5.1 ドットルト再び 上
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Twitter @Imori_Saito
雲一つない空の下で、蹄と車輪が音を鳴らしている。乾いた生ぬるい風が、馬車の手綱を握るショウの顔を撫で、懐かしさを覚えた。
手綱を握るショウは、荒地の先にあるその広大な砂漠を眺め、その広大さに呑まれるかのように大口で息を吸った。
窪んだ場所に広大な砂漠が広がっている。砂漠の所々に大きな白い岩が突き出し、それが蜃気楼によって揺らめいている。
「ミーシャ、すごいぞ。ドットルト砂漠」
前に来た時は、砂漠を鑑賞するような心の余裕が無かったためか、ショウは初めてドットルト砂漠を見るような高揚感を覚えていた。
「もう見た」
と、不機嫌な声と、本のページをめくる音が、白い布がかかった荷台から聞こえてくるだけであった。
(しゃーないか ミーシャにとっては、災難だもんな…)
ショウは何も言わず、手綱を握り、ドットルトの町へと馬車を進め、到着した。
ドットルトの町も変化を見せていた。
砂の城が消え去ってから周辺の魔物の脅威度が下がったことで、外国と接する商業要所地としての役割が復活しつつある。
ミスターシャへ物を売る、またはミスターシャから物を売る商人たちが多くドットルトの町を訪れ、その商人に現地の人たちが物を売り、食事や宿を提供する。
荷車の上に乗せた荷車の後ろにつき、目を光らせているのはドットルト産まれの傭兵達だ。多くの魔物を呼び寄せる《砂の城》が討伐されてしまったことで、傭兵としての仕事がへり、外部から出稼ぎにやってくる傭兵はいなくなってしまったが、現地の傭兵達は前より安心して仕事に就くことができた。
ドットルトの町の経済は、確実に回りが太くなり、着実な発展を遂げていた。
「お久しぶりですね、ダンナ。それとミーシャ女史」
馬車に乗るショウを見つけると、カースが手を振ってやってくる。
カース・マラカス
彼はドットルトギルドに所属する凄腕の斥候だ。前にショウがドットルトに訪れた時は、亡者の剣の製作で手が離せないショウに代わってレイを監視し、時には投げナイフを用いて助けた。
長身に砂漠町では目立ちすぎる白い肌に銀のピアス。その奇抜な外見からは考えにくいが妻子持ちであり、愛妻家でもある。
「久しぶり、カース」
「件については聞きましたぜ、特にミーシャ女史は災難なようデ」
事前に文を送り、カースには事の詳細を知らせてある。
「そうだな」
馬車の中から「ホントよ、まったく」とミーシャは顔をだし、カースに挨拶をした。
「さっそく、あっしの店にあんないしやすゼ」
「ああ、頼む」
馬車を引き、三人が行きついた先はドットルトの洋服店だった。ベルが鳴るドアを開けば、多種多様の糸や洋服が陳列されている棚に迎えられ。棚に陳列されている服は、襟の付いた洋服や、ヒラヒラのドレス、鎧の中に着込むインナーなど多種多様の服が並べられている。
「紹介しやすぜ、こちらあっしの妻の」
「どうも~洋服屋を営んでおります~セシノです」
カウンターテーブルに肘をついていた物静かな女性が手を振り、挨拶した。物腰柔らかそうな女性だった。大人のゆったりした体つきを持ち、茶髪を赤いスカーフでまとめ、細く垂れた眼で、あんぐりと口を開けたショウとミーシャをにっこりと見つめている。
「どうしたんですカイ、ダンナ、女史」
「いや…まさかカースの奥さんがこんな優しそうな人だったとは…」
「え、ええ…もっとこう金属キラキラ~なコンビかと…」
「それは偏見ですぜ、こう真反対の方が案外うまくいくもんでサ」
セシノもこのような反応には慣れているのか、特に反応を示してはいない。
「さて、今回の依頼はレントス、でしたっケ」
「ああ、前と同じように、レイのサポートを頼みたい。ドットルトからは、離れちゃうんだけれど」
「別に構いませんゼ。最近はココの仕事がどんどん減ってきて、穀潰しになってきた所ですヨ」
「それは良かった。今回のカネの出所は俺じゃない。出張手当もたんまり出せるぞ」
「ホウ、それは素晴らしい。こうしてあっしを迎えに来てくれるとは、身に余るコウエイ、ですね」
「礼儀ってもんだ」
二人は固く握手し、契約を交わした。
「それで、もう一つ服の件についてだけれど」
「ええ、ダンナの《サギョウギ》というやつのメンテナンスは勿論、礼装服も材料さえあればできるそうですよ」
「材料ならある。何日くらいでできそうだ?」
カースはセシノに目をやる。
彼女は店から出て、裏にある馬車の布類を確認すると、店に戻り三本指を立てた。
「三日でできるそうで。衣装ができるまで、ココでゆっくりしてくだせぇ」
「わかった、それで頼む。助かった。ミーシャのサポートについているときの服が無くて困っていたんだ」
「ダンナは確か、アテナ嬢のプレートタイル服を造っていませんでしたっけ? ダンナならできるでしょう」
「やってみて、しっかりとした衣服は造れないってわかったんだよ」
