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それでもレンチを回すのは ~凡骨技術者の奮闘譚~  作者: イモリさいとう
3章 魔導砲編 上 「レントスの猛獣を手なづけろ!」
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2 ポトフの陰謀

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Twitter @Imori_Saito

「やあ、ショウ君じゃないか!」


「お久しぶりです。魔法剣製造隊長殿」


魔法剣製造隊長とショウは握手を交わし。久しぶりの再会を喜び合った。

魔法剣製造隊長齢は50歳程度で、整った白い髭を持ち、髪の無い頭に黒い帽子が乗っている。

彼もポトフと同じ働く貴族である。製造隊長を読者諸君の良く知る階級で表せば、部長クラスである。


「君が前に開発した、新しい魔法剣のグリップ回路機構、とても素晴らしいかったよ」


「そうでしたか。うれしい限りです。血反吐を吐いて設計した甲斐がありましたよ」


と、ショウは笑って言って見せたが、心の内ではドットルト砂漠での、文字通りのた打ち回る設計業務を思い出し、心がきゅっと締まった。

いい思い出となるにはまだ時が必要である。


「試験結果も良好で、すぐに新商品として量産したい。そこでだが、開発者に敬意を払って、君の名前を量産魔法剣に刻みたいのだが、その工程部分の設計に付き合ってはもらえないだろうか?」


魔装具に限らず、装備や機械など、開発者のネームを刻むのが習わしである。著作者を明記し、無駄な権利問題を防止するとともに、技術者の実績を誇示、そして開発に対する責任を一部負うという目的も暗にある。


「もちろん、上前は規定内最高値を提示しよう」


「お気持ちはありがたいのですが、印字の件、ご辞退させてください」


「え?」と魔法剣製造隊長は怪訝な顔をした。


設計図にショウの名前と魔紋が刻まれているので、アルマス社の規則上、ショウの許可が無くては、その新しい魔法剣を量産させることはできないのだ。

魔法剣製造隊長の顔を見て、説明が足りなかったと気づいたショウは、両手を挙げて弁明した。


「言葉が足りませんでした。許可のための魔紋登録はしますので、印字無しで使ってもいいですよ。という意味です」


それを聞いた魔法剣製造隊長の顔は怪訝から困惑へと変わった。


「つまりそれは、せっかく開発した魔法剣から得られる君への利益を放棄する、と?」


「そういうことになります。実は別業務が入りましてミスターシャを離れる予定なのです。ですので、その魔法剣の改良は別の、それこそ回路設計の専門家に任せてもいいかなと思った次第なのです。私の名前が残っていたなら、皆敬遠するでしょうから」


「君も十分に回路設計の専門家だと思うがね」


「知識はあっても、積み上げられた経験には叶いませんよ。権利は僕の元に置いておきます。悪い人に悪用されたりしたら、寝ざめが悪いですから」


(信頼を寄せて託している)という含みを受け取り、魔法剣製造隊長はコホンと咳払いし、


「感謝する」と両手で固く握手を交わした。


「では早速、許可のための書類を」


と、ショウが魔法剣製造隊長とともに、書類の場所へ向かおうとしたときであった。


「ええええええええええええええええええ!!!!!」


と聞き覚えのある声が、アルマス社中に響き渡ったのである。


(ミ、ミーシャか……)


「……」


「……」


魔法剣製造隊長とショウは苦い顔をしてお互いを見やった。

大声をあげて叫ぶのは、淑女としてはあるまじき行為だからだ。


「………様子を見に行ってあげた方が良いのではないか?」


「………ええ、そのようで」


ショウは「またすぐに」と一礼すると、声の元である社長室へと向かう。

魔法剣製造隊長はその背中を見て、「不思議な人だ」と呟いた。




「えええええええ!!!!????」


ミーシャの驚いた声が、アルマス社中に響き渡り、辺りの小鳥たちが驚いて飛び去った。


「どういう事よ!! お父さん!!」


ショウが音を立てずに社長室に入ると、ミーシャはものすごい剣幕でポトフに迫り、その丸い鼻に押し付けんばかりに一枚の書類を突き出していた。

ショウが覗いてみると、ミーシャが突き付けているのは魔紋付きの雇用契約書だ。

高級感のある白いつややかな紙に、魔紋を残す木の丸棒が巻物の芯のようにくっついている。この木の名前は名を記憶木メモリアルウッドといい、魔紋を含めた魔力を蓄える力を持つ木材だ。


かつてショウがミスターシャの金庫で魔紋の認証に使った木の棒と同じである。


「いや…その…レントスの技術駐在員にミーシャを推薦してしまって…」


「なんで私を推薦したのよ!!! お父さんが行けばいいじゃない!!」


先に述べたが、レントスの工場では物資管理や壊れた武具や防具を修理、新装備の研究開発といった業務を行っている。レントスの技術力は未熟で、同盟国であるミスターシャから技術者を募っており、レントスの魔装具技術の向上のため、アルマス社ミスターシャ支部から、技術駐在員として定期的に派遣されている。

