22.2 地味な捜査はお嫌いですか? 下
「これで三日目、か」
「もう音をあげたんですかい?」
「ばかいえ。一日目から辞めたいと思ってたわ」
ヒソヒソと話す二人。ミーシャ、カースとともに安価な隠ぺいマントを着込み、薄暗いランプを片手に犯人の来訪を待っていた。
今三人がいるのは、小屋の屋根裏。カースの指導のもと、小屋を改装し、防音性を持たせ、穴をあけ覗けるようにしている。張り込みはショウとカース、その仲間たち交代で行い、たまにミーシャが来てのんびり過ごしている。
「現れないわね…」
「それならそれでいいさ。俺たちの目的は魔導砲の開発。犯人捜しじゃあない」
三日目に現れなければ、ショウは張り込みの時間を徐々に減らしていくことを考えていた。
「そちらの収穫は?」
「あったようで、無かったわね」
ミーシャによれば、レイが何かに反応してこの小屋の辺りをうろついていたという。闇の魔力にすこぶる敏感な彼の反応。ミーシャはその時魔物の仕業だと確信したが、尋ねてみても「わからない」との事で、嘘をついていると思えず、事件はまた迷宮入りした(ミーシャ談)のだ。
(魔族、魔物の仕業だとみて間違いない。絶対何かにレイは反応したんだ)
ショウはそう希望交じりに思った。人と人のトラブルを彼が忌避しているからでもあり、人の犯行だと思いたくなかったのだ。
だが、ここは人が住む領域。レントスは大きな城壁に守られ、魔物一匹通さない。魔物による犯行の確率は低い。
「……」
カースが無言でミーシャとショウの肩を叩き、静かに、と人差し指を唇に立てた。その直後、ドアがゆっくりと開く音が聞こえた。
三人は音を立てず、各々除き穴から小屋の様子を眺める。街の灯火から差し込む淡い光で、マントを着ているという事はショウには見えたが、それ以上の情報はつかめない。
(マント……魔力隠ぺいマントか?)
魔導砲を覆う布を取り、金属を引っ掻く音が聞こえ、犯人だとショウは確信を持った。もう少し情報が欲しいと暗視に長けたカースと魔力感知能力を持つミーシャにコンタクトを取ろうとするも、二人は覗き穴を食い入るように見ており、その顔は緊張に張り詰めていた。
「嘘…魔物?」
そうミーシャが小声でつぶやいた時、バァン!とドアを蹴破る音がし、衝撃波が起きた。小屋の屋根ごと吹っ飛ばされ、カースとショウ、ミーシャの三人も風の魔法で吹き飛ばされた。
「きゃあああ」
「なんだ!?」
三人が小屋の破片とともに明け方の空へと高く舞う。魔導砲を壊す犯人は闇の眷属だった。小屋を吹き飛ばす程のパワーを持つ風魔法を扱えるのは、やはり魔族。そうなれば、レントスという国そのものが危ない。
ふと、ショウはミスターシャの森に襲来した魔族、ポリュグラスを思い出す。
(あの時は……いや、考えるのは後だ)
ブンブンと頭を振ってトラウマを振り払い、思考を冷静に戻す。
カースは空中でも体勢を立て直し、腕に装備していたクローを射出し安全を確保。ミーシャはパニックで空中を暴れながら、真っ逆さまに落ちようとしていた。
(カースは大丈夫だろうが、ミーシャが危ない)
ミーシャは風の魔導師とも言えど、カースと違って場慣れしておらず、パニック状態では上手く魔法を駆使できない、。
《十手魔刀 三ノ手 手品腕》
持ち手から白い棒がにゅるりと伸び、ミーシャのお腹に巻き付き、全身に巻き付いた。
ショウは持ち手の部分を投げると、ぐるぐる巻きになったミーシャは落下し、地面を柔らかいゴムのように跳ねた。
十手魔刀を投げてしまった今、ショウは落下するしかない。
「チャージは間に合わないが!」
ショウの魔改造手甲から、カチカチと歯車の音が鳴る。魔改造手甲を真下に掲げ、魔導砲の射出の反動で衝撃を少しでも和らげようと試みていた。
「ぐふっ」
落下中、腹部に何か衝撃を感じると、速度が緩まった。手甲から魔導弾が打ち出され、なんとか無傷で着地する。
腹部からもぞもぞと顔を出す円盤。自分を助けてくれたのは、機械仕掛けの小盾だった。
