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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
3章 魔導砲編 上 「レントスの猛獣を手なづけろ!」
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12 新しい案件

(気まずい、気まずいぞ……)

工場長の背中を、レントス新人技術員ショウはただ追っている。二人の距離はやや遠く、会話はない。まだ日の光は山と壁に囲まれたレントスには届いてはおらず、じめじめとしていてまだうす暗い。


(心当たり……あるな)

彼の心の中にあるのはもちろん、長斧の戦士との一件だった。

話し合いを始めから放棄し、半ば強硬手段を取って解決しようと図り、殴られてもやり続けるという非暴力を唱えながらも、機械仕掛けの小盾が反撃してしまい、結局は自分一人では解決しなかったという不始末。

そして三日が経ったとき、ショウは工場での仕事中、「ちょっと」と工場長に呼び出され、持ち場を一時離れ、工場を出たのだ。


あれから長斧の戦士や他の傭兵が無理に武器修理を頼む事はなくなり「傭兵達の無理な依頼をやめさせる」という第一目的は達成した。だが、問題が解決した次の日から、レントス工場の空気が、特に自分に対する視線が変わったと鈍感ながらにも感じており、「レントス工場の信頼を得る」という第二目的は達成しなかったな、とこの戦略負けをどのように挽回するかとショウは思案している途中であった。


(お咎めで呼ばれたのかな、部下を叱る時は、人気の無い所で行われるし…)

その効果の有効性は諸説ある、がこの世界の技術者の間では、人命を犯すような失敗でなければ、そのように行われるのが常識となっている。


(まさか「お主は今日限りでクビじゃ」と言われるんじゃないか? どうしよう、そうすればレイの武具の調整ができなくなる)

被害妄想に囚われ、ショウの頭の中で言われたことの無い罵声が響く。人は前面からの攻撃には対処できても、背面や側面からの攻撃には弱いもの、ショウは特にそうだった。


工場長は一度もこちらを振り返らず、ただ歩みを進めている。何か覚悟を決めているのだろうかと、ショウは身を縮こませビクビクしていた。


「どうした、もっとはようこんかい」


逡巡に足を取られ、工場長との距離が更に開いてしまったようで、ショウは慌てて距離をつめた。


「す、すいません」


「どうした、なんだか元気がないようじゃの」


「いえ…あ、あの…」


「ん?」


工場長は首を傾げると「もしかして、あの事か?」と聞いた。


「はい。僕のせいで、戦士と技術者がさらに仲が悪くなってしまったかと思うと…」


情け無さそうに眉毛をハの字に下げるショウを見て、工場長は大いに笑った。


「はーっはっはっは!! そんな事ない。むしろお主はよくやった。戦士を殴り飛ばした時、本当はワシらもガッツポーズだったわい」


(あれ、違うのか?)


