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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
3章 魔導砲編 上 「レントスの猛獣を手なづけろ!」
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9.2 専品部労災問題 下

次の日、ショウは朝早く工場を訪れ、長斧の戦士の片手剣を瞬く間に修理した。


長斧の戦士はショウに礼を言うことなく片手剣を受け取り、魔物討伐へと向かい、その日の夕刻にはまたボロボロになった片手剣をショウに投げつけるように渡す。


この間に金銭でのやりとりはない。ショウはタダ働きという事になる。

その次の日もショウは修理された片手剣を長斧の戦士に渡した。金銭のやり取りはないままだ。


―あの新人、いったい何を考えているんだ?

―いや、効果は出ているみたいだぞ

―効果?

―ああ、あのデクノボウが遂にお礼をあの新人に言ったたぞ。

―まじか…なるほどな…


5日目ともなれば今までショウを修理してくれる装置のように扱っていた長斧の戦士も「おう、すまんな」と素っ気なく礼を言う様になっていた。

誠意をもって長斧の戦士に対抗しようというのがあの新人技術員、ショウの案だったのだと噂をしていた中堅技術員たちは理解し、感嘆した。


その一方で、ショウの仕事量は跳ね上がっている。食事も立ち食いで、常に何かを考え何かを急いでいるという状態だ。

このままだと彼は俺たちのせいで過労死してしまう、と申し訳なく思ったのか、中堅技術員達は空いた時間にショウへ冷たいお茶を持ってきてあげたり、仕事を手伝おうと打診したりもしたが、ショウは「これは僕の引き受けた仕事ですから」と、長斧の戦士の武具に関する手伝いを全て断った。


「元々は私たちの巻いた種だから」「味を占められるだけだぞ」と言っても、ショウ長斧の戦士の武器を渡すのは頑なに拒んでいる。


「あの新人君、素晴らしいですね」


手伝いの要請を全て断り、一人黙々と作業を続けているショウを遠巻きに眺めている技術員が、工場長に言った。


「そう、じゃな…」


「向こうが力を持って押してきた時、こちらも力で対抗しようとしたのが間違いだったのですね。私たちは技術者、技術で対抗しなければいけません、彼はまさに技術者の鑑だ」


「果たしてそうじゃろうか…」


興奮気味に語っている傍、工場長は冷めた口調で意外な事を言った。


「どういう事ですか?あの憎き屈強なあの男が、今やまるで牙を抜かれた獅子のようです」


「ショウは技術者としては非の付け所がないのは同感じゃ。魔装具技術者とは聞いていたが、泥臭い仕事も嫌な顔ひとつせずやってのける。もしワシに孫娘がいたら、すぐに嫁がせていたじゃろう…じゃが…」


