9.1 専品部労災問題 上
専品部の工場は、量品部と隣接している。面積は量品部工場の半分以下であり、ここには知識や技術を備えた技術者が集まっている。
もちろん、量品部にいる作業者は質の良い製品を大量に作り出し、人々の生活や安全を支えている名誉ある人々である。決して、専品部の技術者と比べて劣っているというわけではない。
専品部の技術者たちは、その職種故に幅広い知識や経験を有し、限られた者しかなれない貴重な人材なのだ。
専品部の工場に入ってみると、ショウは同じく蒸気と油の匂いに歓迎されるものの、量品部工場とはちょっと違う、どこか昔を思い出すような、ふと懐古したくなるような匂いだった。
それもそのはず。専品部の工場は大きな鍛冶場という印象で、量品部にあった大量生産をするための大きな設備はなく、代わり炉や机や治具、そして工具の数々である。
ショウにとっては、量品部の設備に比べて、こちらの鍛冶道具の方が領分であった。
「今日からワシらとともに働くショウじゃ、ほれ挨拶せい」
「ショウと言います。よろしくお願いします」
ショウは専品部に起こる労災問題の原因を調べるため、実際に専品部の一員として働くことになった。
量品部と違い、実際にショウが現場入りすることになった理由は、レイの亡者の剣のメンテナンスに必要な道具が専品部に揃っていた事や、レントスにいる魔装具技術者のバックアップを行うためであった。
レントス工場全体をまとめる工場長は、身長が150cmほどの小柄な爺さんで少し小汚く、技術者というキャリアを常に現場で、前線のみで歩んできた男であった。
初めに見た時は頑固なオヤジ、といった印象であったが、事情を説明すると「話はタール軍務卿から聞いておる。よろしく頼むぞ」と皮膚が固くなった手でがっちりと握手を交わしてくれた。
しかし、専品部の労災問題の理由を聞いてみると第一印象の頑固おやじのように「実際に見てみたらわかる」と理由を教えてくれなかった。実際にその目で見たのか、現場・現物・現実の3現主義を信望していたから。ということらしいが、少しだけでも教えてくれれば、観察眼の眼も鋭くなるのにと、ショウは少し不満を抱えた。
ちなみに、工場長は専品部畑出身で、レントス工場に就任した今でも現場で技術員とともに汗を流している。量品部の方は、次席である量品部長に任せているらしい。昨日量品部工場見学では不在だったが、女性のようだ。
「では、おのおの作業に移っとくれ」
工場長の掛け声のあと、技術員達が各々の作業に移っていく。
専品部は文字通り、専用の、オーダーメイドの品を製造する部門だ。製造するだけでなく、メンテナンスも請け負っている。
製品で多いのは、まずは魔力球である。
これは魔導師の特性やスタイルに合わせた大きさ、形になるのでどうしてもオーダーメイドになる。ざっとみれば2割くらいの技術員が、研磨液と滑らかな布にたらして、丁寧に魔力球を磨いていた。
一番多いのは剣や槍を鍛冶で作っている人たちだ。量品部でも作っているのに、何故わざわざオーダーメイドで?と思ったが、聞いてみるとあれは将来量品部で量産品とするための試作品や、将官用に特別な装備を作ったりしているらしい。
そして、魔装具。工場の1割くらい(数えてみると5人)の人たち、が造っている。若手が多く、知的という印象を受ける。魔導師出身だろうか。
彼ら彼女らは、ミーシャの指導を受けている筈なので、こんど聞いてみようとショウは思った。
魔装具では、魔法剣を製作している人が多く、図面とにらめっこをしながら、ピンセットを持ち、魔生糸を使って魔装回路を剣の持ち手部分につくっていく。
ショウの担当は事前に工場長と相談し、魔装具となった。レイの持つ<亡者の剣>のメンテナンスがショウ宛に送られてくることになっており、魔装具班で仕事をしていた方が、なにかと便利なのだ。
「変な服を着とるが…暑くないのか?」
魔装具班の空いている机へ案内したとき、レントス工場長がショウに聞いた。
「暑いですよ。でも、この服を着ないとどうも」
「うむ、そうか。さて、ショウお前の作業台に、袋があるじゃろう。昨日、お前にメンテナンスして欲しいっていう武器が来たんじゃ。ひとまず今日はこれをよろしく頼む。工具とかについては、周りの連中に聞くといいじゃろう」
「ありがとうございます。早速取り掛かります」
工場長と別れると、ショウはすぐに自分のスペースへと向かい、改めて魔装具を担当している技術者に挨拶を交わした。
