6.2 いざ、レントスへ 下
「ショウってゲートブルクで工兵をやってたんだ」
帰る途中、ミーシャが聞いた。
「うん。すぐ辞めちゃったけどね」
ミーシャに目を合わせずにショウは言った。
「それにしても、魔装具製作の技術ならともかく、労災問題、俺たち魔装具技術者がやらなくてもいい案件だろうよ」
「言われてみればそうね……なんで受けちゃったわけ?」
「上手く乗せられてしまったって訳だ。おそらく、カイゼンに割ける人員がレントスにはいないんだろう」
ショウは、タール軍務卿のしたたかさと微かな図々しさを感じ、簡単にはいかなそうだと苦い顔をした。
次に二人は、レントス議事堂で行われる、重鎮たちが国の行く末を議題に激論を交わす大会議を見学した。
大会議が行われる中央ホールは拡声魔法が無くても声が良く響く造りとなっており、数十人の選挙で選ばれた大臣率いる議員たちが激論を交わしている。もはや雑音だ。
内務、財務、外交など、様々な考えを持つ人達が対等に発言の立場が与えられているため、レントスの会議は白熱と混沌を極め、ゴールへと向かわない。
これでは発展のスピードも遅まってしまうのも仕方がない、と二人は理解した。
途中、タール軍務卿が客席から現れ、争議の背景や論点などを教えてくれたのでショウ達はレントスの内情を知ることができた。
大会議に参加しなくていいのですか?と質問した時、タール軍務卿は笑いながら「無駄な会議にはでませんので」と笑い、「大臣でしょ!」とミーシャは思わず被っていた猫を脱ぎ、ツッコミを入れた。
夜、レントスの状況を、執務室でカースとアテナに報告した。
「という訳で、俺達はレントスから、レントス工場の労災問題を解決するよう仕事を言い渡されたんだ」
ショウは作戦机にある地図を指さしそう説明した。衣服もいつも通りの紺色の作業着ではあるが、胸元は開き、丸椅子の上にあぐらをかいている。礼服を着て、性に合わない規則正しいふるまいをした反動だろうか。
「魔装具の技術を伝えるのが仕事ではなかったのですか?」
アテナが聞いた。
「そっちもやるんだが、レントスとしては労災問題を中心に取り組んで欲しい、とのことだ。いざ赴任してみたら仕事内容が違っていたってのはよくあることさ」
「傭兵なら、契約破棄を選択することができましたのに、大変なコッタ」
カースはニタニタと笑う。
「技術者でも蹴ってもいいさ。ただ、ミーシャはアルマス社やミスターシャを代表してレントスに着てしまったからやるしかないのさ。なあ、ミーシャ」
ショウはミーシャをみやる。
「私、そんな問題解決したことないわよ。なのになんでそんな仕事を私たちになげるのかしら」
ミーシャはソファーに座り、不機嫌を露わにして言う。服装は、いつもの服に戻っており、黒のボディスと脛まである白いヒラヒラのショートスカートを着ており、胸のブローチは無く、胸もしぼんでいた。
「そういう時もあるし、俺もないよ。だからまあ、労災問題については調査をしつつ、勉強だな。ミーシャには、魔装具技術指導の方を担当してもらう。回路理論の本ならいくつか持ってきているからそれを見てくれ」
「わかったわ。ちょうとそっちの方の勉強もしてみたかったし」
ミーシャは珍しく快諾した。ミーシャの業務である回路製作の上流工程にある魔装回路理論(設計)の知識は、今後回路製作の仕事を受ける上で必要だと思ったのだろう。
次に、ショウは1枚の紙を3人に見せた。紙には、レントス工場の労災による休業人数と、手書きの円グラフが描かれている。
「労災による休業数を見ると、専品部量品部よりも量品部の方が休業数は2倍。圧倒的に多い。まずは量品部の方から調査を進めて原因を特定していこうと思う」
