2.初仕事が肝心②
「魔法剣は他の武器に比べて構造が複雑。それゆえ、不調になりやすいし、メンテナンスも難しいんだ」
魔法剣は、剣の持ち手の部分に魔生糸が組み込まれた精密機械とも言える代物だ。打ち合いを重ねれば摩耗や変形が生じ、微細な変化でも魔法に影響を及ぼすほど繊細。
もしその製造者が、魔法剣を振り回して打ち合う姿を見たならば、悶絶し、頭を抱えてしまうだろう。それほどまでに、苦労に対して故障はあっけない。
ショウは刃こぼれや傷の有無を確認した後、持ち手の部分に、首から提げていた白い六角棒レンチを差し込んだ。
回すことなく白いレンチを抜き、次にポケットから黒い六角棒レンチを取り出す。
「これは六角レンチといってな。綺麗な六角形をしているだろ?」
レイはその断面を覗き込む。一辺の長さも内角もすべて等しい、精巧な正六角形だ。
「これをお前にやる」
「え、いいの?」
「ああ。ここに差し込んで、分解してみろ」
ショウは、持ち手にある六角穴を指さす。
レイは頷き、折れ曲がった部分の長い方を差し込んで回す。だが力を込めても、ネジはびくともしない。
「逆だ、逆。短い方を差し込むんだ。長い方をハンドルにすれば、少ない力で回せる」
今度は短い方を差し込み、レイが力を入れると、カチリと音を立ててネジが回った。
グリップの部分を開けると、中には魔生糸が複雑に絡み合い、回路を成していた。それはまるで、一つの芸術作品のような光景。
その美しさは、レイの好奇心を呑み込むには十分だった。
「うむ、よくメンテナンスされているな」
使っていれば、砂や埃が溜まり、性能を鈍らせてしまうものだが、レイの魔法剣はとても綺麗だ。油もしっかり差されている。
「そりゃそうだよ。新品だもん」
「あ〜……」
その言葉を聞いたショウは、力の抜けた声を出してその場に倒れ込んだ。
「そうか、そうだよなぁ〜」
他の熟練者たちの武器を見ていたせいで、レイが初心者であることを、ショウはすっかり忘れていた。
新品ならば、刃こぼれなどあるはずがない。あれば、それは初期不良だ。
「えっと、大丈夫?」
心配そうに覗き込むレイに、状況をまるで理解していないその無知さにショウは呆れるも、すぐ冷静さを取り戻す。よっこらしょと身体を起こし、分解した魔法剣を元に戻すと、レイに苦言を呈した。
「レイ、魔法戦士なら魔装具のことをよく知らなくちゃいけないんだぞ」
「ご、ごめん。誰も教えてくれる人がいなかったんだ」
レイは悲しげに目を伏せた。
注意をしながらも、ショウはその言葉に思い当たる節があり、それ以上は責めなかった。
純戦士、神官、魔導師。このパーティーに、魔装具に詳しい者はいない。
魔導師が詳しそうに思われるかもしれないが、彼らは魔装具を嫌っている。魔術には詳しくても、魔術回路については素人同然なのだ。
「魔装具を知らないと、事故を起こす。とくに、魔装具に許容量以上の魔圧をかけると、破裂してしまう」
ショウは自らの過ちを反省しながら、諭すように語った。
「うん、わかった」
素直な返事。しかし魔装具の基本すら知らない魔法戦士の存在に、ショウは前途多難を予感しつつも、自分が教えなければならないという使命の火が心に灯る。
「魔法剣は普通の剣よりも壊れやすい。だから、自分でメンテナンスできるようになる必要がある。今から教えよう」
「わかった。僕、頑張るよ」
「ああ、レイならできるさ」
ショウは、魔法剣の簡単な掃除方法や、どれくらいのダメージで破損するかといった基礎を教えていく。
レイの反応はよく、理解も早い。きっとめきめきと成長していくだろう――ショウはそう確信し、胸を撫で下ろした。
※※※※※
「では行ってくる。ガーネットの結界がなくて、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ」
設営がひと通り終わると、4人はレイの育成のため、森の奥へと歩を進めていった。
(さてと、どうしてやろうか)
一人残されたショウの目の前には、耐火レンガを積み上げて作った簡易炉。そして、切り株の上に置かれた金床。
炉に仕込んだ木炭へ、火属性魔装カードで火を点ければ、すぐにでも作業に取りかかれる。
今日の題材は、ゴルードのバトルアックス。それをどう鍛え直してやろうか、ショウは案を練りながら、マッドサイエンティストのような笑みを浮かべていた。
ボロボロで廃棄寸前の武具や農具、魔装具を、新品同様――いや、それ以上の逸品に仕上げる。そして、それを見た相手が驚嘆と感嘆の表情を浮かべる。そこにこそ、ショウの技術者としての喜びがあるのだ。
しかし、ようやく案がまとまり、いざ火を点けようとしたそのとき――
ある魔物の襲来によって、その楽しい時間は無惨にも中断されてしまった。
Tips 魔法剣
魔法剣とは魔術発動機構が埋め込まれた剣のことを指す。もちろん、剣だけではなく槍や盾もある。
これ一本で近接戦闘も中距離戦闘もできるよ、という便利な武器ではあるが、
剣術と魔術の才は離れたところにあり、なかなか魔法剣を使いこなせる人は少なかった。
最近は、魔装具の普及で純戦士でも扱えるようになっている。
タイプは3つある
1.剣 + 魔装具
剣に魔装具が埋め込まれた魔法剣で、魔力の源となる生命エネルギーを扱えることができれば誰でも魔法を打ち出せる。安価で製作方法も広く伝わっており、一番普及している
一方で、魔法剣1本につき1つの魔法しか使えず、出力も弱い。現在魔装具メーカーアルマス社で開発が進められている。
2.剣 + 魔力球 + 木材(針葉樹) or 魔生糸
剣に魔力を制御する魔力球と、魔力を流す木材を埋め込んだ魔法剣。魔力球はなくてもいい。
1.と違って自分の力で魔術を発動しなければいけないが、使い手次第で無限の可能性を秘めている。
最近では、アルマス社が木材の代わりに魔生糸を用いた魔法剣の開発し、小型化に成功した。
魔導師が護身用として、ナイフの大きさまでに小型化した魔法剣を持ち歩いている。
木材の種類については後述。
3.剣 + 魔力球 + 特殊木材(広葉樹)
魔力を通す木材には、魔力を減衰させないことが用いられる。よって、木目の綺麗な針葉樹が選ばれる。広葉樹を選んでしまえば、魔力を流してもどこかに発散してしまうのだ。
しかし、ごくごくまれに使用者の能力以上を引き出してしまう広葉樹が存在し、それを埋め込んだ魔法剣が存在する。
世に数えるほどしかなく、伝説の剣の仕組みはだいたいこれ