ショウは心の中で首をかしげた。


「近頃の戦士は傲慢が過ぎる。ワシらが武具を整えてやっているからこそ、戦果を挙げられるというのに。まさかお主、その事で呼び出されたと思っていたのか?」


返事の代わりに、ショウは「はぁ」と頷いた。


「心配せんでよい。今日ここへ呼んだのは、お主にお願い…いや、依頼があってきたのじゃ」


「依頼?」


そう言うと、ある小屋の前で工場長は歩みを止めた。木造の古い小屋だ。他の民家がレンガやコンクリートの建物である事から見ると、相当古い小屋なのかとショウは思った。


工場長は小屋の南京錠を開け、ドアを開けた。

小屋を歩けば床が軋み、老木の香りが鼻をくすぐる。文字通りの古小屋だった。

だが、古小屋にありがちな埃やクモの巣などは見受けられなかった。


「お主、魔装具の扱いに慣れているそうじゃな」


「はい、そうです」


「見てもらいたいものがある」


「見てもらいたいもの?」


そう工場長は中心にある布にくるまっているモノに手を置いた。四方1.5m、高さ1mくらいある何かである。

工場長は「これじゃ」とかけ布を丁寧に取り去り、中のモノが露わになった。


「大砲……?」


中身の正体は大砲、それも銅砲であった。

大砲とは、火薬を爆発させて金属の砲弾を相手に送り付ける兵器である。

魔法を一切使わずに、自分よりも強大な魔物を討ち砕けるとして火力兵器として、市民から愛され、様々な国が生産している。


「ただの大砲ではないぞ。銅と木材を組み合わせた魔導砲じゃ」

よく見れば、砲の向きや角度を変える歯車は鉄製で出来ているが、砲の端の部分は木材で出来ており、二本の木の棒が刺さっている。


工場長は大砲の弾を手に取り、ショウに見せた。丸い金属の鉄球に一本の木の棒が刺さっている。


《木材》


木材は魔力を通す媒体として古くから使われてきている素材だ。

強化魔法を込めれば、強度を鉄並みに高める事ができ、減衰少なく自身の魔力を外へ伝える事もできる。


「この球の木材部分をちょうど砲身の木材部分と合わせるようにして入れ、魔力を通す仕組みじゃ」


ショウは砲弾を手に取る。木材は鉄球にがっちりとはまっており、抜けない。


「そう簡単には抜けん。熱湯の中に入れて圧縮したまま乾燥させ挿入し、挿入したらまた湯の中に入れて膨張させるんじゃ」


「この木材の種類は?」


「バーと言って針葉樹の一種じゃ。まっすぐに立ち、木目も均一に育つから魔力を変化なく均一に通しやすい」


この大砲に使われている木材はすべてバーの木という針葉樹。魔力を他の何物にも変換せず、ただ魔導師が流した魔力をそのまま反映するただの魔力媒体だ。

金属の中に魔力を通そうとすると相当な減衰が発生する。そこで、バーの木を使って、魔力を砲弾に伝えるという方針を取っていた。



木材は魔生糸と比べ大量に生産が可能で安価、木材自体に強度がある事点で優れている。

金属は太い方が大きな電流を流すことができるのと同じように、魔力媒体も太い方が大きな魔力を流す事ができる。故に大きな魔装具には木材が使われる事が多い。


「空飛ぶ砲弾に、魔力風魔法と力を合わせればもっと遠くまで球を飛ばせるようになるし、散弾と電魔法を組み合わせれば、広範囲に渡る対空電気ネットの完成じゃ」


魔導師が精魂込めて作り上げる魔導弾はエネルギーの塊であり、質量が少なく純粋な物理破壊力は低かった。もちろんいくら鎧に身を纏っているとはいえ、生身の身体に対しての効果は十分にある。


が、厚いコンクリートでできた城壁やミスターシャの森に襲来した四魔神ポリュグラスのように、本体の殆どが鍛え上げられた硬質の鎧、という相手に対しての効果は薄い。


一方で、大砲には魔法という物理的な破壊力があり、その運動エネルギーを持って無機物を破壊できる。しかし、砂の城など、魔力によって砂のダミーを作られたりすると、途端に効果が薄くなる。


工場長の言う魔導砲とは、その物理攻撃力と、魔法攻撃力を兼ね備えた夢のような兵器であるらしく、その説明を聞いたショウの気分は高揚し、途中から工場長の説明に感激の声を漏らしていた。


「と魔導砲は従来の戦いを変える発明じゃ……と思っているのじゃが……」


「……出力の問題ですか」


魔導砲についての説明が閉めくくられると同時に、二人は現実に引き戻された。

その夢を現実にするには、様々な障壁が存在しているからだ。


「そうじゃ。どうもこれを扱うに値する魔導師がおらんのじゃ。昔、試しにレントスの魔導師に魔力を込めさせてみたのじゃが、魔力を込めた瞬間、卒倒しおったわい」


金属の砲弾を飛ばすという事に関しては火薬の力に頼るものの、その目に見えぬスピードで飛ぶ砲弾に対し影響力を魔力が与えるには、多くの魔力と魔圧が要り、とても一人の魔導師だけでは不可能だとショウの概算結果が吠えていた。


更に、人の疲労はそう簡単に回復するものではなく、「人の力に頼らない以上、再装填時間が魔導弾より非常に少ない」という大砲の利点の一つを殺してしまっており、魔導砲の存在意義と実用性を更に低めた。


「木材を変えるという事は」


ショウが聞いた。木材は天然の魔装回路を宿しており、組織の単純な針葉樹は入力魔力を正直に通すのに対し、広葉樹は組織が複雑で、木目調や道管配列など、内部構造によって魔力を他のモノへ変換・発現する事も可能だ。そのモノの中にはもちろん電気や冷気などといった属性魔法も含まれており、魔導師の魔力変換という作業をカットできるだけではなく、魔術にくらい一般市民も力になれうるのではないかと考えた。


「むりじゃ、もし見つかったのならお主に頼んでないわい」


工場長のいう通りであった。柔軟性や応用性という点において、木材は魔生糸に劣った。

木材の内部構造は千差万別で、決まった魔術発現を起こすのは難しく、魔力が干渉し合い、性能を落としてしまう場合もある。血眼になって林を探せば見つかる可能性も、那由他の彼方に一つ、あるかもしれなかったが、生産という観点から考えれば却下しなければならない案だろう。


