025 加藤ハヤト③
8Gの重力魔法は今の騒動で解除されたようだ。副隊長も逃げ去ったようで、気配は感じられない。
「ねえ、お兄さん。さっきのおっさんは誰?仲間かと思ったら、お兄さんに向かってナイフを投げたよね?」
女の子の質問にすぐに答えることはできない。ダメージが大き過ぎる。俺は深呼吸を繰り返して、脳に酸素を送り込む作業に没頭した。
「はぁはぁ、ちょっと息を整えるまで待ってくれ。ふー、もう良いぞ。さっきのやつは俺の部下で、かつ先輩だ」
「ああ、なんとなく関係性が分かっちゃったよ。お兄さんが邪魔なんだね?」
この子、すごいな。ほんの僅かな情報から真実に到達したよ。
「まぁ、そういうことだろうな。お嬢ちゃんの魔法で身動きが取れなくなっていた俺は恰好の獲物だったわけだ。まさに殺すには大チャンスだったからな」
「あの人、大丈夫なの?上司を殺そうとするなんて…」
「やつの言い分は予想できる。俺が捕虜になりそうだったから、やむなく口封じをすることにした…って感じだな」
ただ、やつは利き腕の手首から先を失ったことで、今後の部隊の任務からは外されることになるだろうな。馘首になるかどうかまでは分からんが…。ちなみに、労災がきかないってのが、どうにも世知辛い世界だよ。
俺は魔女の女の子に意向を聞いてみた。敗者は勝者に従うのが戦いの世界での流儀だしな。
「それよりも俺をどうする気だ?殺すか?それとも警察に突き出すか?もはや俺には抵抗する気力は無いぞ」
殺されることは無いだろうが、副隊長と同じような目に会わされる可能性はあるだろう。だとしても甘んじて受け入れるしかないが…。
すると女の子は安西さんに質問した。
「お姉さん、ハツミさんはどうしたい?このお兄さんに復讐したいほど酷い扱いをされたのなら、僕も復讐を手伝うよ」
ああ、一か月も監禁したのだ。恨まれても仕方ない。
俺は最悪の事態を覚悟したのだが、安西さんの発言は予想外だった。
「いえ、一か月間お風呂に入れなかったこと以外は全く不満は無かったわ。この人にはお姫様扱いしかされていないもの」
俺はこの時ほど自分の紳士的な振る舞いに感謝したことは無い。煩悩に負けて安西さんを襲わなかった過去の自分を褒めてやりたいよ。
俺は女の子と安西さんの二人に向かって言った。
「なぁ、一つ俺からも提案させてくれないか」
「何?提案って」
「安西さんを事故死させる。それでこの件は幕引きだ」
もちろん、俺の得意とする事故死の偽装だ。
女の子は眉間に皺を寄せて、詰るように発言した。
「はぁ?馬鹿なの?そんなこと、この僕が許すとでも?」
ああ、俺の言葉が足りなかったな。すぐに弁解するように言葉を続けた。
「いやいや、もちろん事故死したことにするだけで、実際に死ぬわけじゃない。偽装だよ、偽装。そうでもしないと、ずっと命を狙われ続けることになるからな」
女の子の眉間の皺は消えて、納得したような表情になった。
さらに俺は発言を続けた。
「身代わりの死体や新しい戸籍は俺が用意する。幸い、こちらの陣営で安西さんの顔を知っているのは俺だけだ。整形までは不要だろう。ただ、内部告発は諦めてもらうしかないがな。あと、仕事も失うことになるが…」
果たして受け入れてもらえるだろうか?俺がこの一件から退場したとしても、次は一番隊や二番隊が出動することになるから、結局のところ安西さんは消されることになってしまうだろう。
なんとか俺の提案を受け入れてもらいたいものだが…。
しばらく考えていた安西さんが結論を出した。
「分かったわ。その提案を呑みましょう。不正の糾弾は重要だけど、それ以上に私の周りの人に迷惑はかけられない。妹のモエやこのお嬢さんを巻き込んでまで意地を通し続けるのは、やはりちょっと間違っていると思うの。不正の告発については、また何か別の方法を考えましょう」
ああ、良かった。どうやら提案を受け入れてもらえたようで、ほっとしたよ。
てか、安西さんの正義感には脱帽だな。
「いや、それでも不正告発を諦めないのはちょっと尊敬するよ。じゃあ、三人でお互いに連絡先を交換するとしよう。お嬢ちゃんも良いよな?」
ここで女の子が俺にとっては聞かれたくない質問をしてきた。
「ねぇ、お嬢様や御前様って誰なの?」
「はっはっは、それはさすがに言えないな。多分、お嬢ちゃんも分かっているとは思うが、いわゆる上級国民ってやつさ。まぁ、知らないほうが身のためだな」
笑ってごまかしたが、内心では冷や汗が流れたよ。安西さんとのあの会話を聞かれていたのか…。油断も隙もねぇな。