「じゃが…?」


「ショウは聖人ではないわい」


「?」


工場長の言葉に若手技術員は頭にはてなマークを浮かべる。





「うおらあああああ!!! アイツはいるかああああ!!!」

その日の夕刻、工場長が言わんとしていたことを技術員たちが知ることとなった。


怒り狂った猪のようになだれ込んできたのは、長斧の戦士である。


「ど、どうしましたか?」


技術員の一人が聞いた。


「いいから、あの若造をだせ!!!!」


その気迫に、尋ねた工員がひぃっと悲鳴をあげ身を縮めて下がると、入れ替わるようにショウが出てきた。


「また、武器の修理依頼でしょうか?」


その顔は前までのニコニコとしたものではなく、唇をきゅっとしめ、拳を握り、自分より一回りは大きい大男の前に立っている。


「どういう事だ!!」


怒り混じった手つきで、白い紙束を思いっきりショウの前に叩きつけた。工場に鳴り響いていた金属同士がぶつかる音が一斉になりやみ、注目がショウに集まる。


「あ、あれはなんでしょう?」


「ついにきたか…」


「どういう事ですか? 工場長?」


「あれは請求書じゃ」


「請求書?」


若手技術員が首をかしげる。


「そうじゃ、あれがショウの策じゃ」


その言葉を聞いて、かしげた首が戻らない技術員もいれば、苦い顔を浮かべる技術員もいた。




時を戻す。

ショウが長斧の戦士の武器の修理を請け負った最初の日の早朝の事である。

歳をとり、日が昇る前に目が覚めてしまう工場長は、一番にレントスの工場に行く。

静寂の中、油や鉄、炭の入り混じった空間に身を置くのが、工場長の日課である。一種の中毒だろうと、工場長は内心自分自身にあきれていた。


ところが、この日は工場の煙突から煙が噴き出し、近づくにつれ、カンッ カンッと金属が打ち付けられているのである。

昨日の事、長斧の戦士がショウに武具を預けた事を思い出し、まさかと思った工場長が工場のドアを開けると、そこにはショウが一人、長斧の戦士の片手剣を研ぎなおしていた。


「やっとるのか、ショウ」


「あ、おはようございます」


「アイツの武器か」


「はい、今日9時までに仕上げないといけないので」


「傭兵の装備の修理なんぞ、必要以上に請け負う必要はないぞ。ワシらの客はあくまでレントス兵士じゃ」

技術員達に必要以上の武器の整備を無給で任されてしまうという事は、長斧の戦士に限った話ではない。


今のレントスの治安がその傭兵達に守られているという事実や、喧嘩に発展するのが嫌という技術員達の心情から、嫌々ながらも引き受け、結果彼らの仕事量が増え過労になる。

それだけではなく、傭兵達との衝突による精神的な疲労も、技術員達の腕を鈍らせる原因となり、最悪の事態を引き起こしかねないのだ。


「そうですね。ですが彼らを何とかしないと、本業の方に支障がでます」


「どうするつもりじゃ? このまま傭兵の依頼をすべてお前さんが受け続けると?」


「いえ、強い一撃を与えて、バランスを取ります」


「あいつらと戦うつもりか?」


「いいえ、僕はあくまで技術者、戦闘を専門にしている彼らには敵う訳がありません」


砥ぎあげた片手剣を上げる。丁寧に磨き、銀の輝きを放つそれは、まるで新品のようだ。


「それに強い一撃、というのは僕ではありません。もっと強い、第三者です」


「第三者?」


ショウは仕上げた片手剣を鞘に納め、一枚の白い紙を見せた。


「請求書……そういう事か」


「はい、修理費を、直接ではなく、レントスを通して彼が属する傭兵集団に請求します」


「……よく調べているのぅ」と工場長は顎を親指と人差し指の間で撫でた。

傭兵集団の給料はレントス国からでる。そして、魔物討伐に必要な食料、薬などの消耗品はレントスから最低限支給され、それを超える事があれば、経費として申請し、審議に駆けられるのだ。もちろん、武具の修理費も申請可能だ。


レントス側も湯水のように財を使える訳ではなく、討伐した魔物の強さと照らし合わせて、その申請が妥当であるかどうかを判断する。

長斧の戦士含めた一部の粗暴な傭兵達は、申請が受理されないのをわかった上で、暴力をもって、自身の武具を修理させようとしていたのだ。


ショウの策はそれを経費としてレントスに請求するという“おせっかい”を働こうとしていた。


「代理で修理費を工場からの請求書付きで経費として申請します。受理はされないでしょうが、彼が必要以上に修理を依頼している事や、工賃を一切払っていない事が明るみになります。傭兵集団のリーダーや経理も、流石に動く筈です」