その駐在員に、ポトフがミーシャを推薦してしまったらしい。


《亡者の剣》の刀身内魔装回路製作業務で、事で一生分の精神力を使い果たしたらしいミーシャは、しばらく、あわよくば永遠に休暇を楽しみたい気分であった。


そんなミーシャにとって、この案件はまるで空を行く天馬が凶弓に討たれたような事案なのである。


「私ももちろん行くさ、補佐としてね」


「だったら、なんで私が責任者なのよ! いつもなら逆でしょう!?ねえショウ、どう思う?」


「まあ、いいんじゃないか。実務は全部社長がやってくれるんだろう?」


大きなプロジェクトをポトフが請け負った時、ミーシャを要職に就けたケースは何回かあった。

だが、要職とは名ばかりで、ポトフが全ての実務を行っており、ミーシャの技術である《三次元魔装回路製作技術》が必要になる時だけ働かせ、他の雑務は一切しなかった。


「でも、今回は私がトップになるのよ。今までとは違って、責任や権限がついてくるわ」


その通りであった。今まではポトフの補佐という肩書であり、ミーシャは責任や権限は持っていない。もし、失敗という事があれば、責任を取らなくてはいけないのだ。


「大丈夫じゃないか? 今まで実務経験のないミーシャにいきなり権限を行使させ、責任を取らせる、って事はしないと思うぞ。形上はミーシャにあるけれど、事実上はポトフが持つはずだ。そうだろ? ポトフ」


事実上、というのはポトフがミーシャを通して権限を行使するというだけでなく、ポトフ自身の影響力の事も加味している。

嫌な仕事ではあるがポトフに信頼され任されたからやる、という人たちも多いのだ。


「そうそう。面倒な事はすべてお父さんがやるからね、この通り、頼む」


そうポトフは神に懺悔するような手つきでミーシャに頼み込んだ。

襟のついた質感の良い、厚手の衣服を着た男性が、少女に慈悲を求めるように頼み込んでいる様子を見て、ショウは少しいたたまれない気持ちになり、目を反らした。


「…いつも通り全部お父さんがやってくれるなら、別にいいけれど…」


ミーシャは折れつつも納得がいかないのか、そっぽを向いて答えた。


「良かった 早速雇用契約書に名前と、記憶木に魔紋を」


ポトフはぱあっと明るくなり、ミーシャにサインさせるべく、素早い手つきで羽ペンを用意した。二人は用意周到さにやれやれといった表情をし、ミーシャは羽ペンを取り、自分の名前を雇用契約書に書き込む。


「ショウ、ちょっと後ろ向いていて」


「え、あ、はい」


言われた通りにショウは後ろを向くと、ミーシャは魔紋を残す為に記憶木に口づけをした。両腕が義手であるミーシャは指を使って魔紋を残す事ができない為、感覚の鋭い口で魔紋を残す必要があり、見られるのは少し恥ずかしいのである。


「ありがとう! 早速手続きに向かってくるよ」


くるくると雇用契約書を巻き、懐にしまうと社長室のドアを「バン!」と快活に開き、意気揚々とポトフは出ていった。


「いいのか? あんな軽々と引き受けちゃって」


「レントスの壁上で街の絵を描いてみたいと思っていたのよ。あそこ一般人は行けないから」


絵描きが趣味である彼女にとって、街を上から見下ろす事のできるレントスの壁上への立ち入り権は魅力的だったようだ。


「それに、お父さんがいてくれるのなら、大丈夫よ。私は私にしかできないことをするわ」


それがニッチなのだから、レントスで休暇を取るのと同義である。

いつものようにポトフがやってくれて事なきを得る、そう思っているミーシャとは裏腹に、ショウはどこか既視感を覚え、記憶をたどりながら首をかしげていた。

その既視感は不幸にも再現される形で思い出すことになる。




「なんでえええええええええ!!!!!?????」


ミーシャの悲痛とも取れる叫びがアルマス社に響き渡り、また小鳥を飛ばした。

ミーシャがレントス赴任に承諾したその翌日、社員の懇願やミスターシャ国の命により、ポトフがミスターシャに残る事になってしまったのだ。


「今からでもキャンセルできないの!?」


社長室の机に身を乗り出し、ポトフの肩をぐわんぐわん揺らしながら怒声を飛ばすミーシャ。運悪く居合わせてしまったショウは、ポトフに対し目を細め、ジトーっとした視線を向けている。


