15 量品部問題②
「あら、まだやってたの?」
夜遅く、ミーシャがお風呂から上がって寝ようとしたとき、まだ寝巻に着替えず、ペンを手に数字とにらめっこをしているショウの姿があった。
「今の内にやっておきたいからな。鉄は熱いうちに打てと言うだろう」
ミーシャが紙を覗いてみると、ショウはペンと定規を手に、グラフや表をつくっていた。
「量品部の問題?」
「ああ、やっとデータが集まってきたんだ」
量品部工場には災害記録という文化がなく、どういう事故が起きて、どのくらいの怪我の多さだったか、また怪我をした人がどのくらいの熟練度だったかというデータを1から取る必要があった。データについては、カースの弟子パンテヌに少しずつ取ってもらった。
始めは地道な作業だと嫌がっていたパンテヌだったが、お昼休憩にアテナがお弁当を届けてくれるらしく、朝、パンテヌが調査現場に向かう足取りがかるくなっていったという。
「就業日数が少ない人が圧倒的だな……慣れていないから、という理由で片づけられるとは思うけれど、就業日数が長いベテランも一定数怪我をしているから、慣れれば解決という訳ではないな」
とショウは独りごとをぶつぶつ呟きながらペンを走らせる。
「なら、防具を作ってあげればいいんじゃない?」
ミーシャが提案した。
「そうだな。それと、作業方法を変えてみるのも良いと思う。変えてみて、うまく行ったらそれを他の工程にも応用して、標準化させるんだ」
ショウはその2つの対策案を、それぞれ別々の紙に書き、その下にどういった防具を造るのか、など詳細な案をとにかく書いていく。
「方針が決まったのなら、さっさと実行して終わらせちゃいましょう!」
「うん。だけど、ちょっと問題がある」
「問題?」
「ああ、人さ」とショウは言った。
「俺達が改善案を考案したとして、それをレントス側が受け入れてもらえるかどうかだ。試験的に導入するとしても、比較が難しい。今、データが集まってきたかな?というところで、改善策を実施する前と後で比較がしにくいんだ。本当ならしばらくデータを取って、できればいいんだけれど、人の命が関わっているし、悠長にはしていられないし……」
とショウは愚痴をこぼし、手引書を読みながら今日の分のメモを別紙にデータをまとめあげていく。
「成果が見えないというのは、やなもんですネ」
カースが天井の影からのそりと現れる。
「うわっ」
「きゃっ」
現れショウとミーシャは転げ落ちる。
「もう、どっから出てくるのよ。これこそ労災ってやつじゃない」
「そうですカ、あっしらは普通に出てきただけですが、ネ」
「相変わらずカースの登場の仕方には慣れないな……でなんだったっけ……そう。今やっていることは成果が出るとは限らないし、出たとしても暫く先の話だ。あ、カース。ここなんて書いてあるんだ」
ショウはパンテヌが記録したメモをカースに見せた。文字がミミズのようになっており、何が書いてあるのかわからない。
現場はめまぐるしく動いているので、速さ優先になってしまうのは仕方がないことではあるのだが、人の走り書きメモを解読するのは難しい。
「さあ、あっしにも読めまセン」
「パンテヌは」
「もう帰りました……まぁ勘弁してやってくだせえ。彼女、最近読み書きを覚えたばかりなんですス」
「……それなら仕方ないか」
結局、パンテヌの文字の中で、判別不能な所は空欄として扱うことにした。
解読を終え、一通り今日の調査結果をまとめ終えるとショウは次に大きめの紙に何かをスケッチし始める。
「手袋…帽子…防具ですカ」
「ああ、まずは怪我の度合いを下げるところから始めようと思う。前にアテナに金属プレートのタイルを散りばめた鎧をプレゼントしたことがあっただろ。あれを応用してみる」
「あの、デザインが悪いっていう…アノ…」
「うるさいやい。アテナは喜んで使っていただろう」
「ひとまずは防具の生産からだな。手袋、兜、衣服。そんなところだろう」
と、ショウは防具の図面を引いていく。カースはこれまでにまとめあげた、量品部工場の労災データをまとめた紙を指でつまみあげた。
「ダンナは、相手に自分の考えが伝わるよう、資料を作っておられるようデスが、上手くいくでしょうカ」
とカースは顎を撫でて言い、ショウの手が止まる。
「ニンゲンってのは、自分の常識と、利害、そして感情で動くモンでサ。理や数字はその前段階にしか過ぎまセン。いくら言いたいことが伝わろうが、ダメな時はダメになりまス」