量品部とは量産品製造部門の略語で、どうやらレントスには長い言葉を略す分化があるらしい。
「調査って何をするの?」
ミーシャが聞いた。
「なんにも特殊なことはしない。ただ現地をひたすら観察するだけだよ」
「げ、面倒くさそうね」
ミーシャはグリーンピースが出てきた時のように鼻を曲げて答えた。
「もっと効率的で画期的な方法はないの?」
「そりゃ ゼロ労災装置みたいなのがあれば真っ先に導入するけれど、残念ながらそんなものはないし造れない。時には腹をくくって地道にやることが大事な時もある。急がば回れとも言うだろう」
「カースは俺と一緒に、労災問題の調査に取り組もう。内容は追って話す」
「ヘイ、あっしらにはお似合いの仕事ですネ」
長い足を組んで椅子に座っているカースはやれやれ、といったポーズをして見せた。
「次に、レイの事なんだが、どうも難しい」
ショウは腕を組み、視線を落とすと、状況を整理するために説明を始める。
「ファルティスっていう要塞と魔物達が戦闘状態にあるって事は、知っていると思う。俺とミーシャが担当するレントス技術部は、ファルティスにむけて武器を製造し、食料との物資と一緒に送るところまで請け負っている」
「もちろん送るだけじゃない。輸送計画や、壊れた武具や工具の修理や、新しい武器・火砲の製作、馬車や荷車の開発やメンテナンスといった仕事もしている。その仕事は、レントス駐在員の仕事だったそうだ」
「民間人で構成された部隊なのに兵站任務を肩代わりシテルって事ですか。中々難しいモンを押し付けられているんデスネ、駐在員って」
「前任のポトフさんがレントスに赴任した時、やらなくてもいいことに手を出して大きな成果をあげてしまったんだ。その一つが兵站輸送さ」
「いつも必要以上にやりすぎなのよ、お父さんは。それで謙虚過ぎるから、自分の成果は大きなものじゃないし、労力も大してかかってないって言っちゃうの。それを馬鹿正直に本部とか昔の上司が受け取っちゃって、後任が過労で潰れちゃうワケ。私みたいに!」
ポトフは自分の能力を過小評価しすぎており、部下の能力を過大評価してしまう癖がある。報酬はその優秀だと思い込んでいる部下に優先して配分され、失敗の原因は無能である自分―ポトフ―にあると責任を取ってくれたりと、良い面はあるが、部下への重圧が必要以上にのしかかってしまうという悪い面もある。
更に、自分の娘であるミーシャを1000年に1人の天才だと溺愛しており、何でもできるとさえ思っている。ポトフの性質と、娘への愛情から、ミーシャに余計な負荷がかかる結果となってしまっているのだ。
「アルマス社の闇を見やしたね……これは」
「ミーシャさんの会社はぶらっく企業なんですか?」
「そんな言葉どこで覚えたんだ、アテナ。労働者ってのは経営者が儲ける為に給料以上の仕事をさせられているんだ。どの会社もそういうものだよ」
「いつも斜に構えますね、ダンナは」
「サガ、だよ。でも、アルマス社自体は成果報酬制で、仕事をするのも休むのも自由だから、ミーシャみたいに人生を謳歌している人もいるよ。離職するって人はそうそういないな」
退職届を叩きつけた奴が言うなという話ではある。
「さて、話を戻そう。さっき言った通り、レントス工場は兵器の輸送も行っている。魔物が現れるフィールドの中で、迅速にかつ正確に物資を前線に送り続けているんだ」
「その安全は、どう確保するのですか?」
アテナが聞いた。
「護衛には傭兵を使う」
「傭兵…という事はここのギルドから?」
「いや、ここにはギルドというものは無い。だけど、レントスは大きな傭兵集団を雇って、輸送護衛やレントス周辺の魔物退治に充てているんだ」
「着任するレイさんも、その傭兵集団に加わると?」
