿うための隠れ家へと向かっているのだ。
なお、女の子はツバサちゃんという名前らしい。まぁ、偽名かもしれないが…。
そのツバサちゃんが俺に話しかけてきた。
「加藤さんって裏仕事専門の人?御前様の直属の部下なの?」
どこまで情報を明かすか判断が難しいところだが、ある程度は正直に答えても良いかなという気になっている。恐ろしい魔女って分かっているのに、見た目だけは警戒心を抱かせないような可愛い少女だからかな。
「執事という表の仕事もしているぞ。まぁ、屋敷内の序列は第三位だが」
「おぉ、たしかに執事っぽい。てか、歳はいくつなの?僕の見たところ、25歳くらいかな?」
若く見られるのは何気に嬉しいな。貫禄が無いって言われているような気もするが…。
「いや、もう31になるな。今年の誕生日が来たら32だよ。いい加減、裏の仕事は引退して、身を固めたいところなんだが…」
これも正直に答えている。もう前世で死んだ歳になるんだよな。なお、転生権はすでに無くなっている。どういう意味かは分かるよね。
俺はこの少女の年齢が気になったので質問してみた。
「それよりお嬢ちゃん、ツバサちゃんは中学生かい?」
これに対して、驚きの回答が返ってきた。
「誰が中学生かっ!こう見えても21歳、今年22歳になるってーの」
いやいや、嘘だろう?背は低いし、体型もあまり凹凸が無い。第二次性徴が来ているのかどうかすら怪しい。
だから、思わず失礼な言葉を発してしまったよ。
「はぁぁぁ?合法ロリかよ。驚いたな」
ツバサちゃんの胸元を見ながら言ってしまったが、胸を見たのは我ながら紳士的ではなかったなと少し反省…。
「おっさん、殺すぞ。胸を見んなや。てか、脇見運転するな!」
やはり子供っぽい。後ろで安西さんが笑ってるよ。
隠れ家のマンションの一室に入った俺たちは、リビングルームで寛いでいる。深夜の運転は予想以上に疲れるのだ。安西さんとツバサちゃんも疲れたことだろう。
俺は安西さんにこの部屋のことを説明した。
「信じてもらえないかもしれないが、実は最初からここに匿うつもりで一か月かけて準備を整えていた。なので、必要物資や食料は揃っているはずだ。もしも足りないものがあれば、このスマホで連絡してくれ。俺の携帯番号のみを登録しているからな。ただ、俺以外、例えば妹さんに電話することや、外を出歩くことはしばらくの間は避けて欲しい」
ツバサちゃんが質問してきた。
「崖から転落させて事故死って筋書きじゃなかったの?」
「俺にも監視が付いていてな。ほら、ツバサちゃんが右手を潰したあいつだよ。やつの手前、めったなことは言えなくてな」
「加藤さんは御前様を裏切る形になっちゃって大丈夫なの?」
「心配してくれてありがとな。でも大丈夫だ。ツバサちゃんには負けたけど、そこらにいる男や普通の魔女さんに負けるつもりはないぞ」
そう、俺にはあまり御前様に対する忠誠心は無いのだ。あくまでも雇用主と労働者というドライな関係だな。
それに誰にも負ける気はしないってのも本当だ。ツバサちゃんには負けたけど、敗北したのは今世では初だったからね。
ここで安西さんが俺に向かって言った。
「ありがとうと言うのも変な話だけど、この件の担当者があなたで良かったわ。ツバサちゃんもありがとう。感謝します」
「いや結局のところ、僕は要らなかったみたいだけどね。まぁ、加藤さんが本当のことを言ってるのかは分からないけど」
ツバサちゃんがいなくても俺は安西さんを助けていたよ。信じてもらえないのは悲しいけどな。
だから、念のため言っておこう。
「俺は今まで人殺しだけは避けてきたからな。ツバサちゃんが見えない状態のときにナイフを投げた際も、あえて頭上に外したんだぜ。これも信じてもらえないかもしれないが」
忍びとしては甘すぎるってのは自覚してるんだけど、それが俺の性分なのだ。仕方ない。
ツバサちゃんがさらに質問してきた。
「あのときって、なんで分かったの?認識阻害は働いていたはずだけど」
「人の気配なんて、そうそう消せるもんじゃないからな。まぁあまり手の内をさらけ出したくはないから、この話はこれでおしまいだ。とにかく、この事態を一週間ほどで片付けるから、しばらくはここで待機していてくれ。あ、ツバサちゃんはどうする?都内に戻るなら車で送るが…」
ごまかすように強引に話を進めたよ。もう深夜だし、あまり長々と話していられない。
ツバサちゃんはここに留まるか、悩んでいたようだが、安西さんの言葉で帰宅することにしたようだ。
「私は大丈夫。ここまできたら、この人を信用するしかないからね。ツバサちゃんはモエに、私の妹に事情を説明してもらえるかしら。頼りっぱなしで悪いのだけど」
「それくらいお安い御用だよ。うん、そうだね、僕は家に帰るよ。加藤さん、送ってくれる?」
それこそお安い御用だ。どこに住んでいるのかは知らないが…。
俺はツバサちゃんに返答した。
「おお、ここからなら都内まで車で2時間ってところだな。住所さえ教えてもらえれば、あとは助手席で寝てても良いぞ」
これを聞いたツバサちゃんは、また子供っぽいところを見せたよ。
「敵の隣で寝れるわけないじゃん。馬鹿なの?殺すよ」
「口が悪い…」
思わず苦笑しながら呟いた俺だった。ちょっと微笑ましい。




