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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
3章 魔導砲編 上 「レントスの猛獣を手なづけろ!」
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14 レイとクリノス①

人間関係による問題の改善は、ショウが嫌とするところである。


しかし、誰かがやらなければ、重大な事故が起きる可能性がある。


不幸にも、その対処ができそうなのは、レイをよく知るショウだ。


ショウはまず、クリノス傭兵集団の成り立ち、クリノスの性格、生い立ち、好きなものなど、クリノス率いる傭兵集団についての情報を集めた。魔導砲の開発を引き受けたおかげで、専品部でのシフトを自由に入れられるようになったので、すぐに行動に移すことができた。


最初に聞き取りに選んだのは、レントス軍務卿タールであった。話やすく、古くからレントスの中枢にいる彼なら、普段知りえない内部事情を知っているであろうと選んだのだった。

本当は、()()()である工務卿に相談しようと思ったのだが、面識がなく、議事堂にも不在であった。曰く、いつも議事堂にいないという。


「ふむ……専用品製造部の皆さまに迷惑をかけるだけでなく、ミスターシャからの客人たちにも迷惑をかけてしまったとは……クリノスさんの代わりにお詫び申し上げます」


ショウから労災問題の解決や、レイとクリノスの決闘未遂の事件を聞いたタールが謝罪をした。


「いえいえ、頭をお上げください」


軍人とは思えないほどの腰の低さに、ショウはやりにくさを感じる程であった。


「実は、あの傭兵軍団とはひと悶着どころかふたつもみっつも悶着がありまして…」


「悶着って、レントス国防軍とですか?」


「ええ、何度も衝突した事もあって、将校を叩き斬った事もあります」


「え、そんな事もあったんですか?」


「私がファルティスにいた時に起こったので詳しい事は伝聞の形でしかわかりませんが、どうやら真剣での決闘をしたそうで…」


(もしかしたらあのままクリノスは本当にレイを斬るつもりだったのかもしれん)


ショウは喚く胃に顔を滲ませた。「武」に生きる者のそういった喧嘩早い性格がどうも好きになれない。


「事件を受けてレントスは彼女を投獄しました。ですが、その将校が軍費を横領していたことが明らかになって、レントス国内で開放運動が起りました」


「そんなに人気なのですか? クリノスという方は」


「ええ、すごい人気ですよ 彼女はレントス周辺で武勲を上げていますからね」


タール軍務卿は重苦しい表情で言った。

レントスの国防軍は最前線であるファルティスに赴任しており、その働きぶりをレントス国民は直接目にすることはできず、代わりにレントス周辺を警戒しているクリノス傭兵部隊に注目が集まっていた。クリノス達が討伐した魔物の一部を持ち帰ると、レントス内では人だかりができ、歓声があがるという。


「国に対する不信感もあるのでしょう。当時はミスターシャと協力した遠征も失敗続きで、国内が不平不満で今にも爆発しそうでした。結局、その不満を少しでも解消するため、彼女を開放しました。遠征に失敗しなければ、彼女を外に出す事は無かったのですが……ルナファルド参謀長や私は、同時期に侵攻されたファルティスの防衛で手いっぱいの身でして」


二人は腕を組み、うぅむと唸り合う。


「私の考えは、雇う傭兵達を丸ごと変えて、ギルドを設立しようというものでした。ですが、ここまでクリノスが人々に人気だと、難しい……ですね」


ショウらしい、和解拒否の作戦である。


「その考えは、レントスの人でしたら、口が裂けても言い出せないでしょう。私も今まで会ったどの魔物よりクリノスさんの方が恐ろしいです。もうもめ事は起こさないようにと注意したことがあるのですが、その時彼女に睨まれて…きゅっと胃が締め付けられてしまい…」


と、タール軍務卿は冗談を飛ばした。


「その気持ちお察ししますよ。私も彼女に睨まれた事がありまして…その後からどうも胃腸の調子が…」


「今度、胃腸薬を常備薬に申請しましょう」


そう二人は笑い合う。タール軍務卿は笑いで話を締めくくってくれたが、どうあがいてもクリノス傭兵集団と関わらなくてはいけないと思うと、やはり胃が痛い。




次に、気は進まなかったが、ショウはクリノス傭兵集団から事情を聴く事にした。

幸運にも、話が通じそうな人が見つかった。それは、傭兵部隊の財務処理など多くの事務仕事を引き受けている。丸眼鏡の青年魔導師であった。


荒くれ者の傭兵達の中にいる、知的で、青い魔法装束を纏っている。彼を相手に選んだのは、彼は戦士特有の粗暴さが無く、一番話が通じそうだと思ったからだ。

礼服を着込みクリノス傭兵集団の宿舎を訪ねると、青年魔導師が事務作業をしていた。他の傭兵達は仕事で出ているようで、青年魔導師1人が周りにドサリ、と積まれた書類と格闘している。