痛いトコロを突かれたとショウは思った。実を言えば、明日会いに行く量品部の部長とはタール軍務卿を通して会う約束はとりつけたものの、面識がないのである。
「その努力が無駄にならないよう、祈っておりますヨ」
「何よ! そんなコト言わずにもったいぶらず教えればいいじゃないの!」
ミーシャはぴょん、と跳んで、重い義手でカースの首をぎゅーっと絞めた。
「グゲゲゲ。相手が人の話を聞く人だった場合は、ダンナのやり方が一番いいんですヨ」
とカースはややかすれた声で答え、ミーシャをタップした。
ショウは資料作成を続けながら、明日会う量品部のトップが、話がわかってくれる人であってくれ、と密かに祈るのであった。
しかし、カースの予想が不幸にも当たってしまうこととなった。
ショウはこれまでの労災データをわかりやすくまとめ、それに対する改善案と、防具などの設計書類を書き、次の日、議事堂にいる量品部の部長にその案を持ち込んだ。
そして、ショウの案に対し、量品部の部長はショウの案に難色を示したのである。
「うーん。怪我をしたのならば、新しい人を補充すればいいだけじゃないの?」
量品部の部長は50代くらいの女性だった。量品部の工場とともに暮らしてきた故か、一件地味な見た目ではあるが、ぷっくりとした紅い唇が映え、香水の香りも強く放たれている。
「確かに、作業員が抜けてしまってもすぐに補充ができるというのをコンセプトに工場が作られています。ですが、こう何人もケガをしてしまえば、工場の生産性が落ちてしまうのは確実です」
と、パンテヌのメモから取ったデータを元に具体的にどのくらい生産力が落ちているのかを説明した。
「この量なら今のままでも十分にノルマを達成できているわ。人手不足に陥ってはいないし、募集すれば、すぐに人が集まってくる。今やる必要はないんじゃないの? それに、この作業方法の標準化、でしたっけ。あれも意味がわからないわ。各々一番効率が良い作業方法でやればいいと思うし、いちいち安全かどうかをチェックすれば、それこそロスになるわ」
と、面倒くさそうな表情をして、量品部長は反対した。
「確かに短気的に見ればそうでしょう。ですが、長期的に見れば利益になりますし、特に緊急時には効果が大きく出ます」
ショウはここしかない、とまくしたてる。
「大規模な戦闘が起こっていない今だからできることなんです。戦いが盛り上がってしまえば、もっと多くの物資が必要になります。体力に自信がある人たちはファルティスに行くのですから人は限られますし。下手をすればまともな人員が補充されないかもしれない。残された人たちは過労でバタバタと倒れていき、また人が減っていく。悪循環が起きますよ」
「そんなことはわかっているわよ」
「わかっているなら何故」
「採算が取れないものにかける予算がないの」
「現状、事故でラインが止まり、作業者が抜けてしまうことでこのくらいの損失が発生しています。防具を作れば、この数字が埋まります。それだけではなく、士気も向上して更なる生産性が臨めます」
「何度も言っているけれど、安全は各個人の力で気を付ければいいのではないじゃない。わざわざ装備を造る必要などないわ」
「人はミスする生き物です。システムによってミスを防ぐとともに、ミスを犯しても怪我をしないような仕組みが必要です」
話が循環し始める。ショウは言えることを言いつくしてしまった。だが、量品部長の心を動かすどころか、悪印象を持たれてしまったようだ。
「どうやらこれ以上の問答は無用のようね」
量品部部長が席を立つ。
「軍務卿が直々に会って欲しいと頼まれたから会ってみたけれど、とんだ無駄足だったわ」
「軍務卿は、量品部労災問題を解決して欲しいと私に頼んだ人物ですよ。それならば、協力してくれても……」
「あの人は軍人。ただの客よ。私たちに製品の注文をしていればいいの。私たちのやり方には口を出してほしくないのよ。もちろん、あなたにもね……」
「………」
「あんな面倒な人。そろそろ引退して欲しいわね」
量品部は、まるで吐き気を催したような顔をして、ショウを見ている。ショウはその顔を見て、頭の中の「説得」「交渉」という文字を消し、黙ってしまう。
交渉に臨むために、カースの弟子パンテヌに量品部の情勢を探ってもらい、数字データ化したものの、全く響くことは無く、骨折り損であった。