「あのミーシャさんの部下なんだろう?よろしく頼むよ」
隣の技術員が声をかけてくれる。
「はい。よろしくお願いします」
「ミーシャさん、綺麗な人でおしとやかな人だから人気だよ。これから魔装具を学ぼうと思っている人も増えてくるんじゃないかな」
魔装具指導にミーシャを充てて良かったなとショウは思った。魔装具技術者が増えることは、それだけでレントスの魔装具技術者はアップするのだ。
自身の仕事を始める前に、ショウは専用品製造部門技術者達の仕事ぶりをながめた。
魔力球や魔装具の担当が多いこともあって、専品部の工場は静かである。時折、槌を叩く音が聞こえ、心地よくも感じる。量品部では、騒音であった。
特殊品製造部の技術員たちは各々決められた担当があり、作業スペースが独立している。彼ら彼女らは指示されずとも仕事を粛々とこなしており、ひとりひとりが店を構えているようなものだとショウは感じた。
技術員一人一人が己の役割を理解し、自立して仕事をしている。誰も鳴れた手つきで、労災が起こるとは思えない現場である。だが、専品部でも労災問題は起きているらしい。
ショウはしばらく様子を見るか、と自分の仕事にとりかかった。
作業台に置かれた袋を持ってみると、手に伝わる感覚だけで、それが亡者の剣でることがわかった。
(この三つの魔力が渦巻くように絡み合うこの感覚、防具などに混ざって<亡者の剣>がある証拠だ。ありがとう、ミーシャ)
ミーシャは物事をやりたがらないが、引き受けたことは完遂する娘だ。
袋を開け、<亡者の剣>を取り出す。首にかけた白い六角レンチを手に、亡者の剣を分解し、ダメージチェックと、その調整を始めた。
「困ったな…」
レイの武具、防具を一通り診終わったとき、そうショウの口からこぼれた。
作業台の上にはショウが設計・開発をてがけた<亡者の剣>プロトタイプがある。
(やはり俺の前に立ちはだかるか、まったく)
今、ショウが直面しているのは<亡者の剣>の持ち手の部分の耐久問題である。亡者の剣をチェックした所、レイの光の魔力によるダメージが確認され、特に持ち手の部分が大きく、亀裂が入っていた。
この亀裂は魔力漏れという問題を引き起こし、魔法の質を下げ、最悪の場合はミスターシャの森でレイが起こしたように、爆散事故を引き起こしてしまう。
(解決策が思い浮かばない以上、まずはデータを取るしかない、か)
ショウは紙とペンを持ってきて、持っている<亡者の剣>の面図を取り出し、それと実寸値を比較してダメージの種類や状態などを詳細にスケッチした。
今はとにかくデータ収集。
問題点を洗い知識として頭の中のセルに記憶する。そのセルが繋がり、電撃となって脳内を駆け巡り、アイデアとなるのは祈るしかない。
そのために考え続けるのは絶対の正解ではない。時には考えるのをやめ、身体を動かすのも大切だとドットルトで学んだ。
同じ轍は踏まない、それが才能あるなしに関わらず進み続ける秘訣。そうショウは考えていた。
<亡者の剣>のチェックと部品交換を終えた後、手が空いていたのでショウは終業まで工場の人たちの仕事を手伝った。ヘルプは魔装具担当に入ったのがほとんどであったが、時には武具開発の方のトラブルにも自ら進んで対応しに行ったりした。
銅鑼の音が鳴り、技術員たちは片づけを始める。気が付けば夕方になり、終業時間の合図の銅鑼だ。
「ショウ君、今日はイロイロ助けてくれてありがとう。君の技術力には驚いたよ。やっぱり、魔法の素養があると、魔装具の技術も付きやすいのかな?」
魔装具班の青年がショウに聞いた。焼けた顔をしており、鍛冶師あがりの人だろうかとショウは思った。
「いえ、そんなことはないと思います。今は本などによって体系化されていますし、僕も魔法についてはからっきしですから」
「そうか。なら、僕も頑張ってみようかな。では、これで」
と魔装具担当の技術員は小走りに去っていった。
まるで逃げるような様子だとショウは思った。見まわしてみれば、他の技術員たちもさっさと帰っていく。工場長がショウのもとにやってきて「ショウ、お前ももうあがっていいぞ」と言った。
「はい、ではお先に失礼します」
「お前、確か魔装具技術者だったよな? 鍛冶も知っているとは大したもんだよ」
「魔法剣とか、武器に実装する用の魔装具を開発していましたから」
「ほう、それは珍しいな」
「そうなんです、武具に精通する魔装具技術者が僕くらいしかいないもんですから、魔法剣や魔法盾の製作依頼は全部僕に投げられて…しくしく」