(メカバック!……という事は…)
ショウの目の前を何かが通り抜けた、レイだ。彼はショウの事は脇目にもよらず、風の魔力を足裏に纏わせ高く飛び、屋根の腕を伝っていく。
辺りを見回し状況を伺と、そこには魔物であろう死体が一体あり、光による分解を始めていた。鷲のような頭部であるが人型で、羽が無く、身体は羽毛に覆われ、爪の部分までもが毛に覆われている。《ガーゴイル》だ。
「ショウ! あっち!」
十手魔刀の塊から顔を出したミーシャが、レイの方向を指さしている。見ると、駆けるレイとカースの先に、もう一体の逃げる闇の眷属の姿があった。丸太のように太いももを持つ足から繰り出される跳躍は、屋根を抉り、レントス建物を伝ってすさまじい速さで逃走している。
だが、それを追う者も速い。カースの投げたデバフナイフが魔物の背中に刺さり、動きが鈍った所をレイが光の籠った一太刀で止めを刺した。
「ミーシャ、他に魔物はいそうか?」
「ううん 今のところは」
ミーシャは魔物が着ていた布に目をやり、苦い顔をした。
「魔力隠ぺいマント……」
「どうやら向こう側も既に開発しているらしい」
魔物レベルにまでおろされている程、量産性が確立されているのだ。
市民たちが何事かと出て、魔物の霧となる死体を見て悲鳴をあげ、騒ぎになり始めている。程なくして、レントス内にいる国防軍兵士やクリノス傭兵集団の傭兵達も慌ててやってきた。ショウは状況を説明し、国防を取りまとめるタール将軍はすぐさま厳戒態勢を指示。国防軍と傭兵軍団総出を挙げて残存魔物の捜索と侵入ルートの洗い出しを行っていく。
その喧噪の中で、ショウは魔導砲を破壊した犯人は人ではなく、魔物であったことに安堵の息を吐いた。
次の日、ショウはミーシャとカースを呼び、国防軍と傭兵によるその後の調査を伝えた。
「結局、犯人は魔物だった。という事ですかい」
「ああ。そして、あの時小屋を丸ごと吹き飛ばしたのは、レイだ」
「全く、迷惑な光の戦士ね」
やれやれという表情を浮かべるミーシャ。ショウは現れたのが魔族でなかったという安心感からか、不思議と迷惑という感情を抱かなかった。
「その後の捜索でも、あの二体以外いないという事だ。潜入ルートもまだわかっていないらしくて、今調査が行われている」
「隠ぺいマントがあれば、いくらでも潜入できそうな気もするんだけれど」
「そう。だからレントスの上層部は大慌てさ。一般人より闇の魔力への感度の高い魔導師の急募を行おうとしてるみたいなんだけれど、果たして来てくれるか」
「来ないでしょうね…」
魔導師の多くは戦いを、戦地を嫌悪する。特に、戦時中であり、魔物領域に近いレントスならば、なおさらだ。
「で、ここからなんだけれど…」
ショウがカースに目を合わせると、カースは頷いた。周りに盗聴する者がいない事の合図である。
「もしかしたら、魔導砲を壊したのはあの魔物じゃないかもしれない」
「え? どういう事?」
ミーシャが聞いた。
「魔族ならともかく、こいつらは魔物だ。知性は無い。それが小屋に忍び込み、魔導砲を壊す事ができるだろうか?」
「確かに…でも、魔物と魔族だなんて、人が勝手に決めた区切りよ。あの二体が特異個体で、知性のある魔物だったかもしれないわ」
「それも一理ある。だが俺にはどうも考えにくい。人間を喰うという本能に抗って街の中心部に行き、兵器を壊す魔物だなんて……」
「となると…あの二体は魔族かなんかに操られていたって事?」
「それが、自然だ。で、次の疑問はいったいその魔族がどのようにして魔導砲の情報を得たか、だ」
「もしかして……」
ミーシャがためらった。
「……裏切り者がいるって事?」
「……ああ、たぶん」
「しかも、近くにいますネ 始めに壊された時、魔導砲の存在をきちんと知っている者はそう多くありませン」
鉛のような沈黙が落ちた。三人が思い浮かべる者の中に、レントスを、人類を裏切ろうとしている者がいるのだ。いい気分とは言えない。