タール軍務卿の部下ということで相談したいことがある、と言うと青年魔導師はペンを置いて、快く席を進めてくれた。


予想通り、話が分かりそうな人で、こちら側についてくれるかもしれないと、ショウは専品部との確執や、レイへの不信感について、クリノス傭兵集団側の意見を聞いた。


しかし、ショウの予想は、少し、外れてしまった。


「とんでもない、正当なのは私たちの方ですよ」


青年魔導師は傭兵集団が日々暮らす宿舎の事務室で、机を叩きつけるかのようにショウに言った。弱々しい見た目からは想像できない芯が強く、通る声である。

やはりこの人も、あのクリノス傭兵集団の一人だと、自身の彼に対する印象を修正した。


「す、すいません、つい」


我を忘れる勢いで年上の者にまくし立てていた事に気付き、青年魔導師は慌てて興奮を抑える。


「いえ、続けてください。今日は情報収集にやってきたのです。忌憚のない意見を述べてくれれば」


「そ、そうですか…なら…」


青年魔導師は色を正すと、説明を続けた。


「彼女は気に入らない事があれば全てを乱暴に叩き斬る、と乱暴さが目立っていますが実はそうではありません。彼女は乱暴さの一方でしたたかさも持っています。もしそうでなければあの傭兵軍団が今日まで存在していなかったでしょう」


ショウはその通りだと頷いた。


「それに彼女が斬ったのは僕たちへの報酬を大幅減らそうと独断で強硬したからなのです。もちろん、私たちは法を犯しておらず、結局私腹を肥やすためだけの策であった事が明らかになりました。その分の今回の件だって、レイという戦士が抜け駆けをしたんですから」


「……ごもっともです」


「いくら光の戦士だといえども、困りますよ。私たちは生活がかかっているんですから」


実際に魔物達に命を脅かされていなければ、いくら闇払う光の戦士だとしても、他人より、自分の暮らしの方が大事なのである。傭兵はやはり、儲からない。


「それに、専品部の嫌がらせの方も勘弁してほしいです。モルメスの修理請求書を、レントスを通して請求してくるなんて、モルメスに言うのは僕なんですからね!」


と青年魔導師は机をバンと叩いた。


「す、すいません、また取り乱してしまいました」


「いやいや、むしろどんどん言ってください。ミスターシャの方にも、専品部の方にも報告しましょう」


ショウは荒れる心を抑えながらなんとか作り笑いを浮かべた。何故なら、その嫌がらせをした当の本人が目の前にいるからだ。


しかも、気づいていないようで、いつバレてしまうのかと思うとぎゅっと冷や汗が額から滲み出てくる。ショウはクリノス傭兵集団に関する事務的なメンドウゴトを全て引き受けている青年魔導師に親近感を抱いており、まるで自分を見ているようなきがして、心中複雑である。


「とにかく、抜け駆け行為や嫌がらせ行為は今後辞めるように言ってください。命がいくつあっても足りませんから」


「傭兵内でもクリノスさんは恐ろしい方なんですか?」


「技術員ごときに遅れを取ったということでモルメス《再訓練》を施しました。あれは暫く再起不能です」


「………」


モルメスという名前は憶えている。専品部にいちゃもんをつけてきた長い斧を背負った純戦士のことだ。

青年魔導師によれば、《再訓練》は生き地獄であるという。

木刀で決闘という形を取っているが、剣術の軍配は圧倒的にクリノスに上がるようで脚や払われたり、頭を打たれたりして倒れても。木刀の連撃は止むことを知らず、再起不能になるまで《再訓練》は続く。それを見た他の傭兵達は、恐怖に駆られ、いつもの倍以上の訓練メニューを己に課すようだ。


ショウは《再訓練》の内容を聞いている時、ショウは黙って相槌を打つしかできなかった。《再訓練》のすさまじさに、それをやってのけるクリノスに動揺を隠せなかったからだ。

彼女は実は魔族だと言われても、今のショウなら信じられる。


「けれど、クリノスさんは誰よりもこの傭兵集団の事を考えてくれています。そもそもこの集団は、クリノスさんの兄、ゴルードさんが数々のギルドからはじき出された傭兵を拾ってできた集団なのです。僕も恥ずかしながら家が没落しまして、死のうかと思っていた時、ちょうどクリノスさんとゴルードさんに拾われたんです。二人がいなければ、今事魔物に喰われて死んでいた、という人が殆どです」


「なるほど…」


「世間からはじき出された傭兵達を更生させ、それを続けていく内に集団となって傭兵斡旋組織にまでに成長したんです。今はクリノス傭兵集団と呼ばれていますが、ゴルードさんが組織に名前を付けずに旅に出てしまいまして、帰ったら名前を付けると言っていたのですが…」


