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5.私が生み出す価値

 ――このままでは、確実に殺られる。


 狼に踏みつけられ、潰される寸前にそう確信した私は、不思議と焦ってはいませんでした。

 諦めなのか、それとも数値(データ)に縛られた己の体が不自由だと悟ったからでしょうか。


 無事な頭部で、魔女を見上げれば……愉悦に満ちた表情と隣に拘束されたいるボロボロの少女が泣きそうにながら見つめていました。


「……ッ」


 瞬間、息が止まってしまいました。少女の瞳を見つめたその時、少女は私を……負けてしまって、助けられないと知っているはずの私をまだ、頼っていることに気づいてしまいました。それでも、私の体は動いてくれない。

 冷たく理知的な私の頭では、少女はここから助けられないと結論付けているから。

 私ではこの狼をどかすことも、退けることもできない。もし仮にできたとしても、あの魔女から少女を奪い返すことはできるのか、分からない。だから、何もせずこのままでいる。


 ……でも、それでいいのでしょうか? そんな、諦めた考え方は、今の私が思い至るには早過ぎる。それは、現実の私だけでいいはずです。ここは、データの世界。そして、私は何のためにこの地に降り立った。



 ――自由が、欲しかった。


 ――今まで何もかもを与えられて育ってきた私が、自由な身で何を生み出すことが出来るのか知りたかったから。


 ――だから、NPC……作られて役割を全うすることしかできない存在でも、命として殺すし、見捨てる。私がしたくない、やりたくないことはしない。


 ――でも、私がしたいことって……それはなに? 今まさに手に入れかけた存在を奪われる……それが私のしたかったことでしょうか?



「ち……がう――っ!」


 私がしたいのは、楽しむことです。初めてクエストをしたとき、望んで与えられることは嬉しかった。だから、クエストは好きになりました。嫌なことは拒否できるし、それでもしたいことの言い訳になりますから。

 だから、私は少女を助けるというクエストがでた瞬間に迷わず助けました。思考が入り込む隙もなく、一瞬で。

 そして、存在意義を失っていた彼女に役割を授けて、モノにしようとした時……私の中は満たされていました。皮肉にも手に入れるその時に、彼女という存在が欲しいと思ってしまいました。

 彼女を助けて、恩人としての〝価値〟が私の中から生まれました。それは、今までとは違う別物の〝価値〟。


 与えられた、外部から植え付けられた価値なんて比べるまでもない。それは、私から得たものではないから。でも、この少女から満たされたものは特別です。だって、私が手に入れた、私だけの〝価値〟です。

 私以外が何を言って否定しようとも、揺らぐことの無い〝価値〟がある。


 でも、そう認識したところで現状は変化せず、未だに狼に踏みつけられ潰されている。

 手に入れた価値もここで、潰える。結局、手に入れて失うだけでした。


「あ……名、前……知りません、でした……」


 首から下の感覚が消えうせて、息が出来なくなる。狭まっていく脳と、収縮する視界を感じ取りながら、失ってしまう価値の名前を知ろうとしなかった私を殴ってやりたくなります。

 あぁ……知りたかったけど、知りたくなかった。失ってしまうことは何よりも……恐ろしい。

 替えの効かない存在を手からこぼれ落ちる。それは、私が消えるかもしれないという恐怖に勝る感情というものでした。


「――……よし、決めたわ」


 消えゆく意識の隅で、先程から黙ったままの魔女は高らかに宣言する。

 少女を連れて、私の下に来ると狼を退けて私が会話できるようにまで回復させる。


「ゴホッ――ど、うして……」


「どうして……それはね。貴女が……そんなになるまで、そこまでしてでもこの子を欲するのか、興味が湧いたわ。ただクエストだから。きっとそれだけじゃないのでしょう? きっと、それは貴女にとってとても大事なこと。私はそれが知りたいの」


 それがなんだと言うのでしょう? 私の価値を返す気なんてさらさら無さそうな目をしている魔女は、玩具を見つけた子どものように笑って、嬉しそうに手を掲げて……


「すっごく、素敵なことじゃない!? ただのデータが、人間の感情をここまで動かした! その理由が知りたい!! ……でも、このままじゃこの子を失ってしまう――」


「――ッ!」


 私に杖を突きつけて、私に提案する。


「だから、戦いましょう? 10日後に、この場所で、私の狼と……それまでに築き上げるであろうこの子に対する貴女の執念。どちらがより、強いのか。思いがどれだけ圧倒的な差を覆すのか。それを知るために10日間だけ、この子には手を出さないと誓うわ」


 舞台に立つ女優のように、私に告げる魔女はどうすると問いかけてくる。

 信じられない。でも、それに縋るしかない自分。せめぎあう2つの意見に、どうしていいか分からず何も言えない私に魔女は更に言葉を重ねる。


「……そうね。確かに、信じられない。だから――」


「え……」


 ポイッと、手に持っていた杖を私に手渡す。視界の端で【所有権が一時的に譲渡されました】と通知してくる。

 インベントリに仕舞われたのか、粒子となって消えゆく。


「それは、私にとって替えの効かないもの。それを預ける。……言っておくけど、私以外には使えないからね?」


「どう、して……」


 掠れた声で問い掛けると、何を当たり前のことを訊ねるのかと不思議そうに首を傾げられる。大事なものをどうして、預けられるのか。それが分からない私には魔女の行動には、訳が分かりません。

 自分が、圧倒的な強者であるからでしょうか? それとも、彼女がそれでもいいと思っているから?


「だって、私も貴女の〝大切なもの〟を預かっているからね? それでは不平等でしょう?」


「…………」


(納得できません。不合理です。もしかしたら何か裏があって少女を返す気なんてない。罠だ。この誘いを受けてはいけない……)


「ま、別に信じなくても貴女には拒否できないけどね? せいぜい、10日の間に強くなることね」


 魔女は狼に指示させると、少女を抱えてどこかへと去っていきます。ほとんど動かない私ではそれを目で追うことしかできなくて、何もすることができません。

 私を押さえつけるのをやめ、狼は私を見据えると、鋭い爪を首にあてがうと……痛みを感じる暇もなく一瞬でした。

 宙を舞い、ぐるぐると回る視界を見つめながら、暗闇に落ちていく。





 ……そうして、気づいたら……チュートリアルをクリアした後に転移した、始まりの街の祭壇の隅に転がされて目が覚めました。

ロストにとって、自分というのはあまりにも軽く薄い存在。だから、自分が生み出したものを自分という証がほしかって。

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