Ex episde 屈辱
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王妃モリネシアは深爪を噛んでいる。
自分の立てた「レイーシャ抹殺計画が上手くいっていないからだ」
四魔神ポリュグラスを倒したのは光の戦士レイーシャ・ミスターシャだという偽情報をリークし、魔族側から引き渡せというお達しが来たまでは計画通りであった。
レイーシャが姿を消したことで、必死に「国のためにレイーシャを引き渡して」と、ミスターシャ王を説得した努力は塵に消えてしまったが、許容できる範囲のトラブル。
抱えている暗殺スキルを持った斥候達を放ち、レイーシャの居場所を報告し、抹殺することを企んでいた。
しかし、送り出した斥候からの連絡が一向に来ないのである。定期報告すらも絶たれている状況。
直属の部下である斥候達がどんどん減っていくばかりなのだ。
ミスターシャの軍事行動が失敗続きで、レイーシャを御旗に指揮を上げようという論調が強まっている。
レイーシャの捜索隊を正式に結成する嘆願書を提出した重鎮もいるという。
このままでは、レイーシャが正式に光の戦士として迎えられ、年齢も実力も負けている王妃モリネシアの子、キストーが2番目として扱われることになってしまう。
それではいけない。なんとしても阻止しなければいけない。
早くレイーシャを始末しなくてはいけないのに、レイーシャの手がかりを持った伝書鳩1匹も来ない。
これでは、王妃モリネシアの爪の消費量がどんどん増えていくばかりだ。
「爺や、今日の便りは?」
王妃モリネシアは長年の老執事、爺やに聞いた。
彼は執事であり斥候。王妃に仕えている斥候を取りまとめているリーダーなのである。
「本日も何も届いておりません」
「送り出した者たちは一体何をしているのです?」
「は、申し訳ありません」
苛立ちが募り、王妃モリネシアはグラスを手に取り爺やに投げつける。
グラスは爺やの横で音を立てず割れたが、爺やはいつも通り、無反応だ。
コンコン、とドアが鳴る音がなった。
王妃モリネシアは朗報だろうと勝手に期待を胸にし、ドアを自分で開ける。
しかし、そこにいたのは王妃の斥候ではなく、王宮護衛の伝令兵士であった。
王宮護衛の伝令兵士は全力で走って来たのか、汗だくになっており、息が荒い。
「なんですの?」
王妃モリネシアは苛立ちを露わにして言った。
「そのー、そ、そのー」
暴君姫モリネシアに睨まれた恐怖と、息が切れているせいで、王宮護衛の伝令兵士は言葉に詰まっている。
爺やが水を差しだし飲ませると。その伝令兵士は驚くことを口にした。
「レイーシャ様が、帰還なされました」
「えっ?」
一瞬、ぽかんと王妃モリネシアは言葉を失っていた。
「それは、確かか?」
爺やが兵士を肩をがっと押さえ、もの凄い剣幕で聞いた。伝令兵士はおびえ切っている。
「え、ええ。確かです。今、ミスターシャ王に謁見が終わり」
伝令兵士は更に驚くことを言う。―次は王妃様にお会いたいと……
「えっ?」
また、王妃モリネシアは言葉を失う。
見ると後ろから、なんとレイーシャが歩いて来ているではないか。
「モリネシア様、ただいま戻りました」
レイは王妃モリネシアの前でお辞儀をした。
この時の王妃モリネシアの心内は、動揺一色であっただろう。
しかし王妃であるプライドと敵の前で恥を晒さないという思いが、
<平静>という言葉を身体中から絞り切り
「よくぞお戻りになられた、レイーシャ殿」
と礼を返した。
顔を上げ改めてレイの姿を見た時、何かが違う、と王妃モリネシアは思った。
以前、レイーシャが王宮にいた時は、無垢を絵にかいたような少年だった。
その綺麗な青い瞳の純粋な笑顔が、王妃を苛立たせる原因にもなっていたのだ。
しかし、今は違う。衣服が汚れているからではない。姿形は同じだが、中身がまるっきり違う。
まるで、修羅場や地獄を何回も切り抜けてきた、そんな感じだ。
「それで、今まで何処に行っていたのです? 皆さま、たいそう心配なされていましたよ」
王妃モリネシアが聞いた。
「ドットルト砂漠に行ってまいりました」
「ドットルト砂漠へ?」
「ええ、砂の城にいる魔物を倒しに」
王妃モリネシアは疑問の色を浮かべた。
