126 登山②
「お見事です。きみは津慈ツバサ君ですね?」
突然、登山道の途中に人影が現れ、僕に話しかけてきた。てか、あの位置って多分崖の先、つまり空中だよな。ちょうどさっき投げた小石が消えたところだ。
そこに実体が存在しないことは分かってるんだけど、声は紛れもなくその幻の男から聞こえてくる。
長身で髪型をオールバックにした執事っぽい男性だった。
「おじさんが今回の暗殺者ってことで良いのかな?」
「ええ、私は七宝コウジンと申します。七つの宝と書いて七宝です。『しっぽう』ではございませんので、お間違えのなきよう」
隣でレイコちゃんがぼそっと呟いた。
「七宝って、まさか果心居士なんて言わないわよね。いえ、あの幻術士は戦国時代の人間のはず…」
言葉の意味は分からなかったけど、レイコちゃんがこの男を最大級に警戒してるのは雰囲気で分かったよ。
「いずれにせよ、皆様にはここで事故死していただく予定でございます。私が姿を見せたのは、死にゆく皆様への餞別とでもお思いいただければ…」
ここで僕は、七宝氏の左目を狙って重力子攻撃を発動してみた。そこには実体が無いことは予測していたので、あくまでも試してみただけなんだけど。
そして予想通り、目を潰されて苦しむ様子もなく、徐々に姿が薄くなり空気に溶け込むようにして消えていった。
ただ、七宝氏は消えても、風景は幻の登山道のままだ。
どうやって術を破れば良いんだよ…。このままじゃ全く身動きが取れないよ。
「レイコお嬢様、アスミお嬢様、大事ございませんか?ツバサちゃん、大丈夫だったか?」
崖と反対方向と思われる方向から姿を現したのは加藤さんだった。遅いよ、今までどこにいたんだよ。
「ゆっくりこちらへ移動してきてください。慌てて走ったりしないように」
三条さんと僕が加藤さんのほうへ歩き出そうとするのをレイコちゃんが止めた。
「待って。あの加藤さんが幻ではないと、何らかの形で証明できない限り動けないわ。そうね、加藤さんに質問します。あなたの本名とコードネームを教えてちょうだい」
「かしこまりました。本名は『加藤ハヤト』。コードネームは『ハヤブサ』でございます」
おっと、加藤さんの名前は『加藤ハヤブサ』だとばかり思っていたよ。加藤隼戦闘隊…。
「ふぅ、九条家の隠密部隊員がたとえ主人からの命令であったとしても、その本名を明かすわけないじゃない。そこにいる加藤さんは幻影か敵のどちらかね。と言うか、私も加藤さんの本名を知らないんだから、本当かどうか確かめようがないんだけど…」
この言葉を聞いた瞬間、加藤さんの姿がさっきの七宝氏に変わった。
「くっくっく、さすがは高月レイコ様。やはりあなた様だけは確実に亡き者にしておくべきですね」
僕は七宝氏を中心に8Gの重力範囲を発動させた。しかし、七宝氏の表情に何の変化も無い。やはり幻か…。
なんとか幻影を見破る方法は無いものか…。てか、本物の加藤さんはどこにいるんだよ。さぼってんじゃねぇよ、まったく…。




