3 瞑目のレイ
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「………」
レイがミスターシャ城内の一室で一人、瞑目している。
あの日、ドットルト砂漠での一件から一か月が過ぎた。
英雄になったはずだった。ドットルトで亡者の剣を手にし、ドットルト周辺の町を長く苦しめていた《砂の城》本体を討ち取り、平和をもたらした。
レイの功績は端を炙った銅板のように瞬く間に熱となって各国に広まり、国も彼の存在を隠しきれず、遂にレイの存在は公表された。
ミスターシャの王宮に帰ってきた時、城の皆は大いに喜び、王族や古くからの高官達と祝杯も挙げてくれた。今まではまるで”存在しないモノ”のように扱われていた状態からの変り様に嫌悪感を覚えながらも、レイはその祝杯に答えた。
レイは亡者の剣を抱き、呼吸に集中する。
座る椅子の艶の香りが鼻に入り、改めて辺りの様子が意識に入る。
今、自分がいるのはミスターシャ王宮の一室には、金字の入った赤い絨毯に高級感のあるベッドと机、椅子が一つある。部屋の面積の割に家具が少なく、どこか殺風景にも見える。外には常に衛兵が見張っており、自由があるとすれば王宮内の庭で独り鍛錬を積むことくらいだ。
レイを取り巻く状況は、実際のところ、《砂の城》を討伐する前と比べてあまり良くはなっていなかった。
瞼の裏に浮かぶのは、ここよりもっとみすぼらしい一室「ヤネウラベヤ」。レイはここで幼少期の殆どを過ごした。そこにいた時よりはいくぶんましにはなったが、軟禁状態にあるのは変わっていない。
(だめだ、あの時のことはあまり思い出したくはない)
ヤネウラベヤでの生活は、苦い思い出しかないのだ。
そこまで思い、レイはふと変わったな、とこれまでを振り返る。ミスターシャの森にいた時は、何も疑い知らない魔物一匹倒すのも躊躇してしまうような男であった。
それが、ゴルード、シルク、ガーネットの死で、闇に対して強い憎悪を抱くようになり、また、魔法の才が開花の兆しを見せたことで、降りかかる無数の感情の弓を受け、人を疑うことを覚え、そして、レイは大切な人たちを奪った闇への憎しみも覚えてしまった。
ドットルト砂漠の時では、一部の記憶を失い、闇への憎しみのみで動いていた。
だが、<亡者の剣>を手にしたことでショウという存在を思い出し、またアテナとの出会いもあって、以前の自分を取り戻してはいる。
ドットルト砂漠での自分も、ミスターシャの森での自分も同じ。
その似ても似つかない2つの自分が、同じ心の中に存在していることに、レイはどちらが本当の自分なのだろうと、混乱、葛藤していた。
(ダメだダメだ、考えたところで結論は出ない。集中しよう、集中)
レイは雑念を振り払い、亡者の剣を強く抱き、呼吸にまた集中を戻した。
鞘は無く、隠ぺい効果のある包帯のような布が巻かれただけのみすぼらしい剣だ。この煌びやかで美しい部屋の中では、場違いとも言ってもいいだろう。
集中力がある線を超えると、<亡者の剣>は微かに紫色に灯った。レイは浮遊感に包まれ、目の前の世界が黒から白へと変わっていく
目を開ければ、そこは白い世界だった。ただ白いだけの空間。
そして、幻想の中で目を開けると、真っ白な空間の中に、レイの周りを囲うようにゴルード、ガーネット、シルクが座っていた。
「レイ様、おはようございます」
シルクが口を開いた。
ここは亡者の剣の中である。この中に入ると刻まれた亡者の魂と心を通わせることができるのだ。
この三人は亡者の剣に宿っている彼ら彼女らの能力が御霊となり、魔力を有す特別な鋼、魔鋼に込められたものだ。厳密には生きていた時の彼ら彼女ら当人ではないが、姿・形・性格は本人と全く同じであり、別個としての意思も存在する。
レイは三人の死というトラウマと向き合えているのは、この亡霊たちのおかげだ。
「相変わらず窮屈な場所ね、監視が常にいるこの部屋でよく過ごせるわね」
椅子の背もたれを前に座ったガーネットが言った。
「うん、そうだね…もう慣れたよ」
この部屋には、常に二人の監視員がレイを見張っている。
バレないよう天井裏の小さな穴からレイを監視しているが、ガーネットの魔術の才を受け継いだレイの感覚はするどく、彼らの存在を掴むのは容易かった。
レイとしても不快ではあったが、殺意は無いのでそのままにしている。
「レントスに行くのか?」
ゴルードが尋ねた。
「うん、行くよ!」