「ごめんミーシャ。もう所々に話を通してしまっているし、手続きも終わってしまったんだ…」


魔紋を残した以上、魔法的な拘束力が発生する。いくら本人が嫌だと行っても、死亡しない限りは行かねばならない。


「私のぐ~たら生活が、反労働タイムが…いやだいやだいやだ~!!!!」


ミーシャは頭を抱え、膝から崩れ落ちる。そのまま社長室の赤いカーペットの上に寝転がり、猫のようにぐるぐると回転し暴れながら駄々をこね始めた。


「ポトフ…わざとやっただろ」


ショウはミーシャに聞こえない小さな声で言った。


「いやいや、これは不幸だったんだよ」


汗が滴る笑みを浮かべながら、ポトフは両手を組んで指を動かしている。これはポトフがごまかしている時のサインだ。


「嘘をつけ。書類を書かせて周りを固め逃げ道を無くす、以前俺に面倒事を押し付けた時と手口が一緒だ。それに、将来会社を継がせるためにミーシャにきちんとした箔をつけてやりたいと言っていたのを覚えているぞ」


「うっ、やっぱりショウには嘘は付けないな…」


「顔に出過ぎだ」


「そうだね…ショウやっぱり君が…」


「やめてくれ、俺には人徳というものがない。人間関係がどうも苦手でな」


ミーシャは床で駄々をこね身体が痛くなったのか黒い革ソファーに移り、い~んと泣きながら手足をバタバタさせて、時折こちらを見ている。おもちゃを買って欲しいと駄々をこねる時のアレだ。本来ならば無視するのだが、ミーシャにとってはただの災難であり、ショウの心に同情心が沸く。


「となると、ポトフの代わりに誰がミーシャを補佐する事になったんだ? 経験のないミーシャ一人で単身行かせるわけにはいかないだろう」


「それは…その…ね?」


「なんだ、その目は…」


(俺がやれっていうのか…)


ポトフがつぶらな瞳をショウに向けた。


「ほら、レイ王弟殿下も一緒に南門に行くのだから、ショウも行くのだろう?」


「いや、そうは言われてもな…ミーシャを補佐する余裕はないというか…」


ショウがレントスに行く理由はレイを陰から補佐するためである。具体的には亡者の剣のメンテナンスだ。

レイの持つ亡者の剣を整備、調整できるのはショウとミーシャしかいない。設計図や部品の金型はすべてショウが握っているし、亡者の剣の根幹を成す回路は刀身に埋め込まれている。分解する事によりその内部構造をしり設計書をつくるリバースエンジニアリングもほぼ不可能だ。


また、レイは正義感がすごぶる強く、なにより頑固である。その性格は必ずやトラブルを呼び起こし、その対応に忙殺されるだろうと考えていた。


「ドットルト砂漠では優秀な傭兵を雇っていたのだろう? 資金面での援助は惜しまないから、また雇えばいいんじゃないか?」


斥候カースと祈り手アテナのことだ。

ミーシャのサポートという仕事が降ってきたおかげで、ショウの負担は重くなった。

レイの監視をする斥候を現地で雇おうというプランを修正し、具体的に細かく指示しなくても仕事をこなしてくれる、信頼と実績のあるカースやアテナに協力を依頼しようというプランに変更しつつあったので、都合が良いといえば、都合が良いのである。


「確かに人を雇えば手が回るかもしれないが……また二人を雇えるかはわからんぞ。仕事中かもしれないし、そもそもドットルトを離れて仕事を受けてくれるかどうか…」


問題は、国を超えた地での仕事を引き受けてくれるかどうかだ。

斥候カースはドットルトに家族を構えているし、祈り手アテナはドットルトの町教会のシスターでもある。


「それにな。技術駐在員ってのはトップと末端の仲を取り持つ中間管理職のようなものだろう。トップ側はバックにミスターシャやアルマス社がいるから話せるかもしれないものの、現場で働く人たちは、俺達みたいな外国から来た、若者の指示に従ってくれるとは思えないのだが……」


「でも、僕にもできたのだから、君やミーシャにも……」


ショウはポトフの言葉を遮るように言った。


「そうとは限らないだろう。できたとしても、ミーシャには相当な負担になるぞ」


ポトフがレントスに技術駐在員に赴き、成果をあげたのは人的マネジメントの経験が豊富であったのもある。一方ミーシャは技術一本で食ってきた技術者であり、畑違いなのだ。


「そうだ、確かにそうだ。困った」


「今気づいたのか……」


二人はため息をついて、お互いを見やる。娘のことになると熱が入り、思考の歯車に差してある潤滑油を蒸発させてしまうようだ。


「予め郵便鳩を飛ばしておく、ダメだったときの場合に、ミスターシャのギルドで優秀な斥候を目星はつけておいてくれ」


「わかった。すぐに掛け合ってみるよ」


こう忙しいのが俺のデフォルトなのかと、天を呪うショウであった。


Tips ミーシャ・フラウラ

三次元魔装回路製作技術という固有技術を持つ魔装具技術者

両腕が義手と障害を抱えているが、それをものとも思わない明るい生活で、怠惰を司る女神

だが、レントスの技術駐在員という任務を与えられてしまい、ぐーたら生活がピンチに。

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