017 回避
僕は男に対して『重力子攻撃』を発動した。対象にしたのは男の左目だ。
ところが、驚いたことにこの男、素早いサイドステップで僕の狙いを外しやがった。二度三度と試してみたけど、どうしても何もない空間に魔法を発動してしまう。
安西ハツミさんは、いきなりナイフを投げたかと思ったら、そのあと反復横跳びを繰り返す男に驚いているよ。てか、僕もビックリだよ。なんで分かるの?
「ああ、もう!お兄さん、うざいよ。うざすぎる!」
あ、ついポロっと愚痴をこぼしてしまった。ちなみに、見た目的に20代半ばくらいの年齢だったので『お兄さん』と呼んでみた。『おじさん』ってほどの歳には見えない。さらにどうでも良いけど、銀縁眼鏡をかけた知的な感じのイケメンだ。
「お嬢ちゃん、気配は感じていたけど、透明化か認識阻害の魔女さんかな?」
声を発したことでマユミさんにかけてもらった認識阻害の効果が切れてしまった。…ってことで、僕は今、二人の前に姿を現している。男はあまり驚いていないように見えるけど、ハツミさんは突然現れた僕に驚愕の表情を浮かべているね。いや、それが普通の反応だよ。この男が異常なだけだから…。
「こんばんは。あなたの妹さんに頼まれて助けに来たよ」
僕はハツミさんに話しかけた。
「え?モエから?あの子は無事なのね?良かった。私のせいであの子まで拉致されたのではないかと心配していたの」
妹思いの良いお姉さんだな。
男を無視して会話していたハツミさんと僕だったんだけど、ここで男も会話に割り込んできた。
「あー、お嬢ちゃんが何者かはどうでも良いんだけど、安西さんと一緒に死んでもらうことになってしまったよ。良いよね?」
「良いわけあるか!てか、良いよって答えるやつがいるんかい!いたら自殺志願者だよ」
思わずツッコミを入れてしまったよ。だってボケにはツッコんであげないと、この男も寂しいだろうし…。
「良いね、その反応。でもさっき俺の顔に何度も魔法で攻撃しようとしたよね?一発も当たらなかったとはいえ、ちょっと傷ついちゃったよ、心が」
「いや、なんで察知できるの?特異体質?」
「うーん、手の内は明かせないなぁ。だってお嬢ちゃんは俺の敵でしょ?てか、それよりもこの場所って魔法阻害装置の有効範囲内なんだけど、どうやって魔法を発動してるのか、そのほうが気になるよね」
「ふふふ、それこそ言えないよ。どうも僕の魔法はかわされてしまうみたいだから、魔法無しで戦おうか。お兄さんの体術と僕の空手、どっちが上か勝負だね」
ナイフの投擲術と身のこなしから、何となく忍びっぽいお兄さんなんだけど果たしてどうなんだろ?今の時代に忍者なんているのかな?
あ、ちなみに魔法無しで戦うつもりなんて毛頭ないよ。体格が違い過ぎるし、勝てそうにないもん。
僕は左手を前に出し、右手を腰のあたりに置いた空手の構えをとった。そして間髪入れず、『重力子攻撃』を発動した。まぁ、かわされるだろうけどね。
「うぐぉ…、なんだ身体が重くなって…。てか、魔法無しって嘘かよ。ま、まぁ、当然か。俺でもそうするしな。うぐっ…」
『重力子攻撃』については、華麗なサイドステップでかわされてしまったんだけど問題ない。その理由は、着地した場所から50cmくらい離れた位置に『重力範囲』を速攻で発動したから…。お兄さんを対象にすると察知されるみたいだけど、範囲魔法なら有効かな?って思ったんだよね。最初の『重力子攻撃』は、念のための保険ってことね。
でも本当は『重力範囲』を使いたくはなかったよ。なぜなら、これで安西モエさんの部屋に発動していた『重力範囲』が解除されてしまったから…。要は同時に複数の地点に『重力範囲』を置くことができないんだよね。
これで2地点間座標接続装置で帰ることができなくなっちゃったよ。電車賃は持ってるけど、帰るのに少し時間がかかることになるな。
「どうかな?重力の8倍、8Gの威力は?すぐに脳に血液が届かなくなって、いわゆるブラックアウトすることになるよ。ほら、もう目の前が真っ暗になってきたんじゃない?」
「ぐっ…。な、なんて魔女だ。悪魔かよ」
じりじりと少しずつ魔法の影響範囲から逃れようと動き続けているお兄さんは、敵ながら天晴だ。でもまぁ、気絶するまでは時間の問題だな。
…っと、そのとき部屋の出入口に男(見た目は無精ひげのおっさん)が現れた。僕のほうを向いてナイフを投げようとしている。やばっ!避けられないかも…。
で、おっさんがナイフを投げたんだけど、そのナイフはなんと僕ではなくお兄さんのほうへ飛んでいった。へ?仲間じゃないの?
ただ、ナイフはお兄さんの1メートル手前で下向きのベクトル(8Gの重力加速度)が加えられたため、お兄さんの足元の床に突き刺さった。
驚いた様子のおっさんに向けて『重力子攻撃』を発動した。対象はナイフを投げた右手だ。いや、どう見ても敵であることには間違いないし…。
くしゃくしゃっと収縮した右手の先は激痛に襲われていることだろう。あ、実は痛いのかどうかは知らんけど…。だって体験したことないもん。
おっさんは左手で右手首を握って痛みをこらえている素振りを見せていたけど、すぐに踵を返していなくなった。逃げたな。
『重力範囲』については、維持し続ける集中力が途切れたため、魔法は解除されている。ただ、お兄さんは体力を消耗し尽くしたのか、床に座り込んでいるね。
えっと、僕らも逃げて良いのかな?