「もしかして僕に、この魔導砲を?」


「そうじゃ。お主の魔装回路技術をもってして属性回路を施し、この魔導砲を実用化してほしい」


要するに、工場長のお願いとは、ショウの魔装回路技術を用いて、この魔導砲を完成できないかとという事であった。


「この魔導砲の設計書とかはありますか?」


「あるぞ」


工場長は引き出しの中から紙束を取り出し、ショウに渡す。黄ばんだ紙にペンを走らせ、その黄ばみが違う事から長年更新し続けていたのだろうという事がわかる。


「工場長、一つお伺いしてもよろしいですか?」


設計書を読んでいる途中のショウが聞いた。


「なんじゃ?」


「この魔導砲、バリスタと比べた時の優位性はなんですか?」


大型兵器で大砲と対を成すものとしてバリスタがある。据え置き式の大型弩砲であり、大砲と並んで対大型魔物用に用いられてきた。


「コストと燃費、じゃな」


バリスタと大砲、普通に用いるなら金属や火薬を用いる大砲の方が威力は高い。魔力によってその威力を大砲と同等にできる


バリスタの優位性は、弾に木材を使用している故に属性を込める事ができる。火の魔力を込めれば燃える弓を放つことができ、氷属性を込めれば刺した敵を凍らせることもできる。


「具体的にはどのくらいですか?」


「それはわからん」


(わからんのかい!!)

ショウは心の中でツッコんだ。


「じゃが、この魔導砲には魔導師は属性魔法さえ加えればよい。バリスタの場合は威力を強化する魔導師と、属性を付与する魔導師のセット運用じゃった。単純計算では魔導師は半分で済むはずじゃ」


工場長の言う事もわからなくはなかった。


どうするべきか、ショウは迷った。

確かに、魔導師が自分の魔力を火や電気などの属性に変換する手間を、魔生糸による魔装具で負担できれば、必要な魔力出力が減るだろう。だが、たとえそれが実装できたとしても、コストの観点から、実用的と言えるかどうかは怪しい。


例えば、ドットルト砂漠で砂の城を消し飛ばす大型炎魔法に10人魔導師が必要だったのが、魔導砲によって5人に効率化できたとして、魔導砲の生産や輸送に必要なお金や労力を考えれば、果たして実用的だろうかという事だろう。ショウの暗算術では、現時点では結論は下せない。


「お主を専品部の一員として、ワシからの依頼として、開発を頼みたいのじゃ」


工場長は銭袋を机に置いた。こぼれる中身は銅貨の数々で、魔装具技術者に仕事を頼むならば、相場とは釣り合わない。


「ワシにできる事はなんでもする。じゃから、頼む。この魔導砲を実用化してくれんか」


ショウはまだ迷っていた。金の問題ではない。自身の労力と能力の問題だ。

二部門の労災問題、亡者の剣のメンテナンス、ミーシャの補佐など仕事はたくさんある。キャパシティーを超えてしまえば、必ずどれかは疎かになってしまうのだ。


「ん?」


魔導砲の設計書の中に、何か別の書類があった。四本足の大きな、竜のような生物の骨組みが描かれている。素材は木材、金属などだ。背中に大きな砲筒がある、背骨ではない。


(この書き方、骨格図じゃない、図面だ…)


「おお、すまん。別の設計書が混じっておったな」


工場長は気恥ずかしそうに頬を掻いた。


「これは…?」


「これか、これはワシの夢 じゃ」


工場長は目をそらし、鼻を撫でて言った。


「この木竜を築き、魔物を打ち倒すのがワシの若い頃の夢なのじゃ。夢のまた夢なのはわかっておる。じゃから一人で設計し、実現可能だと言われるレベルまで仕上げようと思っていたのじゃが、魔装回路だけはどうもできんくてな。座学が大の苦手だったし、技術員として働いているから、時間も取れんかった」


ショウは更にその木竜の設計書を読み込む。これは足である木材を魔力で動かし、砲撃ポイントを変える自走魔導砲だ。背中に背負う大砲は、今まで見た事無い程大きい。


超大型自走魔導砲と言っても良さそうだ。


(欠陥設計だ、この素材選択と設計じゃ、まず立つことすら難しい)


ショウの頭の中で、数字と式がぐるぐると動いている。


(しかもこれ、どうやって動かす。四肢を動かし、主砲を起動させるなら三桁レベルの魔導師が必要だ。魔導師をかき集めることも難しければ、ランニングコストもバカ高くなる。魔装回路以前の問題だ)


―だが、夢がある。


不可能だとあきらめる一方で、ショウの心は不思議と高揚していた。様々な障壁を乗り越え、これまでなかったものを造りたいという欲望、技術者の性である。

ショウはこの超大型自走魔導砲、自走砲を作ってみたいと思った。その為にはまず、魔導砲の技術を確立させなければならない。


(レイも昔ほどは手もかからなくなったし、ミーシャも一人でやっていけそうだ。今、自分が取り組むべき大きな案件は量品部労災問題と専品部労災問題。3つ、3つまでならいける。カースやアテナもいるし、なんとかなるはずだ)

そう思ったショウは、快諾の意向を示した。


「わかりました。魔導砲の開発、引き受けましょう」


「おお! 本当か!?」


身体が揺らされんばかりに両手をぶんぶんと振った。

技術者にとって、大事なのは「夢」だ。たとえその「夢」がつかめなかったとしても、成長は財産になり、経験は次につながる。


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