001 プロローグ
僕の名前は津慈ツバサ。今、僕は非常に困った事態に陥っている。
現在地は銀行で、時刻は正午過ぎ。つまり、会社の昼休みに、銀行の現金自動預払機コーナーの長い列に並んでいたんだよ。
待ち行列が一本になるようにロープが張られた誘導路。その中ほどにいたんだけど、現金自動預払機は五台あるからすぐに自分の順番がやってくるだろうと思っていた。いわゆる『M/M/5』の待ち行列だ。あ、説明すると、来客間隔はランダムで、各人の現金自動預払機操作時間もまちまち、窓口(現金自動預払機)が5つで、行列が一本である場合、『M/M/5』と表記します。
どうでも良いけど、窓口ごとに行列を作る場合は『M/M/1』が5つあると考えるよ。これは待ち時間を計算するための待ち行列理論で使用する表記法だね。
…などと、どうでも良いことを考えているのは、現状があまりにも非日常的で、思わず現実逃避したくなったからだ。
そう、まさに非日常的…。人が一生のうちに一度も出会うことがないような事態に僕は直面している。銀行強盗だ。
この銀行の支店は、現金自動預払機コーナーと銀行員が応対するサービス窓口の間が繋がっているため、窓口側にいた人だけじゃなく、現金自動預払機コーナーの人まで巻き込まれてしまったのだ。
預金を引き出して、早く昼食に行かないと昼休みの時間が終わってしまうよ。本当についてない。
銀行強盗は三人組で二人は出入口を封鎖し、一人が窓口の人に金を要求している。三人とも覆面みたいなものをかぶっていて、なかなかコミカルだ。でも拳銃っぽいものを手にしているので、ちょっと怖い。玩具かもしれないけど…。
人質となっている人は僕も含めてかなりの数だ。なんで昼休みの時間に強盗なんかするかな?銀行員が10人くらい、お客さんが20人くらいいるよ。全員で一斉に飛びかかれば、戦力比10対1だから制圧できそうだけどね。
同じことを考えた人がいたのだろう。一人の若い男性が近くにいた一人の強盗に飛びかかった。いわゆる正義マンってやつかな?
驚いて見ているだけの僕たち(客と行員)だったんだけど、銃声が轟いたことで我に返った。先ほどの男性が腹部を両手で押さえて蹲っている。なんと、本物の銃だったみたい…。
「おい、なめた真似しやがると死ぬことになるぞ。いや、人質が多すぎるか…。少し減らしても良いな」
銀行員と交渉していたリーダー格っぽい男が言った。顔は見えないけど、声と体格から男と判断したんだけどね。まぁ、そんなことより撃たれた人は大丈夫かな?床の上に血だまりができているよ。はやく手当てしないと、本当に死んでしまうかもしれない。
ジリリリリ!
突然、非常ベルが鳴り響き、出入口のシャッターが下り始めた。銀行員の誰かが緊急通報ボタンでも押したのかな?
「チッ、面倒なことになりやがった。さっさとずらかるつもりだったが、仕方ねぇ。こりゃ籠城するしかねぇな」
リーダー格の男、ここでは便宜上Aと呼ぼう。そのAが言った。
二人の手下のうち、さっき拳銃を発砲したほうをBと呼ぶが、そいつがAに弁解した。こいつは小柄な体格なので、簡単に組み伏せやすそうだ。あくまでも銃を持っていなければ…だけど。
「ご、ごめん。撃つつもりはなかったんだけど…」
残る男(小太りで体当たりの威力が大きそうなやつ)をCとするけど、そいつは何もしゃべらない。覆面でその表情を窺うことができないためなんとも言えないけど、腹が減ったなぁ、お昼は何を食おうかなぁ?…って感じだ。知らんけど。
Aが銃を振り回しながら指示を出した。
「その怪我人を抱えて男どもは裏口から出ていけ。女どもはこの場に残れ。人質だ」
これを聞いた男性陣はホッとするとともに、この場に残されることになる女性たちを気遣うような複雑な表情を浮かべた。女性陣は先ほどよりもさらに絶望の表情になっている。
Aが僕に言った。
「おい、少年。お前もはやく出ていけや。それとも残りてぇのか?」
「誰が少年か。僕は歴とした成人女性だってぇの」
「お、おう。そいつはすまねぇな。…いや、なんか、すまん」
僕の容姿は中学生男子によく間違えられるんだけど、これでも21歳の立派な成人女性だよ。ショートヘアに小柄な体躯。身長は150cmくらいしかない。化粧っ気も無いので、間違えられるのも仕方ないっちゃ仕方ないけどね。
でも、我ながらちょっとした美少女だと思っていたから、少なからずショックだよ。ほんと失礼しちゃう。
他の女性の視線が物語っている。
(なんで男のふりをして出ていかなかったの?馬鹿なの?)
うん、ちょっと馬鹿なのかも。でも、人質となる女性たちが心配だからね。それに僕だったらなんとかできるかもしれないし…。
結局、銀行員のお姉さんが6人、客側が僕を含めて11人なので、合計17人の人質ってことになったよ。ちなみに、この中には僕と同じ会社の先輩(おっとりゆるふわ系美人で、優しくて、僕とも仲良し)もいて、強盗たちに狙われそうな美貌なのだ。だからこそ、僕も女性であることを自己申告して、ここに残ったんだけどね。
Aが僕たちを眺めまわしながら言った。
「おい、そいつとそいつ、あとそこの一団も出ていけ。価値のありそうな若いのだけ残すことにする」
おお、近所のおばちゃんやお婆ちゃんたちがあからさまにホッとした表情になったよ。指摘された女性たちの中には若い人もいたんだけど、めちゃくちゃ複雑そうな顔をしていた。そりゃ、そうか。価値が無いって言われたようなものだからね。
…で、最終的には銀行員3人、客が5人残された。客の中には僕もいるよ。あと、美女先輩も…。
「あー、とりあえず逃げられないように、お前ら全員、裸になってもらおうか。ほら、さっさと脱ぎやがれ」
銃で脅すAには逆らえず、人質全員がのろのろと服に手をかけ始めた。
僕はAに聞いてみた。
「全部脱ぐの?下着まで?おじさんたち、変態?」
中学生に見える女の子からの純粋な指摘にちょっとたじろぐ強盗たち…。
「うぐっ、下着は勘弁してやる。どうせお前はスポーツブラだろうがな」
うぐっ、Aの反撃の言葉が僕にクリティカルヒット…。HPはあとわずかだよ。
「おじさん、死にたいの?いつでも殺せるんだよ…ふふふ」
「何、言ってやがる。こっちは拳銃持ってるんだぞ。それに銃が無くても負ける気はしねぇな」
「それじゃあ、ちょっとバトルしてみる?おじさんは銃を使っても良いよ」
めっちゃ、あおってやった。
「いや、そんなことは良いから、言うとおりにしやがれ。俺はお前たちを傷つけたくない」
ん?銀行強盗にしては何か変だな。事情がありそうな感じもするけど、そんなことはどうでも良い。ちなみに、制圧するには機が熟していない。強盗三人の位置関係がなぁ。一ヶ所にかたまっていればすぐに制圧できるんだけど…。
仕方なく下着を残して服を脱いだ。なお、僕の名誉のために言っておくけど、スポーツブラじゃないよ。
どうでも良いけど、美女先輩の巨乳が強調されていて、目のやり場に困るよ。いや、どうでも良くは無いですね。