ドットルト砂漠はミスターシャの領内。当然、斥候の捜索範囲内だ。
それなのに何故、レイーシャの行方を掴む事ができなかったのだろうかと。王妃モリネシアは不思議でならなかった。
ーまあ、いい
と王妃モリネシアは気持ちを切り替える。
レイーシャが来たことは好機であるからだ。
今この瞬間、壁の裏には暗殺斥候を忍ばせてある、今自分に属していないのは、敵レイーシャと、間抜けな顔をした伝令兵士のみ。
やれる と思った王妃モリネシアはレイとの雑談を交わす最中、手を後ろに「レイーシャを殺せという」合図をだした。
しかし、何も起こらなかった。
もう一度合図を出す。だが、暗殺斥候は動かない。
「それでは、私はこれで」
レイーシャがお辞儀をし、去ろうとする。
「レイーシャ殿、よろしければ私のお部屋で、もっとお話を聞かせてはくれませんか?ドットルト砂漠の話や、ミスターシャの森での話など、武勇伝を是非」
ミスターシャの森、という言葉を聞いた時一瞬、レイーシャは苦い顔をした。
レイーシャは辺りをちらりと見ると、王妃モリネシアの誘いを「先約がありますので」丁重に断り、王妃が取り付く暇もなく去ってしまった。
その間、何度も暗殺の合図を出したが、斥候は動かず、結局王妃モリネシアはレイーシャを討つチャンスを逃したのである。
レイーシャが去ったあと、王妃モリネシアは怒りで床を踏み抜きながら部屋に戻り、テーブルの上の食器をたたき割った。
指を鳴らすと天井の扉が開き、潜んでいた暗殺斥候が姿を現して膝をつく。
「何故、何故レイーシャを殺さなかった? 合図が見えなかったのか?」
「いえ、見えておりました。しかし…」
「しかし、なんですか?」
「で、できなかったんです」
暗殺斥候は怖気づきながら答えた。細身の若い男だ。
「できなかった?」
「え、ええ、レイーシャ様は私たちの存在に気づいていました。私たちの方向を見ていないのに、常に殺気のようなものを放っていたのです。あれでは、向かうことはできません」
「一体何を言っているの」
「モリネシア様、それは本当のことにござりましょう」
この暗殺斥候が犯した失態の罪を、どのようにして償わせてやろうかと考える最中爺やが諫めた。
「あの場で討とうとしても、失敗する確率の方が高い。失敗すれば、我らの立場は悪くなりましょう。
とにもかくにも、レイーシャ様はお変わりになられた。それも、我々にとって厄介な方向に」
王妃モリネシアは納得せずという顔であったが、それ以上咎めることはしない。
だが、暗殺斥候が「そ、それと悪い知らせでございます」と地に頭を擦り付けながら言い、王妃モリネシア怒りを通り越して呆れ顔を浮かべた。
「あなた、この状況で悪い知らせを持ってくるなど、命が惜しくないの」
「い、いえ……ですが、その…重要な、話でして」
「いいから申しなさい」
「そ、それが……この前のドットルト砂漠の総力戦で、砂の城が討ち果たされたそうです」
「それは、良い知らせではないのか?」
モリネシアが尋ねた。
「どうやら、その総力戦でレイーシャ王弟殿下がご活躍なされたそうで、国王はレイーシャ王弟殿下を王宮からの派遣ということにして、ミスターシャ国防軍の不始末を隠そうとお考えになっているそうなのです」
その知らせを聞いた王妃モリネシアは頭を押さえ、脱力し崩れた。
爺やが目にも止まらぬ速さで椅子を用意し、王妃モリネシアは倒れるように椅子の上に座り込む。
「旗頭 何故、ドットルト砂漠にいるレイーシャ殿を発見できなかったのでしょう?」
若い暗殺斥候が、爺やに聞いた。
「おそらくだが、レイーシャ殿には味方がいたのだ。しかも我々の手口や癖を良く知っている味方が」
「まさか、裏切り者、ですか」
「かもしれん。な」
王妃モリネシアこみあげてくるのは、悔しさであった。
企みが失敗に終わり、レイーシャを討つチャンスを逃しただけではない。
それよりも、やってきたことすべてが空振りに終わり、レイーシャを巡る一連の騒動において、自分が蚊帳の外にいたことが、屈辱で屈辱で仕方なかったのだ。
光の戦士への試練は、これほどまでに難敵なのかと、この日だけは再起せずただ時が心を癒してくれるのを待つ王妃モリネシアであった。