青年魔導師は思いつめた表情をした。彼もゴルードの事は兄のように慕っていたのだろう。


「今、クリノスさんは最愛の兄の死で相当まいっているんだと思います。でも、彼女は長としてそれを私たちに見せようとしません。どうか、彼女が落ち着くまで、暫くは多めに見てやってくれませんか」


と青年魔導師は頭を下げた。


ショウは「わかりました」と頭を下げ返すも、その表情は苦悶に満ちている。

対処すべき相手を、心から慕う者たちがるということを知り、ショウの胃の痛みは、増強することになってしまったからだ。





夜、執務室に戻ったショウはミーシャたちにヒアリングの結果を報告した。


「クリノス傭兵集団の方も、いろいろ事情があるわけね」


「ヒアリングをしたのは失敗だったな……」


面倒事に胃を痛めるあの青年魔導師と、ゴルードという身内を喪ったクリノスにいくらかの情が湧いたショウは、自身のデスクで頭を抱えていた。

クリノス傭兵集団をレントスから徹底的に排除するような策を講じる事は、ショウにはできない。彼は良い意味でも悪い意味でも中途半端なのだ。


「解決策は思いつきそう?」


ミーシャが聞いた。


「現状思いつくのは、地域を分ける事かな。レイは風を纏えるから広範囲を移動できる一方で、クリノス率いる傭兵集団は大勢いて機動力が低い。だから魔物が発生した時は、レントスから遠く行きにくい地域をレイに任せて、周辺の場合は傭兵集団に任せる。範囲は人数や経済状況を考えて、傭兵集団の方を多くする」


「そういえば、レイさん。ここに来るときレントスの山を軽々と登って魔物を討伐したっていってたわね。地域を分ける、できるんじゃないかしら」


「でも、それ、根本的な解決にはなりマセンよね。事の発端はレイサンが抜け駆け行為をしたって事ですから、境界を定めても、同じような事が起こるかもしれませんヨ。レントス近くに強い魔物が表れれば真っ先に向かっていきますヨ」


カースが指摘した。


「報酬はすべてクリノス側に回すと言っているから、それでいいじゃないかと思うのにな。まったくさ」


「人はリクツだけでは語れませんカラ、ネ」


「これだから武人気質はいやなんだ」


「すみません、私がうまーくレイさんを誘導できればいいんですけれど」


とアテナが申し訳ない顔をした。


「気にする事じゃないさ。アテナの仕事はあくまでレイの近況報告だ」


レイが《亡者の剣》を持ってしまった以上、ショウ達が力づくでねじ伏せるのは無理だとショウは考える。あんなもん持たせたのは誰だ!と叫びたくなったが、その叫びがブーメランとなって戻ってくるのをショウは誰よりもよく知っている。


「やっぱり。一番の解決策はこのレントス防衛線をさっさと終わらせる事じゃないかな。そうすれば、ファルティス要塞から国防軍が帰ってきて、クリノス傭兵集団はお払い箱だよ」


ショウはクリノス傭兵集団とは真っ向から向き合いたくはないようであり、現実逃避を始める。


「レイサンが叩き斬られるのとどっちが先ですかネ」


「すでに未遂があるし、レイさんの方が先でしょうね」


「そうだよなぁ」


ショウはがっくりと椅子に座り、股に頭を落とした。


「クリノスについての情報収集はどうだった?」


増やした斥候達に、早速クリノスについての情報をレントスから集めてもらっていたのである。もちろん、費用は諸悪の根源ポトフ持ち。ついでにメンドウゴトを押し付けた報いを受けろ、と勝手にカースを始めとした斥候部隊の給料を底上げした。


「エエ、彼女―クリノス氏は町の中では人気者でス、道行けば声をかけられますし、売れ残った食べ物を傭兵達の宿舎に届けてくれる商人もおりマス」


「対立すればするほど、レイの立場が悪くなるって事か……」


タール軍務卿の話と同じである。


「ダンナ……少々言いにくいコトですが。やはり、ダンナがレイさんに直接説得してみるのはどうですかイ?」


「う、うぐぅ」


「そうね。抜け駆けに関しては、レイさんの気持ちが変わればなくなるんじゃないかしら」


「そうですよ! レイさん、話せばわかってくれる人ですから」


3人の視線が、ショウに集まる。孤立無援とはこのことかと、ショウはぐぬぬ、と唇をゆがめた。

ショウはまだ、レイがまだ怖いのである。


結局、ショウは忙しさを理由にレイへの説得をどんどん先延ばしにしてしまった。

量品部、専品部、魔導砲についての仕事がどんどん降り注ぎ、レイと話することが億劫なこともあり、ショウの頭の中で「レイへの説得」の優先順位がどんどん後ろに下がっていったためだ。


その選択が、ショウをじわじわと苦しめることになってしまうのだが、それはまだ先の話である。


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