敗戦したショウは、執務室の机の上でぐったりとして、大きなため息をついた。
「これだから人を相手にする人は嫌なんだ」
やはり、カースの言う通り、人は感情で動く生き物なのだと、ショウはそのことを痛感した。理論や論理は、感情を動かす1つの道具に過ぎない。そこが、科学を信じて止まない「道具」と決定的に違う点だ。
量品部の部長は外部の者に仕事の口を出されるのが嫌であったのだろう。たとえ、ショウの案が量品部の工場に恩絵をもたらすもので会ったとしても、よそ者に舵を握られてしまうのは嫌だろう。もし、自分なら協力はするだろうが、いい気分はしないだろう。
「そうだよな。少し考えればわかる事だった……」
再びため息をつき、溶けたチーズのように椅子に深く座り込む。もっと柔らかい椅子にしておけばよかったと、ショウは思った。
「どうやら説得は不首尾に終わったようですネ」
と、カースがまた天井の陰から姿を現した。ショウは驚かず、溶けたまま目線だけをカースにやっている。
「驚かないんですネ。慣れましたカ」
「慣れてはいないさ。ただ、お前を待っていたからさ……」
と、冗談を言い合ったショウとカースはにやりと笑いながら見つめ合う。カースの後ろから、ひょっこりと斥候パンテヌが現れ、
「そういうご関係でしたか、でしたら……」
と立ち去ろうとすると、ショウは慌てて呼び止めて「冗談だよ!」と弁明した。
「くっくっく。さて、事態はそう難しくはありませんゼ。量品部の部長サンに首を縦に振らせる方法はありやす。パンテヌ、量品部長のデータヲ」
パンテヌは頷き、お尻ポケットから取り出した紙を読む。
「量品部部長 エスタ・パスタ 52歳 女性量品部長になってからは、普段議事堂にいない工務卿の代わりに各卿との連絡を取っているようデス。彼女はいつも議事堂にいて、全然工場に顔を出しておらず、新人の作業員の仲には、彼女を知らない人もいます。密かに宝石を集めているようです。最近、横領の噂が立っているそうです」
「……そういうことか」
自分でも読もうと、ショウはパンテヌのメモを貰う。汚くて文字が読めない。あとでこっそりと添削してあげようと、自分の記憶を定着させることも込めて、別の紙にパンテヌから言われたことを書き留めた。
「煙の無い所に火は立たないというでしょウ、叩けばホコリが出てきます」
「それは最終手段にしてくれ。他に何か案はあるか?」
「なら、あの作戦をとってみましょうカ」
「案?」
「そうデス。穏便な作戦デス。
「なら、すぐにでもその作戦を実行しよう」
「その前に、質問がありやス」
カースは椅子に座り腕を組んでショウを見た。じっとショウを真面目に見据えており、ショウはどこかむず痒さを感じ「な、なんだよ急に」と目を反らした。
「ダンナは、労災問題を仕事だからではなく、心から解決したいと思っていますか?」
「………それは、どういう趣旨の質問だ?」
「まぁ、答えてみてくださいヨ。直感でイイのデス」
「………」
ショウは唇を閉じ、じっとカースの顔を見て、どういう答えを期待しているのかを読み取ろうとした。
「数字という飾りはいらない。己の本心を答えてみてください。それによって少々、作戦を変更するくらい
で、どう答えようがゴールは同じデス」
「そ、そうか……」
どうやら、表情を読もうとしている事は既にバレているようだ。
(数字や論理ではない、己の感情か……)
ショウはこれまでのことを振り返り、思った事を話してみる事にした。
「初めはただの仕事だと思っていた………な。おそらく、頼まれなえればやらなかっただろう。俺がモノを造ろうという訳でもないし、扱うのは「人」だ。正直、面倒だよ」
ショウは続けた。
「けれど、モノをつくろうとして怪我をするというのは嫌なんだ。モノづくりは、楽しんでやるものだ。怪我に怯えながらやるなんて、そんなのダメだ。だからやっぱり、自分のためでもあるかな」
「なるほど、そういうコト、ですか……」
カースは「ヨシ」と膝を打つと立ち上がり
「外にメシでも食いにいきまショウ、ダンナ」
と言い、ショウの肩を寄せて外へと出た。
「へ?」
カースが高身長ということもあり、身長差があってまるでカップルのようだ。
「いや、まだ仕事が……」
「ミーシャ女史に前に怒られましたでショ。たまにはこういう息抜きも必要デス」
話が急展開過ぎて、ショウはついていけなかったものの、カースはお構いなしにショウを外に連れていってしまった。




