022 魅了
とりあえず、リビングルームに出しっぱなしの2地点間座標接続装置を無限倉庫に収納した。これを加藤さんに見られるわけにはいかないからね。
そうこうしているうちに美女先輩も到着したので、僕は加藤さんのスマホに電話をかけて、部屋まで来てもらった。
「皆さん、はじめまして。加藤と申します。この度は我が主の我儘によって、色々とご迷惑をおかけしております」
何、この殊勝な態度…。皆も困ってるよ。だって敵だし…。
「加藤さん、とりあえずは中に入ってよ。…って、家主は僕じゃないんだけど」
「それではお邪魔致します」
応接セットのソファやダイニングテーブルの椅子に分散して、現在六人がこの部屋の中にいる。
まずは拉致被害者である安西ハツミさんの妹さんである安西モエさん。この部屋の主だね。応接セットの一人掛けの椅子に座っている。
その対面に加藤さんが三人掛けのソファの端っこに座り、隣には僕が座っている。加藤さんが何かしら不穏な動きをしたら、すぐに抑え込めるようにね。
美女先輩とユカリさん、マユミさんの三人は応接セットから少し離れた位置にあるダイニングテーブルのほうに座っている。
「まずは自己紹介から始めさせて頂きます。私は加藤ハヤブサと申します」
「って、戦闘隊かよ!」
おっと、思わずツッコミを入れてしまった。『加藤隼戦闘隊』という有名な軍歌があったからね。
てか、加藤さんが目を見開いて僕のことを見ているよ。話の腰を折ってすみませんでしたね。そんな怒らんでもええやん。
「ええっと、今回の拉致・監禁事件の顛末と、その収拾の方法をお話し致します」
ここから加藤さんの長い話が始まった。
要約すると、
・ハツミさんの勤めている会社が製造している魔法阻害装置は、今度新型が発表される。
・その新型はある特定の魔法のみ、魔法発動を阻害しないように設計されていた。
・ある権力者の関係者にその『特定の魔法』技能を持つ人が存在する。
・最初はハツミさんを軟禁している間に証拠隠滅を図って、それが終われば解放するつもりだった。
・権力者の関係者(多分、お嬢様?)が激怒したため、ハツミさんをこの世から消すことになり、事故死に偽装することになった。
・そこへ僕が現れ、加藤さんの提案『死んだことに偽装する』という作戦を実行することになった。←今ここ
「それで姉は今どこに?」
モエさんの質問に加藤さんが答えた。
「ハツミさんの安全のため、それはお教えできません。戸籍を変えて新しい住所に落ち着いたら、それ以降は電話で話すことも直接会うこともできるようになりますので…」
なるほど。証人保護プログラムみたいだな。
なお、すでにこの場には『重力範囲』を1Gで発動しているため、美女先輩の読心魔法も発動できているはずだ。加藤さんの言ってることは本当なのかな?
僕はダイニングテーブルのほうからこちらを見ている美女先輩の顔を確認すると、先輩はゆっくりと顔を横に振った。あれ?心を読めていないの?
加藤さんは話をしているときって、なぜか身体をゆらゆら揺らしていたけど、単なる癖なのかと思っていた。まさか、読心魔法の『タゲを外して』いる?
ちなみに、タゲとはターゲットのことで標的とか的のことね。『タゲを外す』ってのは、標的にされた状態をかわすって意味合いだよ。
僕も加藤さんに質問してみた。
「ねぇ、加藤さん。権力者の関係者ってのが例のお嬢様だよね。いったい、何の魔法が使える魔女さんなの?」
「うーん、君たち女性には影響ないんだが、男性には効果抜群の魔法だよ。歴史的にも数人しか存在していない傾国の魔女だな」
「それって、まさか」
ユカリさんには心当たりがあるみたいだ。
「楊貴妃やクレオパトラなんかも持っていたと言われている魅了魔法ではないかしら?」
え?それって相当やばい魔法なのでは?まさに複数の男性権力者を魅了しちゃって、好き勝手やって国を傾かせるやつじゃん。
「正解ですよ、透視の魔女さん。いえ、有村ユカリさん」
「え?なんで私のことを知ってるの?自己紹介してないのに…」
「この場にいる全員のことを知っていますよ。そちらの方は認識阻害の魔女である江藤マユミさん。さっきから私に魔法をかけようとしてきている方が読心の魔女、尾錠サヤカさんですよね」
「あ、僕は何も教えてないからね。この人、異常なんだよ」
僕は念のため言い訳しておいた。てか、美女先輩の読心魔法を察知しているってことは、無意識じゃなく意識的に魔法をかわしていたってことになるね。ちょっと規格外過ぎない?チートだよ、チート。
「まさか加藤さんも魅了をかけられているの?」
「ツバサちゃん、俺に魔法は通用しないよ。ツバサちゃんの持つ範囲魔法みたいなのは防げないけどな」
魅了の魔女であるお嬢様は、不特定多数を魅了する範囲魔法みたいなのは発動できないのかな?まぁ、加藤さんが魅了されていないってことはできないんだろうな。うん、良かったよ。
ここで加藤さんは立ち上がって、美女先輩たち三人のほうを向いて言った。
「できればあまり首を突っ込まないで頂きたい。俺の所属する組織は本当に危険なんだよ。君たちのような美人さんが酷い目に会うのは見たくないんだ。よろしく頼む」
銀縁眼鏡のインテリっぽいイケメン執事である加藤さんの『美人さん』発言は威力抜群だ。三人とも顔を赤らめているじゃん。いや、これって魅了じゃないの?




