023 加藤ハヤト①
ここから7話ほど加藤氏の視点が続きます。
俺の名前は加藤ハヤト。転生者だ。
前世では女性経験の無いまま31歳で死んだため、記憶を持ったままこの世界に転生することができた。なお、前世の俺は身体が弱く、病院への入退院を繰り返していた。死因も病死になる。
まぁ、おかげで転生することができたのだが、そういう不遇な人生を歩んだ人間への救済措置なのかもしれないな、転生の仕組みってのは。
神様的な存在に、魔法のある世界で、かつ文明も発展しているところを希望したらこの世界に転生させてくれた。ところが、魔法を使いたいと思っていたのに、この世界で魔法を使えるのは女性だけらしい。がっくりしたよ。
でも、俺には魔法を察知して、それをかわすことができる能力が与えられたようだ。あと、転生者特典の無限倉庫も…。
俺の生まれた家は忍者の家系らしく、幼いころから忍びとしての体術訓練をやらされた。とても厳しい訓練だったが、俺としては自由に身体を動かせることが楽しくて、めきめきと上達していった。なにしろ、前世ではほぼ寝たきりだったからね。
現在の勤め先であるお屋敷に就職したのも、『忍び』としての繋がりからってことになる。
なお、執事としては序列第三位だが、裏仕事では一個の部隊を率いる隊長だ。三番隊だけどな。ちなみに、お屋敷には一番隊から五番隊まで五つの部隊が存在する。
コードネームは『ハヤブサ』だ。これは俺の本名であるハヤトが漢字で書くと『隼人』であることから、隼の一文字を取っている。
さて、今回俺の三番隊に与えられた任務は、ある女性の拉致と監禁だ。期間は一か月ほど。
簡単な任務だな。
一応、将来的には解放する予定なので、丁重にもてなす必要がある。部下たちには監禁場所の警備のみを行わせ、俺だけがその女性と接触するようにした。不心得な部下はいないはずだが、念のためだ。つまりは、虐待を防ぐための措置だな。
ただ、もしもの時のために、この女性を匿う準備も並行して進めておこう。殺害指令が出る恐れもあるからね。
俺は要人暗殺任務であろうが、それを実際に成したことは無い。現代の忍びってのはそんなものだ。おかげで、死亡を偽装することだけは大得意になってしまったよ。まぁ、嬉々として暗殺を実行するサイコパスなやつらもいるけどな。
そして、その懸念は現実のものになってしまった。御前様からその女性の暗殺指令が出たのだ。もちろん、『殺せ』などという直接的な表現は無いよ。『儂や孫娘の目に触れないようにせよ』という表現だ。ならば、事故死を偽装し、戸籍を変えてから、観光地でもない日本海側の地方都市に住まわせれば良いだろう。
こうして俺はある日の真夜中、自分の車で監禁場所である別荘へと向かった。
地下室は十畳ほどの広さで、快適に生活できるように家財道具を整えている。なお、トイレはあるが風呂は無い。でも水道は完備しているし、お湯も出せるので自分自身で清拭はできるだろう。
「やあ、遅い時間に失礼するよ。体調は大丈夫かい?」
「体調は良いけど、精神的には最悪よ。早く私を解放しなさい。それとも殺せとでも言われたのかしら」
この女性の名前は安西ハツミ。27歳の美人さんだ。気の強い女性で、正義感も強い。個人的には嫌いじゃないな。
「この一か月間で書類上の証拠隠滅と製品の闇回収はなんとか完了した。これで君を解放しても問題は無くなったよ。もはや君が何を主張しようが、証拠が何も残っていない以上、無駄になるだけだ。どうする?警察やマスコミに訴えるかね?」
問題のある製品は発表前の新型であり、サンプル品が十数台出回っていただけだ。したがって、こっそりと回収する作業、いわゆる闇回収はスムーズに進めることができたよ。
この俺の発言に安西さんは強気の発言を曲げなかった。
「魔法阻害装置に関しての不正は絶対に見逃せない。信じてもらえなくても世間に訴え出るわ」
なんという心の強さだろう。普通、一か月も監禁されれば少しは弱気になるものだろうに。
「それは困るな。証拠は無くても風評被害というものは生じる。せっかく解放してあげようと思ったのに、それを棒に振るつもりかい?」
まぁ、実際は解放できない事情が生じているんだけど…。
続けて、俺は言った。
「ただなぁ、この件に関しては、実はお嬢様がお怒りでなぁ。御前様も孫娘のご機嫌をとるために、君をこの世から消し去る決定を下されたってわけだ。上げて落とすのは申し訳ないが、君にはここで死んでもらわないといけなくなったよ。いや、俺としても非常に不本意ではあるが、宮仕えの身としては仕方ない。恨まないでくれよ」
安西さんの顔が絶望の色に染まった。いや、俺としては殺すつもりは無いんだけど、俺のことを監視している三番隊の副隊長の気配がするから、こう言わざるを得ない。
そして、事故死の筋書きを述べた。
「では登山中に遭難して、一か月ほど山中を彷徨ったが、うっかり崖から転落して死亡したという筋書きで君には死んでもらうから、一緒に来てくれたまえ」
この山中で副隊長の尾行をまくつもりだ。