「勝手に卑下するのは、良くない癖ですゼ。アテナ嬢にも迷惑がかかりますヨ」
「うるせえ、さっさと採寸を始めてくれ」
「へいへい、では、お願いします」
セシノがメジャーを持ってショウの身体のサイズを採寸している時、ミーシャは店のマネキンに着せられている一着の黒いワンピースに興味を示していた。
岩を削って作った白いマネキンに、黒いひらひらとした可愛いワンピースが着せられて、岩マネキン特有の重厚感を持って鎮座している。
「ほほう、この服に興味がごありで?」
カースが言った。
「ええ、凄い可愛いわね。これ」
「ミーシャ女史も赴任用の衣服があるんですカイ?」
「一応ね、でもこれがダサいのよ…」
ショウと違ってミーシャは要職に就くので、それなりの衣装が必要であった。戦時中という事で、非軍人でもそれに準じた戦時下での正装をしなければならない。だが、ちょうど男性用の服を調整して代用したもので、着たいとは思えるものでもなかった。
「この衣服は任務で女装が必要だった時に作ったもらったやつです。サイズはあっしに合わせて、色は黒いもんだから砂漠町では到底売れやせん。今ではもうオブジェクトですね。胸の部分をつっついてみてくだせエ」
カースに言われ盛り上がった胸の部分をつつく。
「え、これって…」
ミーシャは本物かと間違える柔らかさに、驚きのあまり身体を震わせた。
「植物や布を編み込んで。弾力を再現してやス。あっしの変装道具の一つですネ」
更にミーシャは揉みこんでみる。形も触り心地も本物そっくりだ。
ミーシャは野獣のような眼光で黒ワンピースの胸元の紐を解き、見れば白い布が胸に詰められている。皮膚まで完全再現している訳ではなさそうだ。
「ねえ、カースさん」
「は、はい…」
「ちょっと、いや、ささやかなお願いがあるんだけれど」
「ささやかな、ですカ」
「ええ、ささやかな」
「はァ……」
含蓄あるにっこりとしたミーシャの笑みに、カースはい身震いを覚えた。
夕刻、再会を祝してカース、ミーシャ、ショウの三人でささやかな宴が行われた。
宴の場所はドットルトのギルドである。別の土地から魔物を呼び寄せる砂の城が消えたおかげで、ドットルトは本来の治安を取り戻し、荒くれ物はいなくなってたのか、前に来た時よりも静かであった。
「本当なら、セシノさんとお子さんの二人を招待しようとも思ったのだけど」
「早速取り掛かっているもんでサ。それにガキはまだ小さいですヨ」
三人はギルドの机のテーブルを囲んでしる。酒池肉林とまではいかないが、三人のテーブルに酒や料理が運ばれると、ショウは手を合わせ、乾杯の音頭を取って食べ始めた。
ミーシャは鬱憤が溜まっていたのか、一気に酒を飲み干すと、酒瓶をまたジョッキに注ぎ始めた。
「砂の城がいなくなってから、ここも少し寂しくなりやしたね」
「平和になったって事かね、今ここは誰が取り仕切っているんだ?」
ショウが聞いた。というのも、前のドットルトの砂の城撃退戦では、ミスターシャからの援軍が来ず、敗色濃厚となった時に指揮を執っていたドットルトギルドマスターや町長がともども逃げてしまったという事件があったのである。事が終わった後も彼らの行方はつかめず、現在ドットルトの町には、ミスターシャから派遣された新たな町長が就任していた。
「受付にいたあの褐色のんびり嬢ちゃんです」
「え、あの人が!?」
「どうやら何もかもが遅いので、置いて行かれちゃったみたいですヨ。ギルドの中枢員はみんな逃げちまったし、彼女しかギルドの内部をできる人はいなかったんです。あっしはもうここのギルドは終わりかと思いやしたが、案外うまく回っていますよ。実務は別のひとがやってくれていますから」
「あの娘はどっしりと構えていた方が性に合っているのかな」
ショウは樽ジョッキに口をつけた。
「それにしても。逃げ出した連中には困ったもんだな」
「本当よ、冗談じゃないわ」
ミーシャが割って入るように飲み干した小樽をテーブルに叩きつけた。
「私は、ゆとりある生活をする為に、堕落体質な身体に鞭を打って、血反吐を吐きながら頑張って来たのに…最近は重い案件ばっかり。私も何度も断ろうとしているのに、高官にも頭を下げられ、法をガチガチに固められたりで……」
(いつのまにこんなに飲んだんだ、コイツは)
その白い肌は朱が刺し、周りには酒瓶が何本も転がっている。完全に出来上がっていた。
「私の自由気ままな生活は? 朝起きて、読みたい本を読みたい時に、描きたいものを描きたい時に描く生活は?」
ミーシャはジョッキの中を空にすると「ぴえーーーん」と泣きながら机に突っ伏した。
「ミーシャ女史、そうとう参っているみたいですね」
「いかにも連日呑まず食わず休みなく働いているように見えるが、ドットルトの仕事を終えてからずっとサボってたぞ。でも、今回のは流石に同情するかな」
と言って、ショウは隣にいたミーシャの背中を優しくポンポンと叩いた。
Tips カース・マラカス
斥候。技術は確かだが、ドットルト砂漠という辺境の地を拠点にしている。
その理由は妻子のためだ。




