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125 登山①

 今日は5月上旬にある連休の中の一日だ。天候はまさに行楽日和(こうらくびより)って感じで、晴れた空に薄く雲がたなびいている。

 そして今、僕の10メートルくらい先に二人の登山者が歩いている。二人ともしっかりと装備を整えていて、山をなめた感じは全く無い。

 どちらも帽子を目深(まぶか)にかぶっているんだけど、美しい顔立ちを隠せていないみたいで、すれ違う他の登山者が例外なく二人のことを二度見していく。ちょっと面白い。

 なお、一人は時折振り返っては後方を確認しているんだけど、尾行している僕の姿は全く見えていないはずだ。正確に言えば、見えているのに脳が認識できないというべきか…。

 さらにこの周辺には、前方の二人だけでなく(僕にも見つけられないような)高度な隠密性を発揮している男性がいるはずだ。少なくとも一人はね。


 要するに前方の二人って、レイコちゃん(高月レイコ)と三条さん(九条アスミ)で、隠れている男性とは加藤さんのことだ。

 九条レイカさんの指示でレイコちゃんを登山に誘い出した三条さんは、実は僕たちの味方なのだ。で、後方を気にしているのがこの三条さんなんだけど、ちょっと振り返り過ぎです。目立つからもっと自然な感じで歩いて欲しい。

 『高月レイコ暗殺計画』の実行犯もこの山には潜んでいるはずなんだけど、どのあたりで仕掛けてくるのかは全く分からない。三条さんは具体的な暗殺方法については教えてもらえなかったらしいからね。


 整備された登山道を談笑しながらゆっくりと登る二人。連休なだけあって他の登山者も多いため、今のところ危険な感じは全く無い。

 山の中腹に差し掛かったくらいだろうか、本来の登山道とは別に右側に()れる小道が現れた。そしてなぜか二人は躊躇(ちゅうちょ)なくその側道に入っていった。あれ?おかしいな。お花を()みたくなったとか?

 ちょうど周囲には他の登山者は見当たらず、二人がおかしな方向へ行くのを(とが)める人はいなかった。

 声をかけて呼び戻すべきだろうか?でも、声を出すと『認識阻害』が解除されちゃうんだよな…。

 僕は悩みつつも、仕方なく二人を追って側道へと足を踏み入れた。


 そこは整備された登山道とは異なり、かなりでこぼこした未整備の獣道(けものみち)(っぽい道)で歩きにくい。なぜか前方を歩く二人とも、すいすい進んでいくんだけどね。

 …っと木々が開けて見通しの良い場所へ出た。そのまま進むと崖を転落するんじゃないかって感じの場所だ。

 当然黙っていられず、僕は二人に声をかけた。

「そこで止まって!」

 制止の声が聞こえたのだろう。二人は歩くのをやめてその場に立ち止まり、僕のほうへと振り返った。てか、あと1メートルくらいで崖下に落ちるような位置だった。


 声を発したことで僕にかけられた認識阻害の効果が切れたんだけど、その瞬間、僕の目の前には通常の登山道が広がっていた。へ?ワープした?いやいや、レイコちゃんと三条さんは依然として僕の目の前にいる。

 …ということは三人同時にワープしたのか、それとも僕が見ているものが幻なのか…。

 とにかく、小走りで二人のもとへ近づいた。おそらく三人一緒に固まっていたほうが安全だろう。

「どうしたの?ツバサちゃん」

「津慈ちゃん、何かあった?」

 レイコちゃんと三条さんから順番に問いかけられたけど、僕にも状況がいまいち把握できていない。

「目の前に崖があって、二人が落ちそうになっていたから止めたんだよ」

「崖なんて無いわよ。どう見ても普通の登山道なんだけど…」

「いや、確かに崖があったんだよ。そうだ!」

 僕は足下にあった直径3センチくらいの石を拾って、それを崖があったと(おぼ)しき1メートル先へ放り投げた。

 石は一度バウンドしたんだけど、二度目は跳ね返らずそのままフッと消失した。うぉ!消えたよ。これって多分崖下に落ちたってことじゃないの?


 レイコちゃんが目を見開きながら、それでも冷静な口調で言った。

「石が消えたということは、そこには地面が無いってことでしょうね。要するに、私たちは(いつわ)りの登山道を見せられているってことね」

 三条さんが震えながらも僕に問いかけてきた。

「ねぇ津慈ちゃん、これってもしかして私も一緒に殺される予定だったってことかしら?」

「多分ね。だって九条家の後継者はできるだけ少ないほうが良いだろうし…」

 三条さんは両手で自分自身の身体を抱きすくめるかのようにして震えていた。てか何、この可愛い女性は…。庇護(ひご)欲をかきたてられるな。


「きっと崖からの転落死を狙ったんだろうね。自殺か事故死で処理できるように」

「そうね。ツバサちゃんのおかげで助かったわ。ありがとう」

「そのために来たんだから当然だよ。ただ、僕にも術がかかってしまったみたいで、正しい道が分からなくなっちゃったよ。それが痛いな」

「ええ、これで安易に動けなくなったわね。一歩先が崖って可能性もあるし…。どうしましょう?」

「さっきみたいに小石を投げて確認しながら歩いていくしかないかな?ただ小石の跳ね返りすら嘘の光景を見せられる可能性もあるんだよね」

 そう、さっきの石投げは暗殺者が突然のことで対処できなかっただけで、再度石を投げたときの状況が本当の光景になるとは思えないんだよね。石のバウンドすら幻かもしれないってこと。

 催眠術か何なのか知らないけど、目の前にある光景が信用できないってことほど厄介なものはないよ。

 暗殺者を見つけて術を解除させれば解決するんだけど、そいつを見つけることすら困難なんだよね。いったいどうすりゃ良いんだ?


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