「じゃがお主…そうすれば奴の怒りを一身に受ける事になるぞ」


「覚悟の上です。身体の強さには自信がありますから」


「いかんな」と工場長は首を振った。


「他の技術員にも影響が及ぶのじゃぞ。現に起きた」


「半年前の大規模労災の話、ですか」


請求書をレントスに送るというショウの案は、実は既出であり、実際に行われた。

だが、怒り狂った傭兵に工場に乗り込まれ、乱闘騒ぎに発展し、請求書提出に加担していない他の技術員もケガをするという事件が起きた。


「知っているのなら何故やろうとするのじゃ」


「専品部の半年前の大規模労災の記録を調べさせてもらいました。お互いに非があるとして、双方謝罪という形で終わったそうですね」


「そうじゃ。先に手を出してしまったのはこっちじゃったからの」


「重要な点は、傭兵側も謝罪したということです。傭兵側にも、今の状況を良しと思っていない人がいるということだと思います。そういった人達を外部から働きかけて動かします。それが傭兵集団のリーダー、クリノスさんであるといいのですが」


「なるほど。同じことを起こして、傭兵側も動かす。という訳か」


「前面の敵には対処できても、後ろから差してくる敵には対応できません。ですので、私は一切やり返さず。向こうの気が済むまで殴られ続けます。そして、ミスターシャからの客人が怪我をした、と大事にするのです。」


工場長は押し黙り、ショウの瞳をじっと見つめた。ショウもしばらく自分の覚悟を瞳に表し、見つめ返していたが、やがて視線をそらし、肩の力を抜くと。


「むしろ、僕は殴られるべきでしょう。初めから話し合いを放棄し、傭兵という雇用が保証されていないという弱い立場を利用するという姑息な手を使っていますから」


と自嘲気味に述べた。





「お前がこんなものを送り付けたせいで、俺の給料が減っちまったじゃねえか!」


と、長斧の戦士がショウを睨み、威嚇する。どうやら、向こうの経理は過剰な修理費を給料から天引きしたようだ、とショウは思った。

物おじせず睨み返し、「当然の処置です」と返す。

専品部工場では技術員に加え、魔物退治の仕事を終えた傭兵達がぽつりぽつりと現れ野次馬と化し、双方に険悪なムードが漂う。


「お前の修理が甘かったから、一日で壊れたんだろうが? 謝罪としてタダで直すのが当然だろう?」


「いいえ、手間賃は必ず発生するものですので…金が無いなら、自分で修理してください」


長斧の戦士の顔が強張り、怒りは爆発寸前だ。


「そういえば名前を聞いていなかったな、お前、名は?」


「……」


ショウは押し黙った。答える気が無いという事だ。堪忍袋の尾が切れ、憤慨した長斧の戦士がショウに拳を振り上げる。


「舐めるなよ!!」


ゴッという鈍い音とともに、ショウの身体は宙を舞う。倒れたと同時にすぐ立ち上がり、

すっとした視線で長斧の戦士を睨みつけている。見れば右頬が熟れた柿のように赤く腫れている。


「ほう、殴りがいがある奴じゃねえか」


拳をぽきぽき鳴らしながら、ゆっくりと前に進む長斧の戦士。彼の怒りは一発殴り飛ばした程度では収まらない。


「工場長、これはまずいんじゃないですか?下手をすれば彼の腕が折れますよ」


腕が折れる事は、技術者としての死を意味する。折れた腕が治ったとしても、折れてしまった技術までは戻すのは非常に難しいのだ。


「そ、そうじゃな。じゃが…」


下手に割って入れば、自分がケガをしてしまう。それでは元も子も無い。

(あいつが言っていたように、ただ見る事しかできんのか…)

