10 クリノス・バラード
作業終了の鐘が鳴り、技術員達は炉を消し掃除を済ませると帰路に就く。
(はぁー……つかれたぁ……)
長斧の戦士との一件で、心身ともに疲労を感じたショウは、議事堂の執務室に帰る前に行商人から果実を一つ買い、路にあるベンチに座って食べていた。
肉体労働後の身体に、果実の冷たい果汁が予想以上に染みわたる。新人技術員と技術駐在員補佐の二約を担うショウには疲れを感じさせる暇すらなく、自分が疲れていると初めて気づいた。
(そろそろ休みを取るか、ミーシャにも怒られそうだしな)
疲れは思考を鈍らせ、失敗を産み出す。
多少割高であったが、冷やした果実を買って良かったとショウは思った。
二つの山と大きな城壁に囲まれているレントスの夕方は暗く、眠気を誘う。
「疲れたし、帰って寝るかな」と呟いたその時、低く威風ある、女性の声がした。
「それはご苦労だったな」
「!?」
背後に迫る殺気とも取れる威圧感に、ショウの背筋はビリリと震える。どこかで聞いた事ある声、懐かしさを感じず、かといって誰であるかはわからない。
「隣、いいか?」
「あ、ああ」
鎧が軋む音とともにショウの隣に座ったのは、さっき長斧の戦士を止めた女性であった。
「紹介が遅れたな、私はクリノス・バラード、レントスにいる傭兵を取りまとめている」
「……ショウ・アキミネ」
(彼女がクリノス・バラード。クリノス傭兵集団のリーダーか。ん? バラード? どこかで聞いた事が…ゴルード?)
「………」
「………」
座った後、クリノスは何も言う事無く、ショウは恐怖の感情を悟られぬよう果実をかじっている。
ショウはゴルードとの関係を聞くことができなかった。親睦を深めに来たとは思えない、ビリビリとした存在感。口がうまく開かないのだ。
完全に呑まれてしまった。長斧の戦士よりも強大な存在感と威圧感を持ち、しかも神出とも言える登場。まるで敵の騎兵隊に奇襲されたかのように、ショウの頭の中の細胞群は統制を乱し、徐々に敗走の道へと進み始めている。
狼狽の様子を表に出すまいと、ショウは必死に冷静に装っているが、果実を手に、膝を見つめているショウの首筋が汗ばんでいる。ショウは披露しているのだ。
更に恐ろしいのは、クリノスはショウへの奇襲をあえて行った事だ。彼女はたまたま会ったような風で振舞っているが、近づく時は暗殺するかのように気配も、鎧の音も消している。
膝を見つめたままのショウの頭が更にさがり、頬から汗が垂れ始めている。まるでヘビに睨まれたカエルだ。
寒冷の沈黙を破り、先に口を開いたのはクリノスだった。
「モルメスの所業については、リーダーである私からも詫びよう、すまなかった」
と口では謝罪の言葉を述べてはいるが、クリノスの視線の先にショウの姿はなく、もちろん頭も下げてはいない
「モルメス?」
「長い斧を背負った巨漢の名前だ、お前を殴り飛ばしただろう」
ショウは「あ、ああ」と拍子抜けた声を出し、安堵混じりの息を吐いた。
「だが、お前のやり方には感心しないな。新人」
クリノスの重みある腕が、ショウの肩に置かれる。ショウはびくっを肩を震わせ、息を飲んだまま、横隔膜が動かない。
恐る恐る、顔をゆっくりと横に向けると、そこには静かなる鬼の面があった。ただ唇をきゅっと閉めているだけの、真剣な表情とも取れるクリノスの表情。だが、直に対面したショウには、怒りという感情が殺気となり、ひしひしと伝わってくる。
あの長斧の戦士のような真っ赤になった顔とは違う静かなる怒り。だが、長斧の戦士よりも、何倍も、何十倍も怖い。
「レントスの財務部を巻き込めば、他の傭兵達にも迷惑がかかる。私は、ゴルード兄さんに託された傭兵達の事を第一に考えないといけないんだ。その事はわかるな?」
出かかった弁明の言葉も、クリノスの無言の圧によって次々と潰されていく。
ショウはコクリと頷く事しかできなかった。
クリノスは二度、ショウの肩をポンポンと叩き、その場を去る。ショウは呆然として、股の間に汗にまみれた頭を降ろした。
(……ゴルード、ようやくお前の言っている事がわかったよ…)
それはミスターシャの森でゴルード、シルク、ガーネットとともにレイの修行をしていた頃に時は遡る。
「はぁ~ やっぱ本職には敵わないかぁ~」
「筋は悪くない。ショウなら純戦士としてでもやっていけるだろう」
草原の上に仰向けに倒れているショウに対し、ゴルードはそうほめた。二人の手には簡素な鍔のついた木の棒が握られている。