「それがわからないんだ。今日、議事堂で会議を傍聴していたんだけど、ファルティスに要塞に行かせるとか、レントスの周辺警護をやらせるとか、放置するかとかでとにかく揉めて結論は出ず仕舞い。レイをどう扱うのか、レントスの高官達は皆頭を抱えているんだと思うよ。ただ、レイは砂の城を破った実績を持つ光の戦士だから、雑には扱わないと思う」
レイが国賊の血を引きしもの、という情報は、レントス側は知らないとショウは踏んでおり、実際その通りであった。
「アテナはレイに直接ついて、情報を送って欲しい。ドットルトの時と同じで、やり方は任せる」
アテナのは「わかりました」と頷く。
「問題は、レイはレントスにまだ到着していないことだ。無事にしてくれればいいんだが……」
とショウは唸り頭を捻った。
「どういうことですか?」
アテナが聞いた。
「いやな、ポトフの情報だとレイを乗せた馬車は、明日の夕方ごろに到着する予定らしい。けれど、レイは王宮に対して相当強い不信感を持っているから、馬車から抜け出して一人で行動する可能性がある。その足がレントスへ向かってくれればいいんだけれど、レントスへ行かず別の地方へ旅立ってしまったら相当まずいんだ」
魔法に暗いショウが、ドットルト砂漠に行ったレイを感知できたのは、ショウの髪の毛を回路に埋め込んだ機械仕掛けの小盾が信号を発信してくれたお陰である。そのメカバックは今ショウの手元にあり、レイの居場所を掴むには斥候に頼るしかない。その斥候も、レイを追跡するのに難儀しているみたいなのだ。
「もしもの場合はミーシャのお父さんを無理やりにでも呼んでレイを追う作戦は経てているけれど、こればっかりはレイがレントスに無事着けるよう祈るしかない」
「はい!お祈りなら任せてください! しっかりとレイさんのご無事をお祈りします」
とアテナはガッツポーズをした。
「それで、なんですけれど。祈りの時間以外は、ショウさんとご一緒してもよろしいですか? 工場、というものを見てみたいです!」
「もちろんだ。一緒に行こう。ミーシャはどうする?空いた時間にでもレントスの工場を見るか?」
「私はパス。規定労働時間が超えちゃうから」
と、ミーシャはふかふかのソファーに寝っ転がり、だらんとした表情で首を振った。
規定労働時間なんて自分で勝手に定めた時間だろうとツッコミを入れたくなったが、今回は単なる誘いであったので、ショウはこれ以上言わなかった
「なら、代わりと言ってはなんなのだが、ミーシャに新たな仕事を振ろうと思う」
「うっ 過重労働よ。それは」
ミーシャは苦手な食べ物その2、ピーマンが食皿に出てきた時のような表情をよこした。
「なに、簡単な仕事さ。ミーシャの初仕事は、亡者の剣の調整を、俺に一任させるよう手配することだ」
「そんなに簡単なら、自分が頼みこめばいいんじゃない?」
「うっ……そ、それは」
ミーシャの鋭い指摘に、ショウは槍で突かれたようにのけ反った。見事なカウンターである。今まで策士のような風貌をしていたショウがみるみる、新米兵士のようなおどけたものになっていく。
石碑では、ショウとレイはある一定の和解を示し、これからのお互いの行動について折り合いをつけた。だが、ショウのレイに対する恐怖は、まだ抜けきってはいない。
「まあいいわ。それくらいなら引き受けましょう。ショウがそんなにも恐れるレイさんと、一度話をしてみたいと思っていたし」
「怖い怖いって言っていますけれど、案外優しい方ですよ?」
「アテナの精神は、ちょっと太すぎるからアテにならないのよね…」
こうしてレントスでの初日が終わる。
今日を境に、数々の面倒ゴトが竜巻となって襲ってくる。カオスな日々がショウに襲い掛かってくるのだが、今のショウには知る由もない。




