021 有休
眠りについたのは午前3時過ぎだったけど、午前9時にはすっきりと目覚めることができたよ。
遅い朝食を摂ってから、会社に電話をかけて有休を申請した。美女先輩がすでに伝えておいてくれたのだろう、問題なく受理されたよ。
出かける準備を整えて、加藤さんの来訪を待つ。僕の家から安西モエさんのマンションまでは電車で小一時間ほどかかるんだけど、車だとどれくらいの時間になるか分からない。だって運転免許も車も持っていないし…。なので、加藤さんには11時に来てもらうことにしている。
チャイムが鳴ったのでドアスコープを確認すると、加藤さんが立っているのが見えた。すぐにドアを開けて僕は言った。
「おはよう。20秒待ってて」
僕は窓の施錠や火の元を確認してから、きっちり20秒後に再度ドアを開けて部屋を出た。
「ツバサちゃん、おはよう。まぁ、もう昼だけどな。それより『20秒待て』と言われて、20秒後にドアが開くとは思わなかったぞ。俺は20分くらいは待つつもりだったからな」
「いや、加藤さんの今まで付き合ってきた彼女さんって、どんだけ酷いんだよ。女王様かよ」
…って、思わずツッコミを入れてしまった。あれ?これってボケだよね?
加藤さんは僕を車に乗せると、行先も聞かずに走り出した。
「あれ?昨日、僕は安西モエさんのマンションの住所を言ったっけ?」
「ん?いや、聞いてないぞ。まぁ、拉致対象者の家族の住所くらい把握しておくのは常識だろう?」
「どこの世界の常識だよ。怖いよ」
やはりヤバいやつだ、こいつ。
「ちなみに、昨日の夜の来訪者については今朝報告を受けたんだが、尾錠サヤカ嬢、有村ユカリ嬢、江藤マユミ嬢、そして君が安西モエさんの家に入ったのは確認できている。ただ、君がどうやって山奥の別荘に現れたのかは謎だがな」
「怖っ!ストーカーかよ。てか、妹のモエさんまで監視してるなんて、加藤さんの所属している組織って、どんだけ大きいんだよ」
「まぁ、一般人には想像もつかないような世界だよ。だから、君たちがうちと敵対するのは止めたほうが良いとだけ忠告しておこう」
まじかよ…。たった四人で対抗できるようなところじゃないってことか。
でも、これだけは言っておこう。
「僕の中の正義に反するような行為をしたら、躊躇なく敵対するつもりだから…。覚えておいてね」
ちょうど信号機が赤になって停車していたんだけど、加藤さんは僕の顔をまじまじと見て、感心したように言った。
「俺も同じだよ。俺の中の正義がツバサちゃんの正義とあまりかけ離れていないことに期待しておこう」
ふむ、加藤さんって、悪の組織の中の『良心』なのかもしれないね。ハツミさんを助けようともしていたし…。
モエさんのマンションには12時半過ぎに到着した。
約束した時間は13時過ぎなので、少し早いけど良いよね。
駐車場に停めた車の中で加藤さんには待っていてもらい、とりあえず僕だけが部屋を訪問した。
ドアが開くと、いきなりモエさんに抱きつかれたよ。
「無事で良かった。電話である程度は聞いたけど、危険な目に会ったんでしょう?私の姉のために本当にごめんなさい」
奥からはユカリさんとマユミさんも姿を現し、僕に言った。
「ツバサちゃん、おかえりなさい。透視が的中していて良かったわ」
「つつちゃん、私は別に心配していなかったわよ。なにしろ私のかけた認識阻害があったからね」
「モエさん、ハツミさんは無事だから安心してね。ユカリさん、透視はばっちりビンゴだったよ。マユミさん、認識阻害が無かったらここまでうまくいかなかったよ。あ、美女先輩は?」
美女先輩の姿が見えないけど、まだ会社かな?早退するって言ってたけど…。
ユカリさんが答えてくれた。
「サヤカさんは13時くらいに来れるそうよ」
「だったらちょうど良い時間だね。あと、ゲストをもう一人招きたいんだけど良いかな?」
そう、加藤さんから今回の一件についての話をしてもらうのは、まだ誰にも言っていないんだよね。
「ゲスト?その方って今回の監禁事件に関係している人?」
モエさんの言葉に僕は頷いた。
「拉致・監禁の実行犯で男性だよ。あ、捕虜にしたわけじゃないよ。どちらかと言うと、共闘関係にある人かな?」
「「「???」」」
三人とも訳が分からないって表情になっているよ。ま、当然か。加藤さんの存在は僕にもよく分からないよ。