と今まで投げられた理不尽な仕事を思い起こし、ショウは袖に涙を濡らした。
「た、大変だったな。よし、今日は歓迎会ということで飯を…」
工場長がショウを歓迎会に誘おうとしたとき、野太い声がレントスの工場に鳴り響いた。
「だから、直せって言ってるだろ!!!!」
乱暴な声の主に、専品部技術者の注目が集まる。
屈強な男が技術員に怒鳴り散らしていた。
装飾品が施され、背中には長い斧を背負っている。その傭兵特有の派手な格好をしていることから、レントスの傭兵だろうとショウは推測する。
「直すには直すけど、昨日も来たじゃないか。困るんだよ、せっかく直したのに一日で壊されちゃ」
中堅技術員が必死に受け答えしているが、長斧の戦士は2mもある上に筋骨も猛々しく、簡単に気おされてしまっている。
「けっ、また来おったか」
「工場長、あれは…」
「雇われの傭兵じゃ。ファルティス要塞に赴任した兵士たちの代わりにレントス周辺の警備をしておる。ワシらを奴隷かなんかと勘違いしている傲慢な連中じゃよ」
他の職人たちは、長斧の戦士を睨みつけている。だが、怒鳴られている同僚を助けることはしない。
いや、できないのだ。言葉が通じそうではなく、体格差があり、傭兵は戦いのプロ。
長斧の戦士を睨む職人たちの中には悔しさからか、歯ぎしりをしている者もいる。
「こういうったこと、よく起きているんですカ?」
「ああ、ここ最近は頻度が増しておる」
終業後、技術員が逃げるように去っていったのは、トラブルに巻き込まれないためかと納得した。
「もしかして、これが……」
「………そうじゃよ」
(戦士と技術員の対立か…これは厄介な問題だな…)
と、ショウは胃にチクッとした痛みを覚え、表情をゆがめた。
「とにかく困るんです。こっちだって他の仕事が」
「それはお前らの腕が悪いからだろうが! さっさと直せ!」
がしゃり
と傭兵は自分の壊れた剣を鞘ごと叩きつけた。その剣は地面をすべり、ショウの安全靴に当たる。
長斧の戦士が中堅の職人に手を挙げようとしたとき、ショウは「待った!」と声を張り上げた。
視線がショウ一点に集まる。
剣を拾い上げ、鞘から抜く。ボロボロになった剣をショウは剣先からグリップまで一通り眺める。
(刃もボロボロだし、所々に傷がついている。何か月も使い込まれていたようだ)
ショウの心の中に、ふつふつとした怒りが沸き起こる。
「これ、昨日直したって本当ですか?」
ショウが中堅技術員に聞いた。
「はい、砥ぎなおし、グリップの部分も巻きなおしました」
「そうですか…」
「おう、お前が直してくれるのか」
威圧するように言う長斧の戦士に、ショウは気味悪いほどの満面の笑みを返した。
「はい、私が治してみせましょう」
「本当か? ハッタリなら承知しないぞ」
「ええ、誓って」
「ほう、素直でいい奴だ」
長斧の戦士「お前らもこいつを見習えよ」と技術員たちに指を刺しながら、行く先を邪魔になる技術員を突き飛ばし、この場を去った。
工場が高所作業を終えたような安堵感に包まれるも、その空気は鉛のように重い。
「おい、ショウ。お主の腕なら確かに治せるかもしれんが、骨折り損になるだけじゃぞ」
工場長が言った。
「骨折り損、ですか?」
「ああ、ワシらの仕事はファルティス要塞で戦っておる兵士たち装備を整えることじゃ。傭兵連中の装備をタダで直す仕事は請け負ってないわい」
「あいつらは、タダで直せって言い張るんだ! 何度お願いしても払ってくれない。この前も、勇気を出して修理費を請求したテツが、ボロボロになって……」
若手技術員が涙交じりに訴えた。特殊品製造部の労災の原因は、横暴な傭兵達の仕業で間違いないようだ。
技術に対する報酬を支払わない連中。ショウは一度。そいつらを相手に交渉…的なものをし、改心させた経験がある。
経験があるなら、相手に合わせて対応を変化させればいい。他にも仕事を多く抱えているので、打てる手は早急に打っておきたい。
「……一案があります。ここは僕に任せていただけませんか?」
「やめておけ、話が通じる相手ではないぞ」
「存じております」
「だったら何故」
「お願いします、一度だけやらせていただけませんか?」
もう一度、お願いする。
無表情で答えるショウを見て、技術員たちは不気味な表情でお互いを見合う。
結局、沈黙という名の同意を得られることになった。
打つ手があり、やることはあるものの、気が重く胃がチクチクと痛む。人間を相手にする問題は、やはり嫌いだとショウは思った。