工場長と中堅技術員は、獣のように怒り狂った長斧の戦士を鎮める案が全く思い浮かばない。


「うおらあああ!!」と今度は腰の入った一撃を、長斧の戦士はショウに放つ。

痛々しい光景に工員達は皆目を閉じ、ぐきっ、と骨が砕ける鈍い音を聞いた。ショウの骨が折れたのだと皆思った。


が、そうではなかった。

「がはっ」と戦士が呻き声をあげ、目を開くと、浮遊する盾が長斧の戦士の腹部にめり込んでいた。

「しまった!」とショウは叫び、ショウが慌てて浮遊する小盾―機械仕掛けの小盾(メカニカルバックラー)―を引き戻す。


この動作が、浮遊盾の主がショウである事を周囲に知らしめてしまった。

長斧の戦士が膝をつき、殴られた腹を抑えている。


「こ…の…!!!」


真っ赤になった長斧の戦士の顔に浮き出た血管が、今にも爆発しそうだ。

長斧の戦士は背中の長斧を抜き、構える。その動作に、技術員だけではなく、野次馬であった傭兵達も一気にざわついた。


ショウは浮遊盾―機械仕掛けの小盾(メカニカルバックラー)―を前に両腕を横にガードし、身構える。

(くそっ、いつもいつも肝心な所で失敗するんだ。寝たきりになるくらいは覚悟しないといけない、か)

長斧の戦士が武器を持ち、死傷の危険性があるとわかっていても、ショウはやり返さず、向こうの気が済むまで攻撃を受け止め続けるという選択を変えなかった。


「うおらあああああ!!!!!」


長斧がショウに向けて振り下ろされる。概算数トンに及ぶ魔物をなぎ倒すほどの一撃が、60キロ程度の男ショウへと向けられる。例えガードできたとしても、その重さと速さによる運動量でショウの身体は吹き飛び、内部から砕けるであろう。


「待て」


ここにいる誰もがショウの死を予感したその時。鎧を身に纏った女性がショウと長斧の戦士の間に立ち、長斧の柄をがっしりと握っていた。

「お、長…」


長斧の戦士は牙の抜かれた獣のように全身の力が抜けていき、さっと顔面まで充血していた血が引いていく。


「いくぞ」


「で、でも、こいつら俺達傭兵をバカにしやがった」


「…いくぞ」


「……」


言葉に乗せられた「圧」だけで、女性戦士はあの長斧の戦士を制止した。

ピンク色の髪で褐色の肌、鎧は装飾品が一切なく、ボロボロのカーキ色のマントがついただけの地味の一言であるが、細部を見れば関節部分が自由になるよう何重にも金属板が重ねられており、技術と金をたしかに積んでいる事がわかる。


長斧の戦士と女戦士は、工場を引き上げ、野次馬であった傭兵達も解散した。

専品部工場が、安堵感に包まれた。


「メカバック、僕の危険に気づいて助けてくれたのは嬉しいけれど、どっから来たんだい? 確かレイとの戦闘訓練のために、アテナの元にいたはずじゃ」


一切の反撃を加えてはいけなかったのだ。さらなる怒りの矛先がぶれなかったのが幸いだったが、もし他の技術員に向いていれば、かけがえのない命とウデが消えていた可能性だってある。


「すいません!ショウさん ここにメカバックちゃんは来ませんでしたか?」


「……そういう事か…」


託していたアテナがレントスに帰ってきた時、自分のピンチを察知したメカバックがかけつけてきたのだろう、とショウは思った。怒るに怒れない。


「もうショウさんの元にいらしたんですね、ってショウさん、どうしたんですかその傷は!?」


「治癒をお願いできるか?」


「は、はい」


アテナの術によって頬の傷、その他軽傷の自然回復力を高め、包帯を包んでいく。

傭兵達による脅威が完全に終わり、技術員達は「大丈夫か?」と集まってきている。その中には傭兵達に対して怒りの感情を露わにする者や、中にはすまなかったと謝罪する者もいた。


「これもお前の策か?」


工場長が尋ねた。


「いいえ、大失敗ですよ」


そうショウが言った時、「ふん」と工場長の口角があがった。

技術員達はショウの肩を叩いたり、励ましや労いの言葉をかけると、自分の仕事に戻っていく。


(どうしてこう、自分の立てた策が理不尽に失敗に持っていかれるかねぇ。まあなんにせよ、トップが良識ある人でよかった。終わりよければすべてよし、という事にしよう)


上まで荒くれ者だったら、組織が持たないから当たり前かと、一時の安堵を得たショウであった。だが、その安堵は一時的なものだった。


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