夕食後暇を持て余し、ショウとゴルードの二人は、練習試合を行っていた。
結果はゴルードの全戦全勝。英雄級の純戦士であるゴルードに、ショウは剣術で一矢報いる事ができず、まるで赤子のようになぎ倒されていた。
「ショウ、その剣さばきはどこで習った? 初めて見るスジだ」
「俺は戦士じゃなくて技術者だ。全部我流だよ」
「そうか。変則的な剣筋は、対人戦において十分な武器になりうる。さらに磨くと良い」
「人と人が争うなんて、勘弁してほしいけどな」
「ふっ、そうだな」
ゴルードは手を差し伸べ、ショウを起こした。
「ゴルードは剣が一番得意なのか?」
「いや、一番得意なのは斧…手斧だな。一番思い入れがある」
「斧か」
斧は使いこなすのが難しい武器の一つだ。リーチは短く、重心が先にあるので取り回しも困難、重量もある。
だが、斬・打・投・防において高い性能を持ち、味わい深い武器でもある。
「魔物討伐で初めて手に取ったのは、薪割り用の手斧だった。扱いは難しいが、剣や槍のように特別な訓練がいらず、安いし丈夫だから当時の俺にはうってつけの武器だ」
そうゴルードは自分の斧に目をやった。
「確かに、メンテナンスに持ち込まれた時は斧だけ年季入ってボロボロだったなぁ」
武器を造り、調整する鍛冶師にとっても斧は扱いやすい一品であり、安価で取引が行われている。
「刃がダメになっても、使い続ける戦士もいる。俺も昔はその部類だった。あの時俺の手一つで、母と妹を養わなければならなかったから、とにかく金に困っていた」
「妹がいるのか?」
「ああ、歳の離れた妹が一人な、名はクリノスと言う」
「クリノス…白花か」
「平和に過ごせるよう願いを込めて、母はその名前をつけた。だが…クリノスは変な育ち方をしてしまってな」
「変な?」
ショウが首をかしげた。
「端的に言えば、怖い。そんなところだろうか」
「ゴルードが? 妹さんに?」
屈強という言葉をそのまま体現したゴルードが、妹に恐怖している姿が想像できなかった。もしかして、ゴルード以上の体格と威風を妹さんは持っているのだろうかとショウは思った。
「言うなれば、戦闘狂だ。強い相手を見たらすぐに決闘を申し込む。相手が誰だろうと関係ない。強ければそれでいい。魔族に戦いを挑んだこともあった。その死を恐れない姿勢が、怖くなったのさ」
ショウは得心した。ゴルードは常識人で、妹さんは狂人なのだ。
「魔族……妹さんは今……」
「心配するな。健在だ。俺はクリノスには戦いから離れ、普通の人として生きてほしかった。だが俺と同じ道を歩んでしまった。そうなってしまった原因はわかっている。魔族に故郷を焼かれ、戦いに身を投じる俺の背中を見続けてきたのが原因だろう」
ゴルードは木陰の石に座り、空を見上げた。遠くにいる妹、クリノスを想っているようだ。
「魔族に故郷が……それは、ゴルードも同じじゃないのか?」
「俺には良い師がいたからな。だが、クリノスには師を付けなかった。武人としての道を進ませたくなかったからだ。それが間違いだったよ。知らぬ間に俺の背中を追い、俺以上の武人に成長してしまった」
「ゴルード、以上の……」
「クリノスに会ったときはよろしく頼む。剣術の腕一点だけなら、俺よりも才能はある」
「気持ちはありがたいが、遠慮させてもらうよ。おそらく、俺には合わない人だろう」
「ははは、言ってくれる。だが、違いないな」
(あれがクリノス、予想以上の武人気質じゃないか、ゴルード)
疲労が極みに達し、ショウは仕事終わりのミーシャ(1時間勤務)のように執務室の机で液状化していた。
(あれほどの威圧がなければ傭兵達をまとめあげる事はできないだろう、が話をつけられるというタイプではない、困ったな)
傭兵達と技術員の溝は以外にも深かった事に、そして、解決が困難そうであることにショウは肝を痛めていた。
戦いにおいて、戦士と技術員の仲が悪いのは非常にまずい。
技術員の疲労がピークになり、仕事が粗雑になるだけでなく、戦士の横暴や圧力に耐えられなくなった技術員が傭兵の武器に細工し、戦士を死に追いやることもある。後者のケースは少なくはないのだ。
更に、不和によるストレスが技術員のウデを掴ませ、前線で日々神経を削っている何も知らない国防軍の兵士が、粗悪品を掴まされる事だってあるのだ。
つまりは百害あって一利なし、もし管理職の立場にあるのならば、早急に対応しなければいない問題だろう。
とんだ貧乏くじをタールにつかまされたと、ショウは何度も、ため息をついたのであった。




