104 総務部の新人①
僕の勤める会社は中堅どころのシステム開発会社なんだけど、開発部の若手である僕は上司のお使いで総務部や経理部に顔を出すことも多い。
今日も総務部に書類を提出しに来たんだけど、今まで見たことのない新しい人が総務の席に座っていた。
「津慈ちゃん、こちらはうちの部の新人で三条さん。中途採用だけど真面目な良い人よ。よろしくね」
総務部のお局様と言っても過言ではない大ベテランの女性から紹介された三条さんは、ゆるいウェーブのかかった柔らかそうな髪質の髪を腰くらいまで伸ばした、ほっそりとした体型のめっちゃ美人さんだった。ちょっと見惚れちゃったよ。
「この子は開発部の津慈ちゃん。中学生みたいだけどちゃんとした成人女性だから」
「三条アスカと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
声も鈴を鳴らすようで可愛いな。
「津慈です。こちらこそよろしくです」
どう見ても年下である僕に丁寧な言葉をかけてくれる三条さんは本当に良い人っぽい。僕の第一印象は最高評価だよ。
「まじうぜぇ。引きこもりがうちに入社すんなよ」
割と大きな声で発せられたセリフにこの場が凍りついた。誰に向かって言った言葉なのかは分からないけど、どう考えても三条さんに言ったみたいに聞こえたよ。
お局様は眉を顰め、三条さんは困ったような顔になっている。何これ?
そのセリフを発したのは自席で熱心に爪の手入れをしていた若い女性だった。彼女はうちの社長の姪であり、コネで入社したそうだ。そして自分は全く仕事をしないくせに、他人の文句ばかりを言うことで有名だ。まさに我が社の恥部だな。
直属の上司やお局様ですら文句を言えないのは、この厚化粧でギャルっぽい女を社長が溺愛しているからなんだよね。まじで何とかして。
今まで総務部には若い女性がこのギャルだけだったから、若い美人が入ってきて不満なんだろう。どう見ても容姿は三条さんのほうが上だし…。
僕と仲の良いお局様が三条さんと僕だけに聞こえるくらいの小さな声で言った。
「津慈ちゃん、もし良かったら三条さんをお昼ご飯にでも誘ってあげてもらえないかしら。この会社のことを色々と教えてあげて欲しんだけど」
「お安い御用だよ。んじゃ昼休みにまた来るから、三条さんもそれで良いかな?」
「津慈さん、ありがとうございます。嬉しいです」
にっこりと微笑む三条さんはまじ女神…。うちの部の美女先輩とタメを張るくらい可愛いよ。
そして昼休み。約束通り総務部を覗くと、ギャルが総務部のイケメンにしなだれかかっていた。ここはキャバクラですか?
イケメンはめっちゃ迷惑そうにしているんだけど、無下に突き放すこともできないみたいで耐え忍んでいた。僕はイケメンが嫌いだけど、あれにはちょっと同情したよ。
「三条さん、お昼に行こうよ」
「はい。お誘いありがとうございます」
三条さんと僕は連れ立って社員食堂に向かった。外食しても良いんだけど、まだ社食を使ったことが無いってことだったからね。今日のところは社食で食券の買い方とか教えてあげよう。
二人とも日替わり定食を頼んで、窓口のおばちゃんからトレイを受け取り空いている席を探した。ちょうど向かい合わせに二人分の席が空いていたので、そこに座ったよ。
「うちの社食は値段の割にはおいしいほうだと思うよ。会社の周りにも和洋中の飲食店が結構あるから、次はそっちに案内してあげるね。あと僕ってこの会社では先輩だけど、別にタメ口で良いからさ。てか、そのほうが嬉しいし」
「えっと、それじゃ私も津慈ちゃんって呼んでも良いかな?」
はにかみながら聞いてくる三条さん、まじ可愛らしい。
食事をしながら三条さんに色々と聞いてみると、大学を卒業してからは仕事もせずに実家でぶらぶらとしていて、アルバイトすらしたことが無かったそうだ。さらに三年間ほど引きこもりの生活を送っていたんだけど、一念発起して就職することにしたみたい。要するにニートってやつだね。
求人募集の出ていたうちの会社に採用されたんだけど、まだ試用期間ってことみたい。三か月後に正社員として採用されるかどうかが決まるってさ。
僕のほうも社長の姪に関する情報を三条さんに教えてあげた。触らぬ神に祟りなしってことをね。
あ、ただしもしも社内いじめなんかを受けた場合、すぐに僕に言ってくれるように伝えておいた。絶対にいじめは許さないよ、たとえ社長の姪であっても…。
ツバサちゃんの会社は九条グループではありません。
…ってことは三条アスカ(偽名)が入社したのは全くの偶然であり、コネは使っていないということです。




