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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
3章 魔導砲編 上 「レントスの猛獣を手なづけろ!」
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5.1 ドットルト再び 上

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Twitter @Imori_Saito

 雲一つない空の下で、蹄と車輪が音を鳴らしている。乾いた生ぬるい風が、馬車の手綱を握るショウの顔を撫で、懐かしさを覚えた。

 手綱を握るショウは、荒地の先にあるその広大な砂漠を眺め、その広大さに呑まれるかのように大口で息を吸った。

窪んだ場所に広大な砂漠が広がっている。砂漠の所々に大きな白い岩が突き出し、それが蜃気楼によって揺らめいている。


「ミーシャ、すごいぞ。ドットルト砂漠」


前に来た時は、砂漠を鑑賞するような心の余裕が無かったためか、ショウは初めてドットルト砂漠を見るような高揚感を覚えていた。


「もう見た」


と、不機嫌な声と、本のページをめくる音が、白い布がかかった荷台から聞こえてくるだけであった。


(しゃーないか ミーシャにとっては、災難だもんな…)


ショウは何も言わず、手綱を握り、ドットルトの町へと馬車を進め、到着した。



ドットルトの町も変化を見せていた。

砂の城が消え去ってから周辺の魔物の脅威度が下がったことで、外国と接する商業要所地としての役割が復活しつつある。


ミスターシャへ物を売る、またはミスターシャから物を売る商人たちが多くドットルトの町を訪れ、その商人に現地の人たちが物を売り、食事や宿を提供する。

荷車の上に乗せた荷車の後ろにつき、目を光らせているのはドットルト産まれの傭兵達だ。多くの魔物を呼び寄せる《砂の城》が討伐されてしまったことで、傭兵としての仕事がへり、外部から出稼ぎにやってくる傭兵はいなくなってしまったが、現地の傭兵達は前より安心して仕事に就くことができた。


ドットルトの町の経済は、確実に回りが太くなり、着実な発展を遂げていた。


「お久しぶりですね、ダンナ。それとミーシャ女史」


馬車に乗るショウを見つけると、カースが手を振ってやってくる。


カース・マラカス

彼はドットルトギルドに所属する凄腕の斥候だ。前にショウがドットルトに訪れた時は、亡者の剣の製作で手が離せないショウに代わってレイを監視し、時には投げナイフを用いて助けた。

長身に砂漠町では目立ちすぎる白い肌に銀のピアス。その奇抜な外見からは考えにくいが妻子持ちであり、愛妻家でもある。


「久しぶり、カース」


「件については聞きましたぜ、特にミーシャ女史は災難なようデ」


事前に文を送り、カースには事の詳細を知らせてある。


「そうだな」


馬車の中から「ホントよ、まったく」とミーシャは顔をだし、カースに挨拶をした。


「さっそく、あっしの店にあんないしやすゼ」


「ああ、頼む」


馬車を引き、三人が行きついた先はドットルトの洋服店だった。ベルが鳴るドアを開けば、多種多様の糸や洋服が陳列されている棚に迎えられ。棚に陳列されている服は、襟の付いた洋服や、ヒラヒラのドレス、鎧の中に着込むインナーなど多種多様の服が並べられている。


「紹介しやすぜ、こちらあっしの妻の」


「どうも~洋服屋を営んでおります~セシノです」


カウンターテーブルに肘をついていた物静かな女性が手を振り、挨拶した。物腰柔らかそうな女性だった。大人のゆったりした体つきを持ち、茶髪を赤いスカーフでまとめ、細く垂れた眼で、あんぐりと口を開けたショウとミーシャをにっこりと見つめている。


「どうしたんですカイ、ダンナ、女史」


「いや…まさかカースの奥さんがこんな優しそうな人だったとは…」


「え、ええ…もっとこう金属キラキラ~なコンビかと…」


「それは偏見ですぜ、こう真反対の方が案外うまくいくもんでサ」


セシノもこのような反応には慣れているのか、特に反応を示してはいない。


「さて、今回の依頼はレントス、でしたっケ」


「ああ、前と同じように、レイのサポートを頼みたい。ドットルトからは、離れちゃうんだけれど」


「別に構いませんゼ。最近はココの仕事がどんどん減ってきて、穀潰しになってきた所ですヨ」


「それは良かった。今回のカネの出所は俺じゃない。出張手当もたんまり出せるぞ」


「ホウ、それは素晴らしい。こうしてあっしを迎えに来てくれるとは、身に余るコウエイ、ですね」


「礼儀ってもんだ」


二人は固く握手し、契約を交わした。


「それで、もう一つ服の件についてだけれど」


「ええ、ダンナの《サギョウギ》というやつのメンテナンスは勿論、礼装服も材料さえあればできるそうですよ」


「材料ならある。何日くらいでできそうだ?」


カースはセシノに目をやる。


彼女は店から出て、裏にある馬車の布類を確認すると、店に戻り三本指を立てた。


「三日でできるそうで。衣装ができるまで、ココでゆっくりしてくだせぇ」


「わかった、それで頼む。助かった。ミーシャのサポートについているときの服が無くて困っていたんだ」


「ダンナは確か、アテナ嬢のプレートタイル服を造っていませんでしたっけ? ダンナならできるでしょう」


「やってみて、しっかりとした衣服は造れないってわかったんだよ」


「勝手に卑下するのは、良くない癖ですゼ。アテナ嬢にも迷惑がかかりますヨ」


「うるせえ、さっさと採寸を始めてくれ」


「へいへい、では、お願いします」


セシノがメジャーを持ってショウの身体のサイズを採寸している時、ミーシャは店のマネキンに着せられている一着の黒いワンピースに興味を示していた。


岩を削って作った白いマネキンに、黒いひらひらとした可愛いワンピースが着せられて、岩マネキン特有の重厚感を持って鎮座している。


「ほほう、この服に興味がごありで?」


カースが言った。


「ええ、凄い可愛いわね。これ」


「ミーシャ女史も赴任用の衣服があるんですカイ?」


「一応ね、でもこれがダサいのよ…」


ショウと違ってミーシャは要職に就くので、それなりの衣装が必要であった。戦時中という事で、非軍人でもそれに準じた戦時下での正装をしなければならない。だが、ちょうど男性用の服を調整して代用したもので、着たいとは思えるものでもなかった。


「この衣服は任務で女装が必要だった時に作ったもらったやつです。サイズはあっしに合わせて、色は黒いもんだから砂漠町では到底売れやせん。今ではもうオブジェクトですね。胸の部分をつっついてみてくだせエ」


カースに言われ盛り上がった胸の部分をつつく。


「え、これって…」


ミーシャは本物かと間違える柔らかさに、驚きのあまり身体を震わせた。


「植物や布を編み込んで。弾力を再現してやス。あっしの変装道具の一つですネ」


更にミーシャは揉みこんでみる。形も触り心地も本物そっくりだ。

ミーシャは野獣のような眼光で黒ワンピースの胸元の紐を解き、見れば白い布が胸に詰められている。皮膚まで完全再現している訳ではなさそうだ。


「ねえ、カースさん」


「は、はい…」


「ちょっと、いや、ささやかなお願いがあるんだけれど」


「ささやかな、ですカ」


「ええ、ささやかな」


「はァ……」

含蓄あるにっこりとしたミーシャの笑みに、カースはい身震いを覚えた。



夕刻、再会を祝してカース、ミーシャ、ショウの三人でささやかな宴が行われた。

宴の場所はドットルトのギルドである。別の土地から魔物を呼び寄せる砂の城が消えたおかげで、ドットルトは本来の治安を取り戻し、荒くれ物はいなくなってたのか、前に来た時よりも静かであった。


「本当なら、セシノさんとお子さんの二人を招待しようとも思ったのだけど」


「早速取り掛かっているもんでサ。それにガキはまだ小さいですヨ」


三人はギルドの机のテーブルを囲んでしる。酒池肉林とまではいかないが、三人のテーブルに酒や料理が運ばれると、ショウは手を合わせ、乾杯の音頭を取って食べ始めた。

ミーシャは鬱憤が溜まっていたのか、一気に酒を飲み干すと、酒瓶をまたジョッキに注ぎ始めた。


「砂の城がいなくなってから、ここも少し寂しくなりやしたね」


「平和になったって事かね、今ここは誰が取り仕切っているんだ?」


ショウが聞いた。というのも、前のドットルトの砂の城撃退戦では、ミスターシャからの援軍が来ず、敗色濃厚となった時に指揮を執っていたドットルトギルドマスターや町長がともども逃げてしまったという事件があったのである。事が終わった後も彼らの行方はつかめず、現在ドットルトの町には、ミスターシャから派遣された新たな町長が就任していた。


「受付にいたあの褐色のんびり嬢ちゃんです」


「え、あの人が!?」


「どうやら何もかもが遅いので、置いて行かれちゃったみたいですヨ。ギルドの中枢員はみんな逃げちまったし、彼女しかギルドの内部をできる人はいなかったんです。あっしはもうここのギルドは終わりかと思いやしたが、案外うまく回っていますよ。実務は別のひとがやってくれていますから」


「あの娘はどっしりと構えていた方が性に合っているのかな」


ショウは樽ジョッキに口をつけた。


「それにしても。逃げ出した連中には困ったもんだな」


「本当よ、冗談じゃないわ」


ミーシャが割って入るように飲み干した小樽をテーブルに叩きつけた。


「私は、ゆとりある生活をする為に、堕落体質な身体に鞭を打って、血反吐を吐きながら頑張って来たのに…最近は重い案件ばっかり。私も何度も断ろうとしているのに、高官にも頭を下げられ、法をガチガチに固められたりで……」


(いつのまにこんなに飲んだんだ、コイツは)


その白い肌は朱が刺し、周りには酒瓶が何本も転がっている。完全に出来上がっていた。


「私の自由気ままな生活は? 朝起きて、読みたい本を読みたい時に、描きたいものを描きたい時に描く生活は?」


ミーシャはジョッキの中を空にすると「ぴえーーーん」と泣きながら机に突っ伏した。


「ミーシャ女史、そうとう参っているみたいですね」


「いかにも連日呑まず食わず休みなく働いているように見えるが、ドットルトの仕事を終えてからずっとサボってたぞ。でも、今回のは流石に同情するかな」


と言って、ショウは隣にいたミーシャの背中を優しくポンポンと叩いた。

Tips カース・マラカス

斥候。技術は確かだが、ドットルト砂漠という辺境の地を拠点にしている。

その理由は妻子のためだ。

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