「とはいえ、実行犯を討つ事はできた。国も対策に躍起になっているだろうし、開発場所を変えて、機密性を高めれば魔導砲の開発は続けられると思う」
「解決した、って気にはならないわね……」
「仕方ないさ、やれる事をやろう」
ショウとミーシャは頷き、また微妙なムードになる。カースがそのムードを変えようと、ポケットからもぞもぞと何かを取り出した。
「そう暗くなるばかりではないでサ。量品部については労災件数が減って、あの香水クサいマダムもようやく首を縦に振って、予算を正式に出しましたゼ」
とカースは予算書の写しをショウに渡した。香水クサいマダムとは、量品部部長、エスタ・パスタである。
「やることをやっていれば、結果はついてきますヨ」
「そうだな。ありがとう」
そして、専品部とクリノス傭兵部隊との確執も、解決の光が見えてきたのであった。
「すまなかった」
魔導砲を破壊した犯人が、魔物であったことを聞き、事の詳細を聞いたレントス工場長が、クリノス傭兵部隊の宿舎にて、長斧の戦士に向かって頭を下げた。
「ジジイ、わかってるんだろうな?」
長斧の戦士がレントス工場長を見下ろし、指をポキポキと鳴らしている。傭兵達の注目が集まるも、野次馬になる事も無く、かといって止める事も無く、静観していた。
マズい、とショウは慌てて二人の間に割って入るも
「ショウ、どいてくれ」
と、レントス工場長はショウの制止を押しのけ、長斧の戦士の前に立った。
「頭に血が登っていたとはいえ、ワシはお主を証拠も無しに疑った。このくらいの罰は受けんと、示しがつかんじゃろう」
「で、でも…」
レントス工場長と長斧の戦士、体格が違い過ぎる。その丸太のような太い腕で殴られてしまえば、骨が折れるどころか、命まで吹き飛んでしまう恐れだってある。
「覚悟はできた、はよやらんかい」
「……」
レントス工場長は長斧の目の前で腕を組んで座り込み、目を閉じている。注目が集まっているせいか、長斧の戦士も振り上げた拳のやりどころに迷い、辺りをキョロキョロ見回しはじめると、遂には
「けっ 殴る価値もねぇ」
と唾を吐いてその場を去ってしまった。ショウも、周りにいた他の傭兵達も皆驚いているおり、あんぐり口を開けている。
「ん? アイツはどこに行きおった」
目を開けたレントス工場長が聞いた。
「どっか行っちゃいましたよ」
「なんと…」
「どういう風の吹き回しでしょうか」
傭兵達も興味が無くなったのか、自分たちの仕事を始めている。前ならば、傭兵達は技術員達に怒鳴りつける長斧の戦士を応援し、時には喧嘩に加わる事もあった。
「ショウもすまんかったな。いらぬ仕事を増やしてしまったようじゃ」
「いえ、問題が解決してなによりです」
「どうも魔導砲の事になると、頭がかっとなってしまう。ワシも反省せねばならんのう」
レントス工場長にとって魔導砲は、彼の人生そのものであり、わが子のように愛しい存在だった。事がわかった。
(何故かは知らないけれど、技術員と傭兵の仲が改善している?)
なんとなくではあるが、ショウはそう感じた。レントス工場長が頭を下げたからであろうか? それだけだろうか? ショウは直接的な原因はわからない。
原因不明の失敗ならば、原因をすぐさま見つけ出し、対策を打たなければならないが、原因不明の成功なら、そのままにしておいても問題ないものだ。
(俺がちょっかいを出すと、悪い方向に傾く事だってある。もう少し時間が経てば、仲良くとまではいかないけれど、喧嘩しない仲くらいにはなるんじゃないか?)
心の付き物が一つ落ち、安堵感に包まれるショウ。だが、残念ながら今回の成功は、彼にとって原因を深く探らなくてはならない、例外の成功であった。
―バタン!!!!
と、攻城戦のような荒々しくドアがけ破られる音が聞こえた。二人は驚いてドアの方向に振り向くと、そこには噴火した火山を思わせるような風貌のクリノスがいた