レイの声はミスターシャの森にいたときのように明るい。
「王様の尻ぬぐいでしょ。行っても苦労がまっているだけじゃない?」
「そうだとしても、久々に外に出れる機会だからね」
ドットルト砂漠からレントスへの国防軍転身は、レントスでの戦果をあげられなかったこともあって、ミスターシャ国民に不信感を募らせた。
王宮は一騎当千である光の戦士レイを代わりに送ったからという苦し紛れの理由をつけたが、まだ疑いがもたれており、レイのレントスへの単身派遣は、その疑いを払拭したいという思いがある。
レイがその部屋にいる事を知らない高官達が、その事を噂していたのをレイは聞いており、亡者の剣の中にいる三人にも共有されている。
「しっかし、レントス、まだ戦っているのね。私は人がたくさんいる場所が嫌だったから、レントスからの救援要請はすべて断ったわ」
「感覚が鋭すぎるから?」
レイは聞いた。
「そうで…そうよ。一応感情の読み取りをオンオフにできる技術はあるわ。でも、それは感知を切るって事だから、魔物がいるときにオフはできないし、そういう時に嫌な感情を受ける事もあるから…ね」
「修行を積めば、いずれガーネットのような魔術師にもなりえるでしょう。その前に、感知のスイッチを覚えた方が良さそうですね」
「そうね。もう少しレイ様の魔術の《レベル》が上がったらそうしましょう」
ガーネットは手に持つ紙束をめくりながら答えた。そこにはレイの近接能力や魔術能力などといった能力が数字となって現れている。
「ねえ」
レイはぼんやりと白い天井を見つめている。
「何で先代の光の戦士は、僕に光の魔力を託したのだろう」
呟くように言い、白い空間に沈黙が降った。難しい質問に三人は顔を合わせる。言葉が出てこず、だんだんとゴルードとシルクの視線がシルクへと集まった。シルクは、さて、と首をかしげ、
「先代の光の戦士が何故レイ様に託したのか、我々にもわかりません」
と言った。
「ですが、必ず理由があるはずです。光の戦士は数奇な運命を辿る事になります。苦難もあります。先代の戦士ももちろん経験したでしょう。神は乗り越えられない試練を与えません。その理由を探すためにも、まずは光の戦士としての務めを果たしましょう。魔物を討ち、闇を滅ぼすのです。それが私たちへの、先代の光の戦士への弔いにもなります」
「うん、そうだね…」
「今日も鍛錬を始めましょう。鍛錬を続け、成果をだせば、いずれ皆さんにも認められる存在になるでしょう。あの最強の光の戦士と言われた《貝殻》も、初めは魔術を一つも使えない落ちこぼれだったのですから」
ゴルードとガーネットも頷き、椅子から立ち上がる。
レイは集中を解き、現実世界へと戻った。
瞼の裏には暗闇、ドアをノックする音が聞こえ、ドアが開かれるとレイは目を開いた。
「レイ王弟殿下、失礼します」
執事の一人だ、丸い小さな眼鏡をかけた小柄な老人である。
彼は感情のないまるで機械のような人物で、表情を一切変えず、淡々と業務を行っている。彼からは何も感じるモノがなく、なにより彼は王妃モリネシアの側近であり、レイは苦手だった。
「どういう要件?」
レイは眉を寄せた。
「レントス遠征の件、正式に決まりました」
「前から聞いた通り、僕一人なのか」
「はい、一人です。砂の城を単騎で葬ったレイ王弟殿下なら、今回の単騎遠征でも輝かしい戦果をあげるだろうと、王は申しております」
(単騎…ね。どうせ、見張りをつけるくせに)
霞んだ青い瞳が、老執事を睨みつけている。老執事は意にも返さず、レイの返答を待っている。
「必要ならば、お付きの者をつけるとのことですが」
「いや、いいよ」
レイは椅子から立ち上がり、亡者の剣を握り部屋を出ようとする。
「どこへ行かれるのですか」
「鍛錬に、中庭へ」
老使用人は一礼し、その場を辞した。
(ショウは、レントスにやってくるだろうか?)
影からサポートしてくれた技術者、ショウ。彼のパーティーへの誘いを何度も断ったが、ショウはこれからも、レイをサポートしてくれると言っていた。
(彼なら、きっとくるだろう)
来てほしくないという思いがある一方、嬉しさも感じる。
王宮敷地内にある中庭にて一人、レイは亡者の剣に巻いてある包帯を解き、魔力を込め、修行を始めた。
Tips レイ・ミスターシャ
本名レイーシャ・ミスターシャ 王弟である。
王位継承者はなく、忌み子であった彼が光の魔力を多く保有してしまったために、
迫害したくてもできない、微妙な立場になっている。




