002 制圧
表が騒がしくなってきた。どうやらパトカーが到着したみたいだ。出入口のシャッターが閉まっているせいで、よく分かんないけど…。
突然カウンターの中にある電話機が呼び出し音を鳴らし始めた。
Aが銀行員の女性に電話に出るように言った。
「解放した奴らから聞いて、こっちの現状はある程度は分かっているだろうが、余計なことはしゃべるなよ。あと全員に聞こえるようにスピーカーにしろ」
怯える女性行員は震える手で受話器を取って、スピーカーフォンに切り替えたあと、電話をかけてきた相手に返答した。
「はい」
『こちらは警察です。強盗事件が発生しているとの通報がありまして、そちらの状況を確認させてください』
ここでAが通話に割り込んだ。
「俺達は人質をとっている。要求は二つ。一つは現金で3億円を支払うこと。もう一つは逃走用の車を用意することだ。ちなみに、期限は一時間後だ」
『人質は無事なのか?危害を加えてはいないだろうな?』
「今のところは無事だ。お前らの対応が遅れると、無事じゃなくなるかもしれんがな」
そう言うとAはすぐに通話を切った。
裏口のドアに内側から鍵をかけて、そのあと重いロッカーなんかをドアを塞ぐように移動させていたBとCがAのもとへ戻ってきた。
強盗三人がかたまった状態となり、半径2メートルの円の中に入ったのを確認した僕は、魔法を発動した。
BとCが手にしていた拳銃が床に落ちてゴトッという音をたてた。Aは頑張っているようだけど、銃口は下がっている。
本来の地球の重力(1G)の5倍である5Gが、半径2メートルの円内にかかっているんだよ。奴らの持っている拳銃の名前は分からないけど、リボルバーじゃなくてオートマチックみたいだから多分900gくらいの重さだよね。その5倍の4.5kgがいきなり手首にかかったわけだから取り落とすのも無理はない。
あと、自分自身の体重も5倍に感じているはずだ。歩くのはもちろん、立っているのもツラいだろう。
ちなみに、ジェットコースターでも一瞬だったら5Gくらいはかかるらしいけど、継続的に5Gを体感するのは大変だと思うよ。
30秒も経つと、強盗たちは三人とも四つん這いになって、重力に必死に耐えているという状態になった。
僕は効果範囲内に入ると3丁の拳銃を回収し、魔法の発動を停止した。
強盗たちは、ほっとしたようにそのままうつぶせになって手足を伸ばして倒れている。
ちなみに、僕自身の身体に魔法の影響は及ばないよ。回収するときの拳銃はめっちゃ重かったけどね。
「つつちゃん、今のは魔法?いえ、銀行の中では魔法は使えないはずよね?」
美女先輩が半信半疑といった表情で僕に問いかけてきた。つつちゃんってのは、彼女が僕のことを呼ぶときのあだ名ね。
「美女先輩、あと他の方たちも今のは見なかったことにしてもらえませんか?別に法に触れるわけじゃないので」
銀行内に限らず重要施設内では、魔法の発動を阻害するような機器が常時作動しているのだ。たとえ停電になっても、無停電電源装置や自家発電装置で魔法阻害装置の常時稼働は担保されてるよ。だからなのか、法律による魔法行使の規制は特に行われていない。100%無理だから…。
「そうね。恩人の言葉だもの。守るべきだと私は思うわ。皆さんもできれば内緒にして欲しいのだけど。あと、私は美女先輩じゃなく、尾錠だから」
「ありがとです、美女先輩」
さて、それじゃあとは強盗たちの対処だね。
僕は拳銃の安全装置をはずして、銃口を強盗たちに向けながら言った。
「とりあえず顔を見せてもらおうかな」
右手に拳銃を持ったまま左手で強盗たちの覆面をはぎ取っていったんだけど、驚いたことに三人とも泣いていた。え?そんなにツラかったの?泣くほどか?
Aは中年男性でそれほど悪人には見えない。Bはまだ少年と言っていいくらいの容姿で、Cは笑っていれば優しいお兄さんといった感じだ。今は泣いてるけど…。
「もうおしまいだ。ああ、メグミ…。お前を助けられなかったよ」
「姉ちゃん、ごめんよ」
AとBが嘆いているけど、いったいどうなってるの?あと、Cの声をまだ聞いていないよ。
「おじさん、この強盗って何か理由があってやったの?」
「俺のスマホを見てくれ。昨日メールで動画が送られてきてな。今日の夕方までに3億円を用意しないと、娘のメグミを酷い目に合わせるという脅迫だ。どうやら娘は誘拐されたようなんだ」
「この拳銃はどうしたの?」
「今朝、宅配便で送られてきた。おそらく誘拐犯からだと思う」
「なぜ警察に通報しなかったの?」
「動画を見てもらえば分かる」
僕はロック解除されたAのスマホを受け取って、動画を確認してみた。そこには胸糞が悪くなるような内容が